一カ月ほど前、とあるテレビ番組で見たバスツアーに
家族4人で参加してきました。






いちご狩り→フルーツフラワーパーク→

神戸牛すき焼き、お寿司、海鮮焼き食べ放題→
有馬温泉街散策

という行程でしたが
 
 
 



イチゴの果汁でお気に入りの服を
汚して下がったテンションを
子供だましの遊具に乗って回復させ
友達へのお土産を探しまくる中2の娘や








本気でこのツアーを心待ちにしていて
アジサイの横で親父と
ピースサインで写真に写ったり
制限時間を気にしながら
すき焼きを食べまくって
お腹いっぱいのはずなのに
温泉街でサイダー飲んで
メンチカツを食べる高2の息子






そういう子供たちの姿を見るのが一番幸せだと
足湯をしながらつぶやきつつ
実は自分が一番楽しんでいる奥さん

イチゴの甘さがどうだとか
お肉や料理の質がどうだとか
フルーツフラワーパークの物寂しさとか
有馬で降り出した雨とか
そんなことは全く気にならないくらい
充実した一日でした

なんやかんやいうて
私が一番幸せ者やっちゅう話です

10月3日の土曜日は
同級生のお通夜でした。

参列するため仕事を少し早めに切り上げて
東京まで行ってきました。


小・中・高と同じ学校に通い、
高校では野球部のチームメートだった同級生。


50歳での死は早すぎるように思えます。


私の知る彼は人懐っこくて、
性格も明るく、
そのうえ愛くるしい童顔で、
私たちの仲間からは「ベイビー」と呼ばれ、
人気者でした。


しかしベイビー本人や周りの人間から聞いた話では
ここ数年、仕事関係での挫折や体調の不良が重なり、
塞ぎ込んでいた時期もあったようです。


だから私を含めベイビーをよく知る仲間内では
彼のことを心配する声も少なからずありました。


特に東京にいて、
ベイビーと近しい間柄にあった仲間の気遣いは
大きいものだったと思います。


そんな彼らから届いた突然の訃報。


ただただ驚きとショックでした。


こんな報告をしないといけない東京の連中も
さぞかし不本意な想いだったことでしょう。


「なぜ?」 「どうして?」

詳細は分からないまま、
答えの無い問いを繰り返す。


病死なのか?

もしかしたら自ら命を絶ったのか?

もしそうだったとしたら、

「何かもっと出来ることがあったのでは」

そんな想いも何度となく心に浮かぶ。


私は意味など無いと分かりながら
SNSでのベイビーの足跡をたどったりしていました。


皆、何かで自分を納得させようとしていたのではないかと思います。


でもよくよく考えてみたら
納得なんてできるはずがありません。

納得しようなんて思い上がりです。

誰もベイビーの抱えていた闇を理解することはできなかったし、
苦しみを共有することなどできなかったのです。


そして我々は皆、既にいつもの日常を生きています。


私は翌日曜日の告別式には出席せず、
娘の体育大会の観戦に行きました。


戻るべき日常があるということは
ある意味生きていく支えがあるということです。


もしかしたらベイビーには
この世に踏みとどまらせる
日常という支えが無かったのかもしれません。


でもそれもわかりません。
全然違うかもしれません。


ただ、
何とか自分の気持ちに区切りをつけられるとしたら、
ベイビーは死ぬことで苦しみから解放され、
楽になったのだと思うことくらいでしょう。


そして祈るのみです。


さよならベイビー 安らかに眠れ



お恥ずかしい話ですが、私はよく母と言い争いをすることがありました。

時には声を荒げて怒鳴り合うことも……

そして一度そうなると、しばらく顔を合わせても口をきかなくなります。

二世帯住宅で寝食は全く別々なので、お互い避け気味にしていると、
一~二週間顔を合わせないこともしょっちゅうで、
気が付くと一、二カ月冷戦状態、なんてこともあります。

しかし、そこは親子なので、何かの拍子に一言二言、
言葉を交わすようになり雪解けしていき、春を迎えるのですが、
ここで油断をして
接触を多くしすぎると一気に季節が進み、
熱い夏がやってきて、何かヒートアップする出来事が起こり、
秋を飛ばして冬の時代がやってくる、ということを繰り返しておりました。

少し前に気付いたのですが、その出来事のほとんどが、
母の小言から始まります。

小言のバリエーションは無限なのですが、
その根底には「自分が絶対正しい」という魂が宿っていて、
私の言い分など聞く耳を持ちません。

しかもとても癇に障る言い方をされるので、
つい反論をしたくなるのですが、
反論をしたが最後、火に油を注ぎ込む結果になってしまうというわけです。


私も今年で50歳。

さすがにこれではいかんな、と思いいたり、
母を変えるのは多分もう無理なので、
私が工夫をしようと決心いたしました。

そこで、取り敢えずは母の小言が始まったら、
出来るだけ初期段階でその場から離れるようにしました。

直近2回はこれで成功しています(笑)


そして母親との関わりについて冷静に考えられるようになると同時に
自分と息子の関係でとても重大な気付きを得ました。

「俺、息子に同じことしてるなぁ」と。


私は母親との距離感をある程度コントロールできますが、
息子はそういうわけにはいきません。

毎日私と顔を合わせ、
事あるごとにとても癇に障る小言を言われます。

その小言には「お父さんの言うことの方が絶対正しい」
という言霊が宿っています。

息子は反論できません。

それを聞いている家族を含めて
居心地悪かったやろうなぁ、と思います。

これからはほんの少し、
息子への態度を改めようと思います(笑)

そしてこの気付きに感謝しながら
母の小言にも耳を貸そうと思います。



大阪市東成区 池原歯科医院 池原