~自然とわいてくる、自分の好み~


夜の帰り道がモワっと暑くて
無風で生ぬるくて
このくらい暑い方が、夏っぽくて嬉しい。

影が可愛かったから、わざわざ数歩戻って写真とりました(笑)


私はこーゆー暗めの絵面も好きなんです。
暗さに触れると奥行き感じるから。
その奥行きに、光を感じる。

ほら、枯れお花をみると益々命を感じるでしょ。
生まれたこと、生きてること、美しさのメッセージ、一瞬の儚さ、、、
シワシワになった花びらのドラマを感じて
ときめきと敬意がわいてくる。

そんな感じ。

で、

そーゆー自分にダメだししてたんです。
厳密にいうと
そーゆー自分を否定してるフリして守ってた
の方が近いかな。



~記憶が作った苦しい感情~

ダメだしが始まったのは私自身のドラマの中で。
遠い記憶の小さな欠片がチクチクしたまま
時計が止まって

「わかってよ!!ダメ出しすんな!」って
怒りと悲しみになって。
「正当化」という手段でもって切り抜けようとしてた。

すごく悲して寂しかったから。

誤解されて、呆れられて

誤解されてないって感じる、
呆れられてなんかいないって感じる自分になるか
例えそうされても平気って笑える自分になるため
心を成長させようとしてた。

でもね、そんなの無理よ。
だって時計を止めた当時、子どもだったんだもん(笑)


~苦しさに抵抗する想い達~

その結果
認めてもらえない自分の存在を否定するか
思い通りに反応してくれない相手を悪者にするか
そうやってたんです。
そんなつもりなく、無意識に、自分を守る手段として。
苦い味にも慣れ親しんで。

そんな自分の不完全さをね
受け入れられるとすれば
良い、悪いに仕分けずに
不完全な自分を許す以外にないんだよね。
不完全さを受け入れるのと
自分は完璧だと受け入れるのは
言い方は逆だけど同じこと。

そんなこんなで

許してあげるの。
見ないふりしてた小さな自分達を。
ただ、ただ、「そうだったね。」と。

ありがとう。お疲れ様。って心から。


~自作自演のドラマを生きてる~

嫌いな何かが、嫌いじゃなくなっても
好きになるかは別の話で
見てる場所が変わっただけ。

それと同じで
好きなものは、好きだ。ただそれだけ。

ドラマの奥行きってね
ドラマの中から奥に触れる奥行きと
ドラマの外からドラマの奥まで触れる奥行きは
おんなじまんまで別物。

ドラマの外からまるごと抱き締めたら
外側から中へ
中から奥へ
深い奥行きがまるごと美しい。
暗さも明るさも同じ。
私は暗さも好きだし、ハッピーエンドが好き。

溺れない場所から溺れるほど深く触りたい。
ってほどけたら
帰り道の続きは信号も看板も歌って踊り出した。

信号や看板たちに
どんな唄を唄わせる?
すれ違う人や、建物の影に
どんなダンスを踊らせる?

もー完全に妄想の世界だけど
そんなドラマを沢山抱えて生きてる。
時計を止めたままのドラマを無いことにして。

でもね。
美しいよ。外から触れたら苦しくないよ。
誰のドラマも、その影も
その向こうに光があるのは
わかりきってるんだから。

こんな自分も大事にしていきたい。

なんの条件もなく、なにも生まなくても
ただ、ただ、こんな自分と手を繋いでいたい😊