ジョージアンとヴィクトリアン、銀生産量からみた銀の価値

フランス革命の頃に作られた古い銀のティースプーンは、レアものアンティーク

金銀複本位制の昔、もしイギリスの歴史が、そのコースを少し外していたら、、

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ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン
1798年 ロンドン、Samuel Godbehere & Edward Wigan作

今から二百二十年前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。二世紀を越えた古さは、たいへんな魅力になろうかと思います。 柄の裏面にはブリティッシュ ホールマークが刻印されているのもポイントです。 
 

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柄の裏面に刻印されたホールマークは順に、メーカーズマーク、ジョージ三世の横顔でデューティーマーク、1798年のデートレター、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントとなっています。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますが、このティースプーンが作られたのは1798年ですから、余裕でアンティークのカテゴリーに入るどころか、さらには既に"ダブル"アンティークともなっており、そんな辺りもアンティーク シルバーファンとして、嬉しい銀であると感じます。



かなり古い銀スプーンにご興味の方から、ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちは、どんな人たちだったのかというご質問をいただきました。 遠い昔に銀器を使っていたのは豊かな人たちであったに違いありませんが、この問題はよく考えてみると、もっと奥の深い問題であることが分かります。

ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちは、百年と少し前のヴィクトリアン後期に銀器を持っていた人たちよりも、一段と社会階層が上のお金持ちだったと思われます。 ジョージアンの時代には、まだまだ銀は社会の上層階級の占有物であったからです。 ヴィクトリア期には英国の経済力も大いに伸長したので、ヴィクトリアン後期の英国では銀器が新興富裕層にまで普及し、その裾野が広がりました。 つまり銀器を使った昔のお金持ちといっても、ジョージアンの時代とヴィクトリアンの時代ではその意味合いや程度が大きく異なるのです。

「International Hallmarks on Silver」という本に、過去の銀世界生産量推計という面白い資料がありました。 その資料によれば、写真の銀スプーンが作られた頃の年間銀生産量は650トンほどで、ヴィクトリア時代最後の1900年は5400トンとあります。 時代と共に生産量が8倍以上に増しているわけですが、逆にみると、より昔の時代における銀の希少性について、お分かりいただけるのではないでしょうか。

ジョージアンとヴィクトリアンでは銀のスプーン一本を取ってみても、そのステータスシンボルとしての価値はかなり違っていたわけです。 もっと詳しく知るためには、英国社会史や経済史の理解が不可欠になりましょう。 これからも少しずつ調べて、個々のアンティークが持つ時代背景について、お伝えしていければと思っています。

 


1798年作の銀製品であり、二世紀以上の時を経ているという古さはアンティークシルバーとして凄いことだと思っています。 英国の歴史は比較的安定していたことが特徴で、隣国フランスのように大きな革命や動乱を経験せずに今日に至っており、そのおかげもあってイギリスにはアンティークのシルバーが他国と比較して残っているとも言えます。 しかし、このティースプーンが作られ、使われていた頃は、イギリスにおいてもかなり世の中が荒れて、政治が混乱した時代でした。 

一つには産業革命の影響で英国社会に大きな変化が起こりつつあって、ロンドンでは打ち壊しのような民衆暴動が頻発していたことがあり、二つには国王ジョージ三世がアメリカ植民地経営に失敗してアメリカ独立戦争を招いたことなどが混乱に拍車をかけました。 18世紀後半にロンドンで起こったゴードン暴動では死者が五百人を超える惨事となって革命一歩手前だったようです。 

さらに加えて海外からの不安定要因がイギリスを脅かし始めます。 1789年に始まったフランス革命は次第に先鋭化していって、ついに1793年には国王を処刑してしまうまでになりました。 

 

金銀複本位制の昔にあっては、銀器はまったくマネーと等価な存在でありました。いったん世の中が動乱や革命となれば、銀器は銀の秤量貨幣となり、大きなものは切り取られたり、小さなものは鋳つぶされたりで、作られた当時の姿をとどめていることは難しかった。これは実際にフランス革命などで起こったことです。

 

このティースプーンが使われていた頃というのは、おっかなびっくり隣国フランスの様子を窺いながら、当時のイギリスはいつ対岸の火事が飛び火してくるか、ひやひやものでありました。 もし英国史がそのコースを少し外していたら、この銀スプーンを今こうして見ることもなかったかもしれない、などと思ってみたりもするのです。

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