そして前川くんが投じた初球…打った瞬間、ベンチの河東監督から「行ったーっ!」という大きな声が聞こえた。手ごたえ十分の会心の打球は右翼手の頭上を越えて三塁打となり2点が入った。三塁塁上の私には「やっと打てた」という安堵感だけが有り、嬉しさや興奮は全く無かった。緊張が解けると不思議なもので、得点こそ入らなかったものの私はその後も2安打(単打)を放ちこの大会の帳尻合わせをしたような感じだった。結局この初回の得点が決勝点となり2対0で再試合は終わった(山田くん:7回完封)。

 

連続する3日間で4試合33イニングを投げ、防御率が0.42だから驚異的だ。発展途上の中学生の身体をこんなに酷使するなんてことは、今ならあり得ない。制球力については抜群と言う程では無かったし、緩急を使うなんてことも無かったので恐らく500球前後を全力で投げたのではないかと思う。う~ん、凄すぎるという言葉以外に形容のしようが無い…。

 

私が山田くんについて他に覚えていることを挙げてみる。

・身体が気持ち悪いほど柔軟だった。もしかしたら、あの連投を支えたのはこの身体の柔軟性だったかもしれない。

・反射神経を競った「落ちてくる定規を掴む」ゲームでは桁違いに速かった。

・バレーボールのアタックが強烈だったので、恐らく跳躍力も素晴らしかったのだと思う。

・中学時代の視力は当然2.0だったがオジサンになってもそれが衰えることが無く、こんなことがあった。

 

今から10年前なので55才の頃、仙台駅の2階から外へ出て駅を背にして右側のペデストリアンデッキを歩き始めた途端に、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。目を凝らして見てみると60メートル程先のペデストリアンデッキの反対側の端から手を振って徐々に近づいて来る奴が居る。私も目はかなり良い方なので知り合いに偶然会う時はまず間違いなく私の方が先に気がつくのであるが、この時は彼の存在に全く気付いて無かった。しかも彼に会うのは学生の頃以来だから約35年ぶりだったのに…。

 

いつか彼に会ったら改めて中学時代の野球の話をしてみるつもりだが、果たしてその機会はやってくるのか…。