イスラエル旅行記3 岩のドーム ユダヤ人・アラブ人の先祖  | みどりの木のブログ

みどりの木のブログ

毎日UPでブログ


テーマ:

昨日の続きです。

時代を追って過去から紹介します。

 

今日はユダヤ人・アラブ人の先祖です。 

旧約聖書とコーランでは人の始まりはアダムとイブで、

その子孫がノア(洪水で有名)で、さらにその子孫が

アブラハムとなっています。アブラハムはこのカナン

の地に移住しましたが、彼の妻サラは妊娠せずに、

子供を生めずに年老いていました。、神はサラに子

供が出来るとお告げをしました。「イサク(彼は笑う)

と名づけよと言った」、その言葉どうりサラから子供

が生まれ、アブラハムは神が言われたとおりイサク

と名づけました。、その後、神はアブラハムの信仰

を試そうとして、イサクを生贄にせよとお告げします。

アブラハムはこれに従い岩のドーム内にある岩の上

でイサクを殺そうとします。アブラハムが息子を殺そ

うとした時、神はアブラハムの信仰の確かさを知って

これを止めます。そして、子孫が繁栄するとのお告

げをします。このイサクがユダヤ人の先祖となります。

 

この24金の黄金ドームの下にその伝説の岩があります。

また、この岩はイスラム教開祖ムハンマドが昇天したとい

う岩です。

 

一方で、イサクが生まれる前、子供が出来ないので、

アブラハムはエジプト人女奴隷のハガルとの間に、

イシュマエルという子供をもうけていました。この子

がアラブ人の先祖になります。

これらのことがトゥーラという巻物に記されて伝承

されていました。これを基に旧約聖書とコーランが

書かれています。

 

 下地図①から撮影のエルサレム考古学公園と

背後のドームはイスラム教のアル・アクサ―寺院

です。城壁の上が神殿の丘で、ダビデ王の子供

のソロモン王が神殿を造ったという場所です。

 イスラエルでは神殿の丘周辺に3000年前の

ソロモン王時代の宮殿があるのではと、発掘調査

しています。発掘できたのは、約2000年前の

ヘロデ王時代の遺跡です。

ここは下図より嘆きの壁の南側になります。

神殿の丘を発掘調査したいところですが、そこ

はイスラムの宗教法人所有なので出来ません。

 

エルサレム旧市街です。

ピンクの線に沿って歩きました。(上が北の「地球の歩き方」より引用地図)

 

これは昨日UPした地図です。この地図の右下部分拡大図が上の地図です。

 

②の糞門です。

 

この糞門はかつてこの門から、排せつ物を運び出して

いたのでこの名前になりました。

イスラエルの前にエルサレムはヨルダンが支配していま

したが、その時に大型車が通行できるように門を拡幅し

ています。

門に入り振り返り撮影しました。

城壁内部から見た糞門です。

 

地図③の所です。

イスラエル兵の守るセキュリティーゲートが見えます。

入るためにいつも行列が出来ます。午後になると巡礼

のイスラム教徒が来るので、入れなくなります。

ホテルを出て開門前に並びました。

 

③より撮影のエルサレム考古学公園です。

城壁の上が神殿の丘です。ドーム右下の壁

から飛び出している部分がヘロデ王時代の

神殿の丘に登るロビンソン・アーチです。

ヘロデは、共和政ローマ末期からローマ帝

国初期にユダヤ地区を統治したユダヤ人の

王で、ローマのユダヤ総督を兼ねていました。

この人が第2神殿時代のエルサレムを造り

ました。ヘロデ王は新約聖書のマタイ福音

書にユダヤの王と予言されたイエスを亡き

ものにしようと、ベツレヘムの幼い男児を皆

殺しにしたとされます。

それより以前の第1神殿はダビデ王の子供

ソロモン王が約紀元前1000年頃に建てた

神殿です。この時が最もイスラエルが栄えた

ときです。ダビデはイスラエル初代のサウル

王の時代に、羊飼いをしていて、敵対する

ペリシテ人の巨人兵士ゴリアテ(身長約3m)

と戦い、ダビデが投石器から放った石を額に

受けて昏倒し、自らの剣でダビデに首を刎

ねられ絶命します。ダビデはサウル王の娘

と結婚し、イスラエル王を継ぎました。

 

13世紀に描かれたダビデ王とゴリアテです。

ダビデが左手に投石機を持っています。

 

有名なミケランジェロのダビデ像です。

左手にあるのが投石機です。

 

ダビデ王時代のエルサレム想像図です。

 

④より撮影した、発掘現場と神殿の丘入口のモロッコ門です。

この入口の向こう側が嘆きの壁です。

 

もう一度地図です。

 

④から見た考古学公園です。ヘロデ時代の遺跡が

発見されています。

 

セキュリティーゲートです。

左の入口は嘆きの門用です。

 

前方の小屋で飛行機に搭乗するときの

用なチェックと持ち物検査があります。

小さいカバンしか持ち込めません。

 

通過すると

発掘現場と嘆きの壁は繋がっているので、上に陸橋が架かり

入口のモロッコ門に行きます。

 

モロッコ門

 

陸橋の下に嘆きの壁が見えます。

 

⑥から見た発掘現場です。

 

橋の上⑥から見た嘆きの壁広場です。

この嘆きの壁は単に西壁と言われます。

子供が成人した時も、この西壁でお祝い

をします。なので、嘆きだけではなく喜び

の場でもあります。

この写真の左側は

橋の上⑥から見た左側の嘆きの壁広場です。

 

嘆きの壁の拡大写真です。下から7段目までの

石垣が第2神殿時代の遺跡です。

壁の地下8mまで石垣があります。その遺跡が

出土しています。

 

発掘され出土した地下の写真は

嘆きの壁地下から出土した、上が水路跡で

下が嘆きの壁最大の石で、長さ13.6m 

重さ570トンの巨石です。

 

今日はここまでです。明日に続きます。

 

読者募集中ですので、読者登録はここのリンクです。
希望があれば、相互登録します。相互アメンバーも募集中です。

毎日午後8時半頃に更新しています。
「相手わかるように」に設定して登録してください。
読者のブログ村・ブログランキングを出来るだけ押しに行きます。

 

Ctrlキーを押したままで、ポチしたら画面が飛ばされません。
 
お手数ですが、よろしく。下矢印ダウンぽちっと下矢印ダウン押すだけ
                                              にほんブログ村 歴史ブログへ

 

                                               ブログランキング・にほんブログ村へ

 

                                               にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ

 

                                               にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

                                               
                  お願いします。

 

みどりの木さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス