市橋被告が逃亡生活を手記に
沖縄県の離島「オーハ島」に戻ろうとしていたところだったのだね。
沖縄県の離島「オーハ島(じま)」に潜伏していた時期があることが分かった。なかなか捕まらなかったのはほとんど人が住まない離島でのサバイバル生活のためだった、ようだ。
オーハ島は明治時代に入植が始まり、1960(昭和35)年の最盛期には約130人の島民が住み、サトウキビの生産が行われたが、その後、沖縄本島への転出が相次いだ。
地理的には、奥武島(おうじま)の東400メートルに位置し、島面積は0・37平方キロメートル。東京ディズニーランド(面積0・51平方キロメートル)をひと回り小さくした程度だ。
島の周囲は2・7キロ。東側に「はての浜」(スカイホリデーリーフ)と呼ばれる全長7キロの長い砂浜があり、夏場の観光スポットとなっている。
久米町役場などによると、「オーハ島には数人程度が住んでいるが、定期船は出ていない。
ということは、歩いて渡ったのだろうか。
-John Fitzgerald Kennedy(J・F・ケネディー)
沖縄県久米島町のオーハ島に4回渡って数カ月間、自給自足の生活をしたとし、大阪市のフェリー乗り場で逮捕された時も、同島に戻る途中だったと記述。千葉県警は先週末、捜査員を同島に派遣して所持品とみられる衣類や本を押収し、裏付け捜査を進めている。
市橋被告は手記で、07年3月に千葉県警捜査員の職務質問を振り切って逃げてから09年11月に逮捕されるまで、電車やフェリーなどで移動し青森から沖縄まで計23都府県を訪れたと記述。08年春ごろには、千葉県浦安市のテーマパークを訪れたことも明かした。執筆理由を「自分が犯した罪の懺悔の一つ」としているが、殺害当時の様子や動機には触れていない。
リンゼイさんに謝罪し、四国で遍路道を歩く一方で「逮捕されればさらしものになる」「指名手配されると、自首しても減刑にならない」などと逃走を続けた心境を説明。
病院で整形手術を受けたほか、針と糸で鼻を縫ったり、カッターナイフで顔のほくろを切除するなど、自ら整形を試みたことも明かした。
印税はリンゼイさんの遺族に渡すか、公益のために使いたいとし、市橋被告の弁護団は「自分にできることはないかと真摯に考えた行動」と説明している。
英国在住のリンゼイさんの遺族は「裁判の前に、こうした本を書くことが許されるのか。強い嫌悪感を抱いており、傷つけられた。私たちが求めているのは公正な処罰だけだ」と話している。
千葉地裁では市橋被告の公判前整理手続きが進んでおり、年内に裁判員裁判が開かれる見通し。
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