ワルシャワ紹介2 ワジェンキ公園から聖十字架教会 | みどりの木のブログ

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昨日の続きです。

ポーランド王室に跡継ぎ者がいないので、貴族や有力男子による選挙で王を

決める国王自由選挙は、1572年から1791年まで行われていました。国王

を血統上の権利ではなく、個人的適正能力によって選ぶための選挙制度でし

た。王が不要となり議会制が出来て、1791年5月3日憲法の成立とともに廃

止されました。

 

1572年の第1回国王選挙の様子です。

 

 1791年最後の選挙で選ばれたポーランド最後の王、ポニャトフスキーが

ワジェンキ宮殿を建造したため、そのまま公園名になっています。こんなに

無駄遣いする王は不要ですね。

 

下図⑰の水の離宮

 

現地にあったワジェンキ公園の地図です。

 

公園内にあるクラシックカー展示場

 

その他にあった展示パネルの一部は

ポーランドのスケート選手

 

ポーランドの有名サッカー選手です。

ワールドカップはポーランドに負けましたが、

決勝トーナメントに出られて良かったですね。

 

王宮の部屋

 

王立劇場

 

その他に日本の浮世絵展示イベント

 

市内を聖十字架教会まで移動します。

 

グーグルから引用のワルシャワ市内地図です。

 

ワルシャワ市内には寿司の店が約300店もあるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

カトリック教会です。

 

聖十字架教会の塔が見えてきました。

 

聖十字架教会です。

 

1750年代の聖十字教会の絵画です。

ナチスドイツにより破壊される前の聖堂

です。そろそろ選挙制王様廃止しようか

という頃です。

 

これが聖十字架教会です。

昔の絵画では正面の十字架を担ぐイエス

の像がありません。細部を見ると少し違う

ようですね。

 

この近くにはコペルニクスの銅像もあります。

 

 

 

コペルニクス像です。

この広場の地面は地動説のデザインです。

 

コペルニクスの銅像です。

拡大すると

コペルニクス(1473年2月19日 ~1543年5月24日)は、ポーランド出身の天文学者、

カトリック司祭でした。当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)

を唱えました。(ただし、太陽中心説をはじめて唱えたのは、紀元前三世紀のサモスのアリ

スタルコスです)、当時は聖書に「神はこの世を創造した」としかないので、地球中心説に

ついて何も書かれていないため、彼は何の迫害も受けませんでした。

ドイツでナチスが勢力を誇っていた時代は、彼がポーランド人かドイツ人かが大きな論争

の的となったのですが、現在は「多民族国家ポーランド王国の国民(すなわち国籍はポー

ランド人)であり、クラクフの大学を出るなどポーランドの教育を受けた、この地方のドイツ

語の方言を母語とする家系(民族はドイツ人)出身の人物」、すなわち「ドイツ系ポーランド

人」ということで落ち着いています。

 

周囲の地面には太陽系惑星の絵があります。

 

これは地球ですね。

 

今日はここまでです。明日は聖十字架教会内部からです。

 

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