小説は君のためにある

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本を読んで君が思ったこと、考えたことは、君が読んだ本そのものよりも大事だ、とさえいえる。

読んだ人が評価をする。そのために文学はある。読む人が評価できて、初めて文学は大事になるのだ。


その物質が文学になるのは、君が読んだときだ。

君が読まなければ、文学は存在しない。



つまり、僕たちは文章を読みながら、そこにもとの文章なんかどうでもよくなってしまうような、自分自身の経験を付け加えるのだ。


しかしそれでも、『老人と海』を読めば、『老人と海』に描かれた世界は、君の人生の中に刻まれるのだ。『夜間飛行』を読んでいる時の君は、『夜間飛行』という人生を生きることができるのである。


少なくとも、自分の人生を生きながら、同時に、全然別の人生を送ることに、小説を読む以上に近い経験はほかにはない。映画やゲームの経験も、そこまで行かない。


だが小説を読むという経験は、「自分は一人ではない」ということの本当の意味を、絶えず君に伝えているのだ。

君のようにかんじ、苦しみ、喜び、怒り、うんざりするのは、君一人ではない、という意味も、小説にはある。


すべての人間に自分という出発点があること、誰もがその出発点から、ほかの人との距離を作っていること、自分だけが出発点の持ち主なのではない、ということ。

小説に複数の人間が現れる、それを読むことで、君は君という人間を、それだけ大きく、幅広く、豊かにするのだ。


ただ、読むという経験の過程で、苦しかったり、悩ましかったり、悲しかったり、つらかったりすることに出くわしても、その経験を放り出さないでほしい。

君はすぐには気がつかないかもしれないが、その時に、君は小説を読む以前より、ずっと深く自分を知っているのだから。

そして小説を読んで君が経験する「自分」は、君だけの「自分」ではないのだから。


以上、全てこの本【小説は君のためにある】の中なら引用しました。


この本は、青少年のために向けて書かれているのかもしれない。

でも、僕は、40過ぎの「いい大人たち」こそ、小説を読むべきだと思っています。

小説でしか味わえないものがあります。

それは人が生きる上で絶対欠かせないものでした。

戦後の高度成長やバブル経済などで我々日本人が忘れ去ってしまったもの。

人が生きていく上で大切な潤滑油のような役割を果たしているように思います。


あっそういえば、つい最近観た映画「くまのプーさん」の中でも描かれていました。

仕事とか、効率とか、それよりも大切なことがあると痛烈に感じさせてくれました。


仕事、効率、便利、簡単。

これらから距離を置く。

仕事に関係なく、非効率で、不便で、手間がかかる、小説を読んでみませんか?

それで人生に成功をもたらすかどうかはわかりません。

でも、一つだけはっきりといえることがあります。

読んだ人の顔の表情が、読まなかった頃より少しだけ「優しく」なります。

これだけは間違いない。