今から二百年以上前に作られたジョージ三世 オールドイングリッシュ パターン スターリングシルバー ティースプーンセットです。

(ジョージ三世 オールドイングリッシュ パターン スターリングシルバー ティースプーンセット、1810年 ロンドン)

一本づつ柄の裏面をご覧いただくと、あれ?と思われるでしょう。一本だけイギリスの銀であることを示す刻印、すなわちホールマークがありません。19世紀初頭の品ではホールマークの一部が刻印されていない品を時々見かけますが、何もない例はとても珍しいと思います。


同じオールドイングリッシュパターンで同じイニシャルが刻まれていることから、セットの構成員と考えられますが、ホールマークの痕跡がまったくないことから、磨耗して見え難くなったとは考えにくく、初めから刻印がなかったものと考えられます。
 

いったいどうしてこんなことが起こったのでしょうか?
今から二百年ほど前の19世紀初めのシルバーウェアと言えばお金持ちがオーダーして作らせた品でしょうから、ホールマークが脱落していたら苦情を言って直させそうにも思えます。

しかしイギリスで暮らしていると、日本人の私から見ていったいどうしてそんなことが起こるのか?ということが多く、よく考えてみると、このホールマークの脱落と根っこが同じようにも思えるのです。

ロンドンの鉄道でこんなことがありました。
ある駅で停車した電車がなかなか動きません、しばらく待っていると「All change please, all change ! (皆さん、降りてください。)」の車内アナウンス。

何事かと思えばさらに、「交代予定だった運転手が来なかったので、この列車は予定を変更して当駅止まりとなりました、皆さん下車してください。」とのこと。

交代予定者がいないなら、なぜ今まで運転してきた運転手さんが引き続き運転しないのか???
日本人の感覚から言えば、それがきっちり仕事をするということではないでしょうか。

アナウンスを聞いた乗客のイギリス人たちは「Oh...」とため息を漏らしましたが、続けて不満を口にすることもなく、下車していきました。
日本でこんなことがあったら、「いい加減にせえ!」と苦情が殺到するのではないでしょうか。

 

イギリスでは、こういうことは日常の一部なので、もちろんニュースとして報道されたりなんてこともなく、まるで何事もなかったかのように過ぎていきます。


乗客の物分りいい反応の背景には、英国では鉄道サービスのレベルが低く皆もあきらめているという事情もありますが、全般にミスに対して許容度が高い、あるいは細かなことをあまり気にしない英国人気質があるようにも思います。英国人のおおらかな、イージーな、悪く言えばいい加減な気質が感じられるのです。


先日、友人とパブランチに行きました、スープが待ち遠しい寒い日です。
最初にマッシュルーム スープが二人分出てきました。
ところが、一つのスープ皿からは温かそうな湯気が立っているのですが、もう一方は湯気もなく温まっていないのです。
一緒にサーブされてきた二つのスープなのにどうして?????

頼んだら気持ちよく温めなおしてくれましたが、いくらなんでも、もう少し気を配ってはいただけないものでしょうか。

悪い面ばかりご紹介しましたが、英国人のおおらかさ、イージーさがとても好ましく思えることもありました。

英国に住み始めて間もない頃、家族で日帰りの小さな旅に出かけました。
まだオムツをしていた下の娘が、なにやら取り替えが必要な様子、でもここは高速道路なのです。
まあ、ちょっとだからいいかと路肩に車を止めて、オムツ交換していたら、なんと運の悪いことに後ろから車が突っ込んできたのです。

ぶつかってきた車は急ブレーキを踏みながらも間に合わず衝突し、幸い双方とも誰も怪我せずに済みましたが、その車は前部が大破して自力走行ができず、レッカー車を呼ばねばならない有様でした。
我が家の車もテールランプが潰されました。

警察の方が来て現場検証が済むと、一週間以内に住んでいる地元の警察に事故報告をするように言われました。
慣れない外国での交通事故ですから、我が家は一同すっかり意気消沈です。
これから家に戻って、今日中には事故報告をしに行きますと返事をしました。

すると、お巡りさんの言われることには、「なぜ、これから家に戻るのか? あなた方はどこかへ行こうとしていたのではないですか。先方の車はあの通り大破してしまって動けない、たが、幸いあなたの車はまだ動ける。今日という日をこれ以上無駄にしないためにも、初めの計画通り旅を続けるべきです。」と。

テールランプの壊れた事故車で、旅を続けなさいと勧めてくれるお巡りさんのその前向きな(?)姿勢にはビックリで、英国人のおおらかさここに極まれリです。
お巡りさんの勧めに従って旅を続け、英国人気質の真髄に身をもって触れられたことは、今思うと得がたい経験でした。

さて、冒頭のホールマーク漏れのジョージアンティースプーンに戻りますが、こういう英国の人たちを見ていると、二百年前の英国人も似たような人たちだったのではないかと思えてくるのです。
ティースプーンを作る人もそれを受けるお客さんも、細かいことが気にならない、ホールマークが抜けていたって「No Problem.」な人たち。 ちょっと深読みに過ぎるでしょうか。

 

イギリス人気質と英国風について、関連記事を二つほど。ご覧いただけたら幸いです。

 

ヴィクトリア時代の警察:『資本主義の本家ともいうべきイギリスでも、ヴィクトリア時代にはこんなことがまかり通っていたのでした

21世紀の鍛冶屋さん:『現代の鍛冶屋さん、やっぱり英国風。