ヴィクトリア女王の旦那様であったアルバート公は、ドイツからクリスマスツリーの風習を宮殿に持ち込んで、イギリスで流行らせたビッグ インフルエンサーだった。


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​冬になるとイギリスの昼間の時間は、日本と比べてもずいぶんと短くなります。クリスマスの頃には、日の出が午前八時過ぎ、日没は午後四時前です。一日の三分の二以上が夜となって、もし何もなければ気も塞ぎがちになりそうな時期が、逆に賑やかで華やいだ時期となるのは、クリスマスのお陰でしょう。
 

アンティークなクリスマスレシピ、ミンスパイの伝統はシェイクスピアの時代から


十二月となると、子供たちはアドバントカレンダーをめくって、サンタクロースがやってくる日を待ち遠しく数えます。学校でもクリスマスショーと呼ばれる演劇会、クリスマスディナー、そしてスクールパーティーと行事が目白押しです。
クリスマスを待つ気分は大人も同じで、クリスマスカードの準備を始め、子供達と一緒にクリスマスツリーを飾り、プレゼントに思いを馳せ、お休み気分で、気もそぞろになってきます。

イギリスのクリスマスはむしろ日本のお正月の雰囲気によく似ていると思います。
24日ともなると、ロンドン、ユーストンのターミナル駅は、お土産を持った若い人たちで混み合います。普段は都会で暮らす人たちも、この特別な日を家族で祝う為に帰省するのです。それはまるで、上野駅の年の瀬風景のようです。

昔の時代に思いを致すアンティークな観点から、英国のクリスマスを見なおすと、また違ったクリスマスが見えてきます。


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クリスマスの象徴とも言えるクリスマスツリー、そして家族で祝う休日としてのクリスマス、これらは昔からあったものではなく、ヴィクトリア時代に取り入れられていった習慣だそうです。それより前の19世紀前半、170年ほど前には、イギリス人にとっても見慣れないものだったのです。
 

【ヴィクトリア時代のIllustrated London News】


ヴィクトリア女王の夫君であったアルバート公が、ご出身のドイツの風習としてクリスマスツリーを宮殿に持ち込んだのが、1841年でした。それから20年ほどかけて、徐々に英国にクリスマスツリーが定着していきました。『クリスマスキャロル』の作者ディケンズは1850年に書いた随筆の中で、クリスマスツリーのことを「ドイツ人のおもちゃ」と呼んでいます。当時のイギリス人にとってクリスマスツリーはまだ目新しい物だったのでしょう。ヴィクトリア女王のお幸せな結婚生活と、このドイツの風習を重ね合わせて見た当時の人たちは、クリスマスツリーを好意的に受け入れていったのでした。

 


『クリスマスキャロル』は1843年の作品ですが、物語の登場人物、ボブクラチットはクリスマスデイには、当然に休暇が取れるものとは思っていなかったことが読み取れ、そこに当時の世相が反映されています。
 
ディケンズはクリスマスという一年の中でも大切な時に、家族が一緒に過ごすことの意義を訴えた作家でもありました。前述の随筆の中でディケンズは、「クリスマスには学校の寄宿舎や職場から家族のもとへ戻って休日を過ごすべきだと思う。」と述べています。そしてクリスマス休暇が一般的になったのは1870年代以降のことだそうです。



日本から見ていると、西欧のクリスマスというのは、今と同じように昔からあったもののように思いがちですが、今日のクリスマスのあり方は比較的近年になって出来てきたものだったことが分かります。
ヴィクトリア時代にアルバート公やディケンズの働きかけがなかったら、今とは違ったクリスマスを過ごしているかもしれないのです。
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