今日は仕事で横浜へ。

行きの電車の中で本を読んでいて、ふと目を上げると、斜め前の席に飲みかけの缶チューハイを片手に座っているおじさんが。
もちろんマスクもしておらず、時々缶チューハイをグビっと飲む。



いまは夜でも見ることがないだろう光景を朝の電車で目の当たりにして唖然とする一方、なんというか、モラルがどうとか、そういうのを一瞬超越して、こんなこと(朝まで外で飲んで電車で寝こけている人とか)、2年前までなら時々見かけていたんだよなと、もうすでに懐かしいような、説明のつかないへんな気持ちになっているうち、降りる駅に着いた。






なぜか、続いてしまう、訃報。
10年ほど前にも、なぜこんなにと思うほど続くことがあったが、まただ。
今週だけでふたり。
ひとりは自死。

ふたりとも亡くなってからすでに2ヶ月、3か月が経っていて、身内の方からようやく報された。
数ヶ月を遡れば、数えたくないくらい続いている。




まだその人たちのことを深く考えることができないでいる。
身内、当事者ではなくても、報せを受けるとそこで思考が一旦止まってしまう。
自分がそんなでどうすると、近しい身内の方々の気持ちを慮るまでも、少し時間がかかってしまう。

歳を重ねて確実に頻度が増えているのだが、慣れることができない。






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