人を救えるのは宗教なのか

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私は仕事がら沢山の方の死に直面しました。

 

医療であれ介護であれ人は必ず死にますので、敗北に終わるのではと思いました。

 

「敗北」というのは、亡くなられた人のことではなく、医療、介護の仕事をしている者にとって、患者、利用者が亡くなられれば「もう少し何か出来ることはなかったのか」と常反省すべきであり、その意味の敗北です。

 

解決できない苦しみや悲しみを、どう受けとめて生き抜いていくのか。

 

これは人間に課せられたとても大きな課題です。

なかでも「老い」「病(やまい)」「死」に関わる苦悩は、誰であっても、どんな時代であっても、いかんともしがたい面があります。

この問題に向き合うためには宗教体系から学べば、心の安寧につながるではと考えたことがあります。

 

瀬戸内寂聴さんは「嘘の宗教と本当の宗教の見分け方は、お金をとる宗教は嘘の宗教です」と言われましたが、それならばこの世の中に本当の宗教は存在しないことになります。

 

マルクスは「宗教は民衆のアヘンである」とも「悩める者のため息だ」とも言いました。

 

そして物事を科学的に考えるなら、神様が人間を創ったのか、人間が神様を創ったのか、を考えれば結論は出てますが、そう割り切れないのが宗教です。

 

私も、人生の終末は宗教をしてみたいと思っています、友達がある宗教法人の末端の教会長をしているので、もう入信する宗教は決まっています。

 

今はまだ宗教はしません。

 


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