1056、なぜ女性が少年漫画を読むのか? | ウホッ! いいブログ・・・
2019年03月16日(土)

1056、なぜ女性が少年漫画を読むのか?

テーマ:※ただしイケメンに限る

まあ、漫画が好きな人たちには今更言うまでもないだろうが・・・

 

少女漫画って恋愛ものばっかりだから、読んでて退屈だよね。

女でなくとも少女漫画は飽きるでしょ。

ジャンルの多様性もなければ、漫画の中身もやってることは毎回同じ。

 

突然の出会い、カッコいいとこアピール、お互いに好意を自覚、

でも些細なきっかけですれ違い、ギスギスして、コロコロ変わる本音(笑)のぶつかり合いゴッコ、んで仲直り。

二行目を何度か繰り返したら、誰かとくっついてグランドフィナーレ&ハッピーエンド。

 

僕は無駄に高い知能を持って生まれた影響で、

昔っから夫婦喧嘩だの離婚訴訟だのを見て育ってるわけで、

素直に相思相愛してケンカもすれ違いも駆け引きもせずにいちゃラブしてゴールインするのが最高だと思ってる。

 

なぜか女は駆け引きと称した無駄手間と浪費を好む傾向があるけど、

そんなに時間もお金も無駄遣いしてるヒマなんか男にだってないんだから、

卵子の個数制限があるぶん、女にはもっとないはずでしょ?

 

なのに少女漫画もレディコミも、

やたらキスだのセックスだのをしたがる(正確には「されたがる」)くせに、

駆け引きゴッコがウダウダとなげぇのなんの・・・

 

 

 

とはいえ、わからんでもないのよ。

普通の人には「相手よりも圧倒的に賢いから相手の器量や知性が手に取るようにわかる感覚」なんか、ないでしょ?

 

僕は「推定的に自分以外の人は自分よりモノを知らない」という状態で生まれてきたから、

理論上99.999%以上の人は、僕よりアタマが回らない。

だから目の前にいる人の中身なんか「99.999%」同じなわけだ。

 

しかも「自分以外」は「自分よりアタマが回らない」という推定的な最大の共通点があるから、

趣味だの年齢だの性別だの価値観だのという些細な違いはどうでもいい。

要するに「相手のオツムに期待できない」という一点だけは絶対なのだから、大差などありはしない。

 

たとえオツムが残念でも賢くあろうとする努力が身に沁みているかどうかどうか、

つまり「人格」や「努力」や「内面」の部分こそ、

圧倒的な知力差があれば、それがどういう場所に出るのかは、科学的にも経験的にも先刻承知なわけで。

 

そして僕は、常人が寝たり遊んだり学校でオベンキョウしたりしていた間、

勉強する必要が一切なかったから、趣味・雑学・奉仕その他、あらゆる技術を学習し練磨し続けてきたから、

僕の実物を知らない人には信用されない次元で、多趣味かつ多芸な人間になった。

 

まあ、天才型の人種が往々にして多芸で多趣味になる理由がソレなんだよね。

「一般的なレベルでいう勉強」をする必要がないから、そのぶんスポーツなり趣味なりに打ち込む。

だから高学歴ほどガリ勉型が減り、文武両道型が増える。

 

だから生半可な個性を持ってこられても、だいたい自分の下位互換にしかならない。

それゆえに、「みんな違った個性を持っている」という感覚すらない。

「自分以外」は「自分にできることすらできない人だらけ」だという経験則と確信だけが残るからだ。

 

知力差ってのはよく「ハタチ過ぎればただの人」だなんて言葉で矮小化されるけど、

ブログで書いてる文章の差で、知性の差なんかある程度類推できるだろ?

相手様が推定的にバカであろうから、相手様のプライドを傷つけないようにするために、バカを演じているだけだ。

 

だからバカを演じる必要がない状況では何の容赦もしないし、

しかしながら相手はバカであるだろうからこそ、

こうしてやりたくもない冗長な説明を、バカが誤読しないように、事前に穴を全て塞ぐが如き所業でもって迎撃するわけだ。

 

知力差ってのは「たかが1万字」と思うか「4000字ですら多い」と思うか、

ひいては単位時間あたりに処理できる情報の総量の差といっても過言じゃない。

 

麻布中学の入試問題程度の文章量ですら読みこなせない「ハタチを過ぎたただの人」と、

それを楽々やってのけた過去をもつ「ハタチを過ぎたただの人(大嘘)」。

 

ハタチを過ぎたくらいで「ただの人」になれるなら、

なぜ古今東西「高学歴の落ちこぼれ」が社会になじめない傾向があるのか、という話をね・・・

 

知性を信頼してもらうことでしか価値を発揮できない貧弱な純血種が、

知性に信頼なんか置かれるわけがない状況でしか活躍できない固有種と、

同じ生き方ができるわけないだろう(正直)

 

 

 

まあいいや、話を戻そう。

 

かくして、「お互いを知るために共有すべき時間」の価値は理解ができても、

それが長ければいいとか、場数が多ければいいとかっていう発想は欠片もない。

好き嫌いなんか口で喋ればいいのだし、覚えておいて忘れるくらいなら毎回聞くほうが確実だ。

 

それこそデートなんてアホ臭い。否定はせんがな。

デートと称した「特別さ」を女が望んでいることは、上記の通りよく知ってはいるが、

それでも&そもそも&わざわざ、相手に異性を望んでいる以上、「やること」はセックス以外、ただの茶番なのだから。

 

それでもデートだの一緒にいるだのという、それで一体相手の何がわかるのか?

むしろ非日常的なデート条件下では、相手の本質なんか見えてこないだろうに。

 

相手を知りたいのなら正直に語らえばいいのだし、

オシャレして気取ってカッコつけた=デート条件下=特殊な状況の異性を知って何になる?

あなたが本当に知りたいのは、その人の素の状態、日常的な状況の異性だろ?

 

正直に喋れるほどの度胸も実力もないからミエをはっちゃうし、

喋ってもらっても理解できる程度の知性がないから、語らうこと=コミュニケーションから逃げるんだろ?

 

ハタチを過ぎてただの人になった皆様は、

コミュニケーション能力(コミュ力)というものを重視しておいでのようだが、

「理性的な会話」が「コミュ力」に含まれているという話を聞いたことが一度もない。

 

 

 

要するにオツムがスカスカだから、

そういう生き方になるんだろ?

 

「少女漫画」にしろ、

その読者である「女全般」にしろ、

「ハタチを過ぎてただの人になったはずの皆様」にしろ。

 

 

 

・・・っていうと、なぜかブチギレるんだよね。

 

 

 

 

そんなに女性が優秀だというなら、

少女漫画だけ読んでてくれりゃあいいのにね。

 

優秀な女性が、優秀な女性のために描いたのが、

少女漫画という優秀娯楽作品であるはずだろ?

 

じゃあ劣悪なオスが下品なオスのために描いた、

少年漫画という汚物なんか、触れる必要もないだろ?

 

 

 

・・・・・・・ってことに、なる、はずなんだけどなあ。

 

 

 

どうしてシングルマザーのほうが、シングルファザーよりも虐待をするか、わかるか?

 

男にとって子供ってのは女と同じ「ワガママでアホな存在」だから、

「ワガママでアホな存在」との接し方ってのに慣れてるし、

「責任」は子供の頃から、将来のため家族のため女のためと聞かされて生きてきたから、今更重いとは感じない。

 

しかし女は好き勝手にワガママを怒鳴って、何でもパパやママや彼氏にやってもらって、

男が将来のために自分を捨ててルール(科学や法律)を学ぶ傍らでオシャレと浪費と売春だけは覚え、

「子供」や「仕事」という「逃れられない責任」と向き合わずに生きてきたから、責任の重さに耐えられない。

 

男なら耐えられるものに、女は耐えられない。

 

しかも若い女はいつ妊娠出産で戦線離脱・寿退社するかがわからないから、

男よりも雇うリスクが高いのは当たり前。

だから女性が経営する企業でも、女を雇いたがらない。

 

昔っから女は「絶対に恋愛も結婚も妊娠も出産もしません!」とほざきつつ、

半年も経たないうちにコロッと主張を変えてデキ婚をキメて寿退社するのだから、

女が気分と状況次第で約束を反故にすることは、女が一番よく知っているはずだろう?

 

ましてや妊娠出産は自由でなければならない=少なくともそれを止めて堕胎させる権利は誰にもない以上、

できちゃいました、だからダメ、という理屈は、少なくとも現代では否定されている。

 

女性様のワガママに媚びなかった時代のほうが、どこの国も成長していたんですけどね。

 

 

 

 

根源的に、少女漫画というジャンルも、

大多数の女が好む少女漫画の傾向も、

娯楽としてみれば多様性が極端になさすぎる。

 

それは大半の女のオツムがスカスカで、

恋愛とセックスのことばかり考えているから・・・でなければ何なんだろう?

 

 

 

・・・・・・いっておくが、

上記の理屈は全て女性によって

提唱済だからな?

僕固有の持論でも、妄想でもない。

 

 

 

古今東西「女・子供」と括られている理由くらい、恥を知ったうえで考え直してほしいもんだ。

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