人生の勉強会 旧ブログ
  • 01May
    • ブログ移転のお知らせ

      人生の勉強会ブログは移転しました。ホームページへ戻ってください:http://lifestudy.jp

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  • 30Apr
    • 連休明けに注意しましょう

      今日は3連休の最終日ですね。それぞれの思いで3連休を過ごしたのではないでしょうか。私の職場は祝日は普通に仕事なので、今日は普通にいつもどおり出勤していました。帰ってスーパーに寄ると、連休で浮かれ気味の子どもたちがはしゃいでいました。ああ、世の中は連休なんだなあと感慨深く思いました。さて、私たち社会人は何に気を付けるべきかというと、連休明けです。連休明けは精神的に参りやすくなる場面です。特にゴールデンウィーク明けは精神的に参りやすくなる季節だと思います。かくいう私も、5月のゴールデンウィーク明けは体調を崩しやすい傾向がありました。うつ病になって長期休職に突入したときも、体調不良はゴールデンウィーク明けから始まりました。ゴールデンウィーク明けから体調がおかしくなり、徐々に体調不良は続いて治らず、7月に長期休職に突入してそれっきりとなりました。明日とあさって仕事すれば、また連休という人も多いと思われますが、今日は早めに寝て、明日に備えましょう。あまり深酒などしたりせず、今日は早めに寝て、明日早く起きて、2日間万全の態勢で働きましょう。

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  • 29Apr
    • 祖母の生まれ故郷を訪ねる

      今日、私たち家族は祖母の生まれ故郷を訪ねていました。祖母は92歳で認知症を患っている状況ですが、「生まれ故郷に行きたい」ということを毎日毎日繰り返して話すようになり、一度は行かねばならないと決心した私たちは、祖母を車に乗せて、祖母の故郷を訪ねることにしました。祖母の故郷は山形県大蔵村というところです。山形まで日帰りで私たちは向かうことにしました。おそらく、今回が祖母の人生最後の旅になるのではないかと私は思いました。祖母を連れてどこかに行くことは大変困難な状況であり、今回日帰りとなったのも、祖母の具合がおもわしくないからでした。本来であればどこかの温泉に1泊でもしたいところですが、そのようなことすらも難しい状況になっています。当初は父母だけで行く予定であったのですが、兄一家もサポートすることとなり、私にも話が巡ってきました。今日一日は人生の勉強会のための作業に没頭するつもりだったので、悩みました。一度は断ったのですが、おそらく、今回は祖母の人生最後の旅になると思い、同伴することを決めました。そして、私たち一家は、祖母を連れて、車2台で、山形県大蔵村へと向かいました。ちなみに祖母の実家ははるか昔に大蔵村から東京に引っ越ししたので、今は何もありません。それはわかりきっていることですが、祖母は実家が今でもあるように語り、言うことを聞きません。亡くなった祖父も亡くなる間際、以前に住んでいた山形県新庄市の家を見たいと話して、連れていったことがありました。人は死ぬ間際になると、故郷を思い出すものなのかもしれません。もう死ぬという頃合いになると、生まれ育った場所を懐かしく思い出し、行きたくなるものなのかもしれません。ついに根負けした私たちは、祖母の想いを実現するべく、大蔵村へと行くことにしました。そして、到着した大蔵村。まだ残雪が残る大蔵村はちょうど桜が満開で、光り輝くような場所でした。しかし、大蔵村の祖母の実家があった集落の付近に入ると、様子が少し変わりました。あちこちの家はもう空き家になっているようで、雪の重みで倒壊したまま放置されているような家もありました。「限界集落」という言葉がありますが、まさに今問題になっているとおりの、荒れ果てた故郷がありました。そして、祖母の実家があった場所にたどり着きました。そこには家があっただろう平地があるだけで、あとは何もありません。ただ藪と残雪が広がっているばかりです。祖母の実家は私が生まれるよりももっと前に、東京移住を決意して一家で東京に出たのでした。家ははるか昔に解体されて何もなくて、やっぱりそこは何もない場所でした。祖母は沈黙してそんな残雪が残る藪を見つめていました。しばらく私たちはそこにたたずんでいました。敷地にはふきのとうが咲いていました。私は祖母の実家があったそこに咲くふきのとうを採ると祖母の手に握らせました。祖母が満足したかどうかは分かりません。どのように認知したのかは分かりません。けれども、それでも祖母は祖母なりに心の整理がついただろうと私たちは思いました。そこにしばらくたたずみ、風景を眺めると、私たちは帰路に付きました。祖母はもう故郷を訪ねることはないでしょう。私たちも大蔵村を訪ねることはもうないかもしれません。一期一会とはまさにこのことでしょう。祖母が生きて経験する旅はこれが最後になるかもしれないと思います。最後の旅は、あの世への旅立ちです。これで後ろ髪ひかれることがなくなったとすれば、私たちの仕事は完遂だと思います。とても楽しい旅でした。家族一同で旅するとても貴重な機会となりました。

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  • 28Apr
    • 重くてもいいじゃないですか

      昨日、私が所属しているグループでのオンライン上の集まりがありました。最近はZOOM会議室というインターネット上でのいわゆるテレビ電話のような仕組みがあり、それを活用して、仲間たちと熱く自分の考えているテーマについて議論したのです。最後に私の番が来て、私は今行っている「人生の勉強会」というテーマについて語りました。私はグループに所属したばかりなのでみんな初対面ですが、初対面の人はどのような反応をするのだろうとそれは試金石でもあったのです。「自殺したい、死にたい、でも生きたい、そんなふうに思っている人、特に過労で悩んでいる人の悩みを解決することをサポートしていきたい」そんな思いを語ったのです。私も含めて7人の仲間たちが集まっていましたが、そんな話をしたら、みんな暗く沈んでしまいました。うなだれているような、そんな感覚すらあったのです。みんな一様に「難しいテーマだねえ」と言いました。グループの主宰者の方からは「言葉の重さに注意しないといけないね」というアドバイスをいただきました。私はこういったテーマを毎日毎日考えているので、すっかりそのむずかしさとか重さといったものは感じていなかったのですが、初対面の他人がこういう話を聞くと、暗く沈みこむような、大変重いテーマであるということを、改めて意識させられました。それはとても貴重な体験だったと思います。確かに私がやろうとしていることは難しく重いテーマであると思います。でも、そうであればこそ、誰もほかにやる人がいないということで、ますます自分が取り組む意味ということが見えてきたようにも思います。逆に言えば、いま深く悩んでいる人は、「こういうことを語ると『重い』と嫌がられるのではないか」と相談をためらう気持ちも働くのではないかと思いました。人生を語るということは、難しいことであり、重いことでもあるのでしょう。こんなことを話すと「重い奴」「難しい奴」と思われるのではないか、とためらって前に進まないという人もいるかもしれないと思ったのです。いいじゃないですか、重くて。重くていいんですよ。常に明るく軽く、ライトでポップでなければならないという風潮があるように思います。人生を生きるということは、暗く重いときもあります。そんな暗さや重さを肯定していいんだと思うのです。人生の勉強会では、そんな暗く重いあなたを認め、応援します。http://lifestudy.jp

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  • 27Apr
    • 眠れていますか?

      職場の上司が最近「あまりよく眠れていない」というふうなことをぽつりとぼやいていて、思わず「それやばいですよ」と心配した私でした。確かにその方は仕事に熱く打ち込んでいる人であり、仕事のストレスからそういうことになってもおかしくないだろうなあとは思いました。同時に、その方は強い人でもあると思うので、そんな人でも眠れないときもあるのかと人間の弱さやもろさをあらためて思ったのです。眠れないというのは、うつ病などの精神病や自殺願望に至る最初の第一歩でもあろうと思います。それは重要な危険サインでもあると私は思っています。眠れないなんてささいなことのように思われるかもしれませんが、私はとても重要なシグナルだと思います。私もまた最初は「眠れない」から始まりました。大学生時代のとある春先、私は眠れなくなりました。そして、大学内にある学生向け診療所で睡眠薬を処方されました。春先は精神的な悩みが増えると先生から聞きました。そして、春先は精神科の患者が増えるという事実を知ったのです。眠れないといっても、がんばって眠ろうとしてもますます眠れなくなるものです。眠りとは難しいもので、努力して眠れるものではないので、もどかしいものでもあります。私もあれこれ対策を考えたものですが、私なりには睡眠薬を飲むということしか結論はなかったです。「眠りを買うのか」と悲しい思いになったものですが、人生とはせつないものです。人間には休息が必要です。休みがなければ人間は壊れます。死にたくもなります。もっとも基本的な休みとして「眠り」はとても重要なものです。睡眠時間を十分に確保し、深い眠りを得ることはとても大事なことです。最近は市販薬でも睡眠導入剤は販売されていますが、眠れなくなったら精神科まで行かなくてもたとえば内科などの医師に相談してみるのもよいと思います。

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  • 26Apr
    • アニメ「うさぎドロップ」を全話見る

      アニメ「うさぎドロップ」を全巻借りてきて、今しがた、全話を見終わったところです。大変に感動しました!深い深い物語で、大変大人な物語でもありました。タイトルに似合わず、硬派な渋いストーリーだったと思います。うさぎドロップのストーリーは、主人公河地大吉(サラリーマン、30歳独身)がひょんなことから6歳のりんという女の子を預かることになり、りんを育てるというストーリーです。軸は30代に生きる大人たちの物語でもあると思います。私もつい最近まで30代だったわけですが、30代を大変身近に感じ、共感するところが多い物語でした。「ええ話や」と泣きながら鑑賞しました。私は子どもがいるわけではないですが、子どもを預かったら、主人公のように感じるだろうなあと痛く共感しました。会社の従業員は代わりがいるかもしれませんが、お父さんやお母さんに代わりはいません。その意味で、お父さんお母さんであり続けることは大変大事なことだなあと思います。人生の勉強会では、「死にたい、でも生きたい」がテーマになっていますが、子どもにとっては代わりがないお父さんでありお母さんでもあります。そんな子どもが生き生きと過ごせるためにも、まずは自分が生き生きと過ごせるようになりたいものですよね。人生の勉強会では、そんなあなたを応援していきたいと思います。嫌なことはたくさんあるかもしれませんが、それでも、自分の子どもを守っていきたいですね。

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  • 25Apr
    • いつかおいしく食事が楽しめるようになる日まで

      昨日、仙台に出張して「牛たん」を食べたという話をしました。すると、わが友人アマデウス・バッハさんから「今まさに死にたい、でも生きたいと思っている人が、そんなリア充な写真を見せられても共感できないのではないか」という指摘をいただきました。牛たん写真はとてもおいしそうだったと思いますし、もちろんおいしそうに撮影したものですが、そんないわゆる“リア充”な写真を見せられても、不幸にあえぐ人の心には響かない、むしろ不幸さやみじめさを倍増させる、そんなふうにバッハさんから指摘されたのです。私はこの指摘をいただいて、いろいろと思うところがありました。私は過去三度の自殺願望経験がありますし、うつ病を患って長期に休職した挙句に退職し、5年間の放浪があったこともありました。うつ病を患っているときは、何もかも楽しめなくて、食事すらもおいしく思われなくて、何か砂を噛むような、そんな食事をしていた時期もありました。そんな私が言いたかったことは、「今は不幸のどん底でみじめな状況であっても、それで食事すらも食べられないかもしれないけれども、いつか幸せになれる日が来る、いつかおいしく食事が楽しめるような日が来る」そんなことを伝えたくて牛たん写真を載せました。私は仙台に行って楽しく牛たんを食べました。けれども、過去にはまったく食事が楽しめない時期もありました。むしろそんな時期のほうが長かったと思います。そんな私でも、今は楽しく牛たんを味わえるまでになりました。そこには、健康面の回復もありましたし、再就職したことによる経済的な回復もありました。そして、自分の努力による人生の回復がありました。今はどん底で、食べるものすらもないかもしれない。でも、いつかは上昇できる。おいしいものがおいしく食べられるようになる。そんな夢を心に抱きながら、今日の苦しみを生きていきましょう。人生の勉強会では、そんなあなたを応援します。

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  • 24Apr
    • 仙台に出張して牛たんを食べる

      昨日今日と1泊2日で仙台に出張していました。仕事の研修があって、仙台まで足を伸ばしてきました。仙台と言ったら、やっぱり牛たん!ではないでしょうか。研修が終わってから、ホテルにチェックインし、ホテルから一番近い牛たん屋に行きました。そのお店が「利久」というお店だったのですが、全国的にお店を展開している有名店だったとは後から知りました。写真が食べた牛たん定食です。右上に写っているのは、牛たんビーフシチューです。追加で注文しました。とにかくうまかった。牛たんって、あんまりおいしいイメージなかったんですが、ここの牛たんは違いました。うまかった。とにかくうまかった。ビールも2杯飲んで、大変満足した仙台旅行になりました。1泊2日の旅行で、大変リフレッシュして職場に戻った私でした。研修に送り出してくれた職場の仲間にとても感謝です。ずんだまんじゅうを買って職場の仲間たちにお土産として配りました。大変楽しい旅でした。ささいなよくある研修旅行かもしれませんが、こういう機会が仕事には重要だと思います。贅沢な時間に感謝します。

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    • 弱くても下手でも、でもやっぱり好きなもの

      一時好きになることは簡単でも、好きであり続けるのは難しいものです。どんなに好きでも、弱かったり、下手だったりして、みんなに馬鹿にされたりしたら、だんだん好きでなくなってしまうかもしれません。強かったり、上手だったりすれば、おもしろくなって、好きであり続けられるかもしれません。そう、強ければ、続けられる。でも、やっぱり好きなものだと思うのです。弱くても、下手でも、でもやっぱり好きなものを選ぶべきなのです。仕事もそうで、自分が得意であったり、自分ができるものであれば、それなりに続けられるかもしれません。でも、どこかで納得できない自分がいる。自分が好きなことはなかなか仕事にはできないものです。好きで得意で上手で強ければ、何事も問題ないのですが、なかなか人生そうはいきません。では、どうすればいいのか。何を基準に選べばいいのか。それはやっぱり、「好きなもの」だと思うのです。それが好きになれるか、ではなくて、好きなものを得意になれるか、だと思います。好きなものをとことん突き詰めて、得意になろう、上手になろう、強くなろう。そうすれば、一歩先に抜きん出られるかもしれません。私はまだその域には達していないので、空想論どまりですが、きっとそうだろうと思います。

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  • 23Apr
    • 時には休む勇気を

      仕事は時に休みましょう。休むというのは、数分休むという意味ではなくて、年次有給休暇を取得して一日きっぱりと休むということです。過労という問題を考える時に、休む勇気が持てないということがあると思います。勤め人をしていると、なかなか休みづらいものです。有給休暇など使ったことがない、使えないという職場も多いと思います。仮に使えたとしても、非常に気まずいような雰囲気が流れているという職場も多いでしょう。けれども、そのような状況で残業や休日出勤が立て込むと、過労自殺まっしぐらでもあります。死ぬよりは休む。休んで辞めさせられるのであれば辞めるのも大いに可ではありませんか。休まねば致死率は上がります。勇気を出して休みましょう。具体的には、朝に会社に電話をして、体調不良を申し出て休むということになります。それでいいのです。いいのです、それで。一日きっぱりと休みます。なお、年次有給休暇は労働基準法の規定により、6か月勤務すれば10日与えられます。それはアルバイトでもパートであっても、与えられます。アルバイトだからパートだから有給休暇がないということはありません。あります。そして、有給休暇を取ることは労働者に認められた大切な権利です。有給休暇を取得して退職を迫られるとしたら、それは違法もはなはだしい話です。

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  • 22Apr
    • ドライブに出て発想を豊かにする

      今日は天気が良かったので、大潟村までドライブに行きました。写真は大潟村の道の駅で食べた「白神ねぎ焼き」です。いわゆるお好み焼きではありますが、中には白神ねぎがふんだんに入っています。昨日今日と秋田の気温は上がり、桜も一気に咲き始めました。秋田市内はあちこちで満開となっていて、大潟村は少し寒いのか、それでも7分咲きというような感じでした。急激に桜が咲き始めた感じで、季節の移ろいを強く感じています。秋田では水仙が満開で、あちこちで水仙も咲いています。そんな美しい季節を迎えた秋田です。私はアイディアに詰まるとドライブに出かけます。車に乗って走っていると、アイディアが次々と湧いてくるのです。特に信号もない一本道を走っていると、いろいろなアイディアがわいてきます。その意味で、ドライブは私にとって貴重な時間なのです。今朝は少し調子斜めな出だしで、これはよくないと思い、天気も良かったので、大潟村まで足を伸ばしました。大変楽しい一日になりました。アイディアもいろいろと湧いてきました。また明日から一週間始まりますが、努力していきます。

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    • ランボーのごとく一人で戦った日々

      紹介した動画は「ランボー2 怒りの脱出」の英語版予告編ですが、うつ病休職時代、つくづく自分は映画ランボーの主人公であるランボーのごとく、たった一人で戦ってきたなと思うのです。うつ病で休職していたとき、私はいつも一人でした。職場と向き合うとき、職場側は上司も複数現れ、その他に保健師や人事課の人間などたくさんの人が現れるのに、つねに私は一人でした。窓口になったのはとある上司でしたが、その上司の後ろにはたくさんの人間がいて、スクラムを組んで私にぶつかってくるのに、私はたった一人で戦わねばならなかったのです。職場側はともすれば仮病ではないかと疑っているような感じがあって、事細かに私の生活を聞いてきましたし、私の病院通院に付き添いたがりました。そんなふうなプレッシャーを与えてくる職場側と向き合っているととても休んだ心地はせず、休職時代は人生でもっとも苦しかった時代の一つになっています。そんな一人ランボーな戦いは、対家族でも、対病院でも起こりました。私は一人で戦い続けなければならなかったのです。そんな私もまったく一人ではなくて、応援してくれた人がただ一人いました。そんなトラウトマン大佐のような人物が、私の友人のアマデウス・バッハさんです。バッハさんはただ一人、私のことを応援してくれました。それはトラウトマン大佐のような強力なバックアップだったのです。そんな人がいればこそ、私はたった一人でも戦えましたし、その戦いを乗り切って、今の人生があります。そんな過去の経験が、「人生の勉強会」にもつながっています。私はたった一人で戦い続けなければなりませんでした。仲間はいませんでした。でも、それはあまりにも苦しすぎる戦いでした。人生という激戦地を戦い抜くには仲間が必要です。戦友が必要なのです。一人で戦っていてつらく苦しんでいる人たちがそれぞれに戦友であり仲間である人たちを見つけ、一緒に戦っていく、そんな仲間が集まる場にできればという思いが「人生の勉強会」にはあります。人生を語るだけならば、マンツーマンでもできるかもしれません。けれども私はあえてコミュニティ形式で、「会」としました。そこにはそんな意味があります。

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  • 21Apr
    • とても心配されたという裏話を聞いて

      今晩は、今通っている起業塾の仲間とスカイプで3時間ほど話していました。その人のカウンセリングの練習台として私が立候補してやっていたものですが、1時間程度のはずが話が弾んで気が付けば3時間になっていました。そこで起業塾でのよもやま話もしたわけですが、印象に残った話の一つに、私が2年前にその起業塾を退会したときに、メンバーみんながすごく心配したという裏話でした。2年前、まだ埼玉に住んでいたころ、私は東京で開催されているその起業塾に通っていました。そして、何もかもうまくいかなくて、起業どころの状況でもなくて、2年前の5月、その起業塾を退会しました。誤解を恐れずに正直に言えば、どこかみんなに嫌われたような感覚もあって、もう起業塾に居られないような感じもして、退会したのでした。いつかは捲土重来と思っていましたが、そんな感じもあったので、誰にも挨拶せず、主宰者の人にだけ簡単に挨拶をして、退会届を出して辞めました。そこからは仲間たちが私をどのように話していたのかはまったく知りませんでしたが、このたび、私はその同じ起業塾に復帰しました。そして、私が当時どのように語られていたのかを聞くことになりました。私が辞めたときは、多くの人が「やっちどうしたんだろうね」と噂していたそうでした。もちろん、誰もが皆自分のことに精いっぱいで、とても他人のことまで心配していられる余裕もなく、徐々に私の話はなくなっていったそうですが、退会した当時は多くの人が私のことについて心配してくれたという話を聞いて、自分では意識していなくても、相手には私の存在は強い印象を与えていたようで、そんなふうに心配してもらったことをありがたく思いました。「罪とは、相手に残した痕跡を忘れることである」というようなことが遠藤周作の小説「沈黙」にあったように記憶していますが、私たちは相互にかかわりあっている存在でもあります。相手に何らかの痕跡を良くも悪くも残しています。そんな痕跡を忘れることは罪なのでしょう。そんなふうに心配してもらっていたことをありがたく思うと同時に、相手に残した痕跡を自ら忘れることがないように自覚していきたいと思ったのでした。

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  • 20Apr
    • 「おもしろい」という感情がなくなった日

      今日、ふらりとレンタルショップを訪れて「うさぎドロップ」というアニメに目が留まり、とてもおもしろそうだと思って、借りてきました。そして、さっそく見て、本当に面白くて、時間も忘れてずっと見ていました。こんなに「おもしろい」と思ったのはいつぶりだろうか。そして、ありし日の「おもしろい」という感情がなくなった日を思い出したのです。それは、うつ病休職時代でした。うつ病休職時代に最も困ったことの一つに「楽しいという感情の消失」があります。何を見ても、テレビを見ても新聞を見ても、なにもかも「楽しい」とか「おもしろい」とか思えなくて、文字通り楽しいという感情が消失してしまうのです。それはとてもつらいことでした。楽しいとか面白いとか思えないのですから、息抜きがまったくできないのです。息抜きができないから、ただただストレスがたまり続ける。それは本当につらく苦しいことでした。息抜きって本当に重要だなと思うわけですが、それは誰でも思うと思いますが、息抜きができない、休息もできない、それは大変につらいことでした。「うさぎドロップ」のストーリーは、30歳の独身男性サラリーマンである主人公が、6歳の身寄りのない女の子を引き取るところから始まります。そして、2人のでこぼこな共同生活が始まるのです。今とりあえず3話くらいまで見たところですが、おもしろくておもしろくてはまり続けていたところです。そんなふうに「おもしろい」と思えることがありがたく、人間の感情としてとても大切なものなんだなあと思うのです。

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  • 19Apr
    • 「過労」について考える

      「過労死」「過労自殺」は古くて新しい問題だと思います。なぜ過労してまで働き続けるのか。死に至るまで働き続けるのか。「死ぬくらいなら会社辞めればいいじゃない?」と簡単に言われるわけですが、そうそうなかなか割り切れたものではないのが現実ではないでしょうか。私も過去、過労によりうつ病を患い、仕事を退職しました。あのときは本当に頑張りました。約10年、私はその仕事で頑張りました。途中、過労で何度も倒れそうになったり、死にたいと思ったりしました。けれども、ここで折れては負けと自分を奮い立たせて、がんばりました。まだ20代で若かったからそんな無理もできたかもしれません。そして、34歳の夏。私はついに折れたのです。うつ病を患い、そのまま長期休職へと突入したのです。両親は最後まで退職に同意はしませんでした。けれども、復職しても待っているのは「死」しかないように思われました。明るい未来はないように思われました。私は家族と絶縁になることを覚悟して、辞職願を提出しました。そして、退職しました。そこから3年近い右往左往があり、やっと今の職場にたどり着きました。うつ病を発症してから5年で復活したことは、むしろ期間として短い方かもしれません。過労で倒れても、会社は褒めてはくれません。誰も褒めてはくれません。私がそうでした。会社も家族も誰もほめてはくれません。むしろ仮病扱いの鼻つまみ者で、苦しい思いを続けました。生きる要領が悪いからだろと自分のせいにされ続けたのです。それは苦しい日々でした。最終的には自分で判断するしかないと思います。辞めていいじゃないですか。いくらでも生きる道はあります。死ぬ勇気から生きる勇気へ。「過労」というキーワードにピンと来た段階ですでに過労なのです。とりあえず休みましょう。休んで回復できるのであれば続けてもいいし、回復できそうになければ、辞めていいじゃないですか。とにかく生きましょう。生き続けましょう。

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  • 18Apr
    • 苦しみは宝 苦しみに人は共感する

      大学生時代から20代にかけて、私は人から受け入れられるタイプではなく、特に大学生時代は孤独でした。私は苦しんでいましたが、そんな苦しみは「甘え」と見られていて、誰からも相手にされず、さらに私は孤独になり、自殺願望にもなりました。そんな私に転機が訪れたのはうつ病の経験でした。うつ病から回復して今になり、私は徐々に周りに受け入れられるようになってきたように思われます。自分の苦しみが評価されて認められてきたように思われるのです。自分の評価も20代、30代、40代となるにつれて、変わってきたなあと感慨深く思います。苦しんだ経験に周りが共感してくれているのだと思います。苦しみに人は共感します。苦しんだ人に対して、人は敬意を持ちます。そして共感するのです。その意味で、苦しんだ経験はまったく無意味なものではなくて、むしろ光り輝くものなのです。まさに「苦しみは宝」なのです。苦しんでいる間は、そんな共感すら野暮ったく感じられて、薄情けをかけるなというふうにも感じられます。逆に、そんな苦しみをわかってもらおうと苦しみアピールをしても、「甘えるな」とも思われてしまう。ある程度苦しみが解決して自分のレベルが一歩進んだ時に、周りの共感を自分自身も受け入れることができて、自分が認められた感覚をやっと感じることができるように思われます。苦しみは無駄ではありません。確かに苦しめば損をするかもしれません。お金や時間など、失うものは少なくないかもしれません。けれども、苦しんだ経験は人を高めます。人をより高貴な存在にします。そんな高貴さに人は敬意を払います。それはとてもありがたくうれしいことではないでしょうか。苦しみを恐れない。そして、苦しみと向き合い、生き抜く。今は孤独でも、暗いトンネルを抜けた向こうにはたくさんの仲間たちが拍手して待っています。人生の勉強会ホームページをご覧ください:http://lifestudy.jp

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  • 17Apr
    • 勇気を出して自分を語る 自分を受け入れてもらえない孤独を超えて

      こんにちは。人生の勉強会代表の高山待心です。お元気されていますか。今日は「自分を語る」ということをテーマにお話ししたいと思います。私は過去3度の自殺願望を経験していますが、特に高校生、大学生時代の自殺願望は大きなものでした。その時感じたことに「自分を受け入れてもらえない孤独」があったように思います。もし自分を受け入れてもらえている感覚があったら、自殺願望は抱かなかったように思うのです。自分がこの世からはじかれている感覚、誰からも無視されている状態。そんな中で孤独になり、自殺願望につながっていったように思います。生きていくためには仲間が必要であると何回も語っていますが、私たちが生きていくためには仲間が必要です。自分を理解してくれる仲間。自分を受け入れてくれる仲間。そのためには、まず自分を語る勇気を持つ必要があるだろうと思うのです。生きていくためにはお金も必要です。異性も権力も必要かもしれません。お金があれば自分を受け入れてもらえるかもしれませんが、それはそれとして、私たちは自分を受け入れてもらう努力が必要だと思います。その第一歩は、素直な自分になることだと思うのです。仮面をかぶっている自分。化粧をした自分。そんな自分をいったん脇において、素の自分になってみることが必要だと思います。仮面をかぶった自分ではなくて、素直な自分、正直な自分を受け入れてもらえたら、私たちはより一層安心して生きていけるように思われます。素直な自分を出すには勇気が必要です。でも、勇気を出して自分を語ってみる。もちろんそこには衝突もあるかもしれません。そんな衝突も恐れずに語る。衝突が起こってもその解消に全力を傾けながらも語り続ける。努力の先に、素直な自分が受け入れられ、本当の意味での孤独の解消があるように思います。それが実現すれば、私たちは一層強固に生きていけるように思います。人生の勉強会ホームページ:http://lifestudy.jp

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  • 16Apr
    • 「私をかなえるのは私しかいない」

      今日は銀行に行っていました。秋田銀行のロビーでぼんやりとCMモニターを見ていた時に、秋田銀行のCMのキャッチフレーズで「私をかなえるのは私しかいない」という言葉が流れていました。その言葉に私は深くうなずきました。まさにそのとおりなのです。私をかなえるのは私しかいないのです。銀行のCMですから、最終的にはカードローンを勧めるような内容で終わるのですが、確かに、夢をかなえるためには資金も必要かもしれません。けれども、そこで夢をかなえるためにカードローンを組んだりしても、返済に苦しむだろうなあと思いました。とても難しい問題です。資金は借金で集めるよりも、事前に自分で働いて貯蓄して、その貯蓄を資金としたいものだと思います。さて、私をかなえるのは私しかいません。最終的に決断するのも自分、最終的に責任を取るのも自分なのです。誰も助けてくれる人はいません。けれども、努力する人は美しいものです。そこには自然と人が集まり、応援の声が集まるのも事実でしょう。そして、そんな応援があればこそ、物事は成就するのも確かです。人生の悩みを解決する。人生の問題を解決して一歩先に進む。そんな悩みを解決するために、みんなで人生の勉強がこの「人生の勉強会」でできたらと思います。

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  • 15Apr
    • 家族の心配をありがたく思う 折り合いをつけて生きる

      昨日、今日と家族と向き合って話をしていました。テーマは起業についてです。簡潔に言えば、起業なんか止めて今の仕事を辞めずに続けてほしいという話です。私としては人生の勉強会をもっともっと盛り上げて、人生師を本業にしたいと考えています。家族には詳細は話していませんが、とにかく起業したいという話は前々からしています。このたび、東京に行って起業塾の先生に会ってくると話して実際に行ったことで、家族も危機感を感じた様子で、大きな話し合いになりました。2日間の大きな話し合いになりました。そんな家族の心配をとてもありがたく思います。もしかしたら、家族の心配は一切無視して、自分を貫くこともできるかもしれません。そんなふうに割り切ることは簡単です。けれども、家族としての「情」があります。私は家族を愛しています。そんな家族の存在を無視できないと思っていますし、無視したくありません。この問題にどう折り合いをつけようか、ずっと考えてきました。私の人生の困難に大きく関与してきたのが家族の存在です。今までの人生の困難の局面で家族は有形無形に影響を与えてきました。時に障害ともなった家族ですが、私を支え続けてくれた存在でもあります。そんな家族の存在をありがたく思い、これからも大事にしていきたいと思います。起業の問題については、まだ今は折り合いをつけられないと思いますが、いずれは折り合いをつけようと思っています。それは可能であると思っています。他人の存在を無視して押しのけるのは簡単です。そこで辛抱強く対話を続け、折り合いを見つけることもまた、人間が生きていくうえで大事なのではないかと考えています。

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  • 14Apr
    • たくさんの人の支えがあって今の自分がある

      仕事から帰ってきたらいつもYouTubeで歌を聴きながら過ごしている私です。いろいろな若い歌手、アイドルたちの歌を聴いているのですが、20歳かそこそこの歌手たちがたくさんの人に慕われてブレイクしているのを見ると、彼ら彼女らに命を賭けて売り出そうと努力しているプロデューサーや黒子として働いている人の努力を思います。10代や20歳前後の人が独力でシンガーソングライターやアイドルとしてメジャーデビューするなんて大変難しいことで、なぜそれができるかといえば、そんな未知の人材に命を賭けて売り出そうとする人たちがいるからだろうと思ったのです。そんなことを考えたとき、たくさんの人の支えがあって今の自分があるという事実を謙虚に受け止める必要があると思ったのです。芸能界では、芸能人と所属事務所とのトラブルが報道されることがあります。「こんなにも売れているのは自分の働きのためであることをなぜわからない!」と双方が思い出すと、ケンカになるのだろうなと思います。日本あるいは世界で誰もが知っている存在になるなんて、一人の力で実現することは(できるかもしれませんが)まず無理でしょう。芸能人本人が「俺自身の力でこんなにもなったんだぞ」と思ったり、あるいは所属事務所の社長が「お前をこんなにもしたのは俺の力なんだぞ」とか思い出したら、、トラブルになるだろうなと思うのです。それは両方とも間違っていて、そこにかかわるたくさんの人が努力したからこそ、実現した成果であるだろうと思うのです。私たち自身も、そんな人と人との支えあいに謙虚になる必要があります。「自分の力でここまできたんだぞ」と思うのはおごりです。もちろんそこにはお金のやりとりもあるでしょうけれども(生きるためにお金のやりとりがあることは自然なことです)、それでもお金以上にみんなが「がんばろう、やり遂げよう」という気持ちがあって、そんな人と人との力が融合して、物事は成就していくのだろうと思うのです。そんな他人の協力に感謝する。そういう気持ちを持つことが、人生再生の第一歩になるだろうと思います。

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