ファースト・トリップ⑧ | 徒然ブログ

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佐藤君は松坂桃李にそっくりのイケメンだった。だから鑑真号の中でも本人曰く、

 

「毎日Hしている。」

 

と言っている男の子だった。大山さんが、

 

「女は結局男とやる事しか考えていないと日夜証明しているわけ?」

 

と言ったら、

 

「ああ、そうだよ。もう証明した。」

 

と平気な顔で答えていた。佐藤君をめぐって女の子同士が取っ組み合いのケンカをしたのも見たことがある。大山さんが、

 

「あーあ、ああやって女は男より知能が低いってことを自分達でお披露目しているのよね。」

 

とワイルド・ターキーの瓶を持ちながらケンカを見ていた。佐藤君はある日、

 

「大山さんは女が好きなの?」

 

と言い出した。

 

「そうじゃなくて、Hが楽しいのはわかるけどせっかく船にまで乗って旅行に来ているのに、もっと興奮することを探そうとしないところが謎だと思うの。」

 

と言いながらビールをラッパ飲みしていた。

 

「いいね。Hよりもっと興奮することは、僕の乏しい想像力じゃ金ぐらいしか思い浮かばないんだけどあったら知りたいよ。」

 

「シャンポリオンはヒエログリフを解読した時思った時卒倒したとか本で読んだけど、多分Hするより興奮していたと思うわよ。」

 

大山さんがこういうと佐藤君はケラケラ笑いだした。

 

「そういう話大好きだよ。大山さんは猿岩石のように鈍行バスに乗ってエジプトまで行くつもり?そこでヒエログリフ見るの?」

 

「それも考えている。私達はあと二年もたたないうちに地下鉄に毎日乗るのよ。日本社会の奴隷になる。今のうちに行こうと思うのは当然だと思うけど…。」

 

「偉くなればいいんじゃん。女の人でも大山さんぐらいいろいろ知っていたら地下鉄で通勤しなくてもいい身分になれるかもよ。車が毎朝迎えに来る身分になればいいのさ。」

 

佐藤君の言葉に大山さんは鼻で笑いながら答えた。

 

「何馬鹿な事言っているのよ。そうなる前にどれぐらい人の道に外れた事をしなくちゃいけないのか、自分の父親見ていたらあなたもわかるんじゃないの?」

 

「そうだな。それはそうだ。」

 

今度は佐藤君が苦笑いをした。

 

「言わなくてもわかっていると思うけど、あなたは男だからそれはやらないと無能の烙印押されておしまいよ。だけど私は女でしょ。笑っていればいいわけよ。」

 

私は二人のやり取りを聞きながら会ったことのない親戚のおじさんの事を思い出していた。法事で田舎に行った時小さい墓があった。法事はいつもご先祖様の墓石をたわしでごしごしこすり水をかけて掃除をする。田舎なので区画整理もよくしていないお墓だった。だけど大体「ここの場所は自分たちの一族」みたいな場所があった。六畳ぐらいの大きさの土地に大小様々な墓石があった。あの時初めて気が付いたのだが、その墓石ははじの方にあり、それまで私はたわしでこすった事はなかったと思う。最初は子供のお墓かと思った。年代を確認したら昭和初期だった。

 

「京都の帝大にいったおじさんよ。」

 

私が墓石を覗き込んでいたらおばさんの一人が言った。

 

「京大?」

 

それまで聞いたことがなかった。

 

「すごい頭のいい人だったけど精神病院で死んだみたい。」

 

驚いた。そんな親戚がいたことも初めて知った。それで興味を持ちその晩宴会の途中に親戚の老人たちに聞いた見たら京都の大学で、教授から満州に行きなさいと言われたけど本人はそれが嫌でそこから精神をおかしくしたという話だった。その場では何も言わなかったけどすぐに731部隊の事だなと思った。

 

大学でたまたま731部隊の本を読んだ。おじさんとは違って教授に言われた通り満州に行った京大の人達の中には認めない人もいるけど人体実験をやった人もいる。凍傷の論文を読んだことがある。少し前の日本語だったけど、どういう状況で凍傷になるのか記録されていた。本人は人体実験はやっていないと言い張っていたらしいけど、じゃあ、どうやったらご飯を食べた場合、うどんを食べた場合、または空腹状態で凍傷になる、ならないのデーターが取れたのかわからない。他にもそういう細かい条件でどういう凍傷になるのか記載されていた。サルを実験に使ったとか言っていたらしいけどその人は後に勲章ももらっている。

 

今でもそうだと思うけど大山さんの言う通り、それをやらないとこの世の中は上に行けないという事がたくさんあるんだと思う。死ぬほど悩んで精神病院に行っても、死後作ってもらえるお墓はみんなより一回りも、二回りも小さなお墓なんだと思う。

 

私は二人の話を聞きながら「とにかく今は上海に着くまで毎日酒を飲んで、持ってきた魯迅の本でも読んで、731部隊の事など誰にも言うのは止めよう。」と思っていた。