イギリスの Good Luck 6ペンスと、戦国時代に真田氏が使った「六文銭」の旗印、ともに同じ6だけど、なにか関係があるのだろうか。


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司馬遼太郎の歴史小説『関ヶ原』に「六文銭」という一章があります。「六文銭」を旗印に戦国の乱世を乗り切ったのが信州上田の真田家でありました。真田といえば、乱世の戦上手として有名でした。ただ、現代から過去を振り返って、真田の凄さは天下分け目の関ヶ原の戦いを前にしての家族会議による決定にあったと言えましょう。

父昌幸と次男幸村は豊臣方の西軍につき、長男信之は徳川方の東軍につく、家族を割って敵味方に分かれるという決定をしました。決戦を前に敵味方に分かれれば、どっちが勝っても負けても、必ず真田の家は後世に残っていけるという戦略でした。

日本では古来より六文銭は三途の川の渡し賃と言われてきました。三途の川と聞くと縁起が悪いかと思いきや、そうではなくて、武家にとっては、後顧の憂いを絶って戦に向かう必要から、真田軍団にとって六文銭の旗印は勇気を鼓舞するラッキーアイテムとしての役割がありました。



私はここで、イギリスにおけるラッキーアイテムの六ペンスを思います。

 

英国でどうして六ペンスが幸運を呼ぶラッキーアイテムとされるようになってきたか、その背景については、『クリスマス プディングに 6ペンス入ってたら 大吉です』をご覧ください。

 

いつ頃からイギリスで六ペンスが幸運の象徴とされるようになったのか詳しく調べる必要がありますが、おそらく近代に入る前からで、数百年の歴史はあるでしょう。

六文銭と六ペンス、どこかでつながりがあるのではないかと私は見ています。



なぜかクロスにとても惹かれます。その理由をアンティーク 英吉利物屋 風に考えてみました。』では、日本におけるキリスト教の伝来は、今から五百年ほど前の1549年と歴史の授業で習いましたが、実はもっとずっと以前にキリスト教もクロスも日本に到達していたろうと考えました。

六文銭と六ペンスの関係も、やはり過去にリンクがあったのではないかと思うのです。

アニメ映画『もののけ姫』を見て、そこに描かれている日本の中世には、歴史学者網野善彦氏の中世史観が反映されていることを知りました。

網野中世史観によれば、職能民として独自のネットワークを持ち、街道や港を自由に往来し、各地の伝承を伝える語り部的な集団が日本の中世にはあったそうです。

そういう語り部集団が、遠く離れたイギリス六ペンスのラッキーモチーフ性を日本の中世で語っていた可能性が考えられないだろうか。六ペンスの話が当時の日本に持ち込まれ、六文銭への置換が起こった可能性はどうでしょう。

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イギリスで六ペンス銀貨が初めて鋳造されたのは、エドワード六世の治世で1551年のこと。一方で真田氏が勃興してきたのもちょうどその頃で、不思議な縁とも思います。

ただ、ちょっと両者の年代が近過ぎるのが、逆に問題かな。また、16世紀の物価水準からみると、当時の六ペンスはそれほど小額ではなかった。

そうこう考えると、クロスやキリスト教伝来について考察した時と比べて、六ペンスと六文銭のリンクの可能性はやや低いかも知れません。

でも、このところ日暮れが早く、そんなことを、つらつら考えてみるのも楽しい冬の夜長です。

 

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