シンプルな暮らし、あこがれていました。

 

3年ほど前に高校の同級生の集まりがあって、居酒屋の席についたら学年一の美人の女性に「どうやってここまで来たの?」と聞かれて、「警察署のところを曲がって、信号渡っ」、「いや、そうじゃなくて、今どうしてそんなことになってるの?ということ」

 

そう言われて、僕の人生を聞きたい人もいるんだなあと恥ずかしくも、うれしく思いました。

 

整然とした雰囲気が好きだから、こんなたたずまいになります。

 

年月が経つと記憶は薄れていくものです。

 

それはよくもあれ、かなしいことでもあります。

 

だから、覚えているうちに自分史として書いておこうと思うのです。

 

この山小屋をどうやって建てたのか。

 

理由とかセルフビルドとかは以前書きました。

 

ただ、建てるために必要だったお金については書いたことはありませんでした。

 

こんな山のなかですからローンは組めません。

 

全部、現金で支払いました。

 

20年以上も前でしょうか、

 

創業した会社、家、お金を失ってから1,2年ほど経ち、

 

ようやくやる気もでてきてなんとか再起しようと、

 

熊本に事務所を構え、小さなバルレストランを経営しながら、

 

東京と上海で会社を起業していました。

 

仕事はシステム開発の受託です。

 

そのころ、東京に住む友人のマツから、いい物件があるけど投資しませんかと声をかけられました。

 

当時のマツは大手の不動産会社の営業で、所有していた高輪のマンションを売却してもらって以来、一緒に飲みに行ったり個人的にも親しくしていました。

 

「今度できた白金タワーの中古ワンルームなんですが、安く買えそうです。」

 

「なんで?」

 

「建設前の地権者所有なんですよ。」

 

僕はすぐに決めて契約しました。

 

買った時から含み益がありましたから、

 

数年賃貸で貸したあとに売却したときには数千万の利益がでたのです。

 

今はもっと上がっているでしょうね。

 

この森に住むためにお金を使うことに躊躇はありませんでした。

 

ただ住むためにお金も時間も使うのですから、

 

そのあとどうやって経済的にやっていけるのか、

 

神のみぞ知るという感じでしたね(笑)

 

 

つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて、

 

心にうつりゆくよしなしごとを、

 

そこはかとなく書きつくれば、

 

あやしうこそものぐるほしけれ。

-吉田兼好「徒然草」より