大坂城連休イベント紹介6 豊臣時代の石垣 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

昨日の続きです。

今回で最終回です。

今日は豊臣時代の大坂城石垣紹介です。

 

今回公開されたのは本丸広場にあるものです。

 

中央に井戸のようなものが見えますが、石垣

はこの下にあります。通常は手前にある蓋で

覆われて見えません。豊臣大坂城を破壊して、

その上に盛り土をして、現在の徳川大坂城が

築かれています。この石垣は昭和34年に発

見されました。当時の大阪市民は現在の徳川

時代の大坂城を、秀吉が造ったものと誤解し

ていたので、発見は悲しい事でもありました。

 

その中をストロボ撮影しました。

 

下に見えるのが豊臣時代の大坂城石垣です。

地下7.3mの位置で石垣が発見されました。

見つかった石垣は高さ4m以上あり、石垣上

端には粘土がはられ、その上面は火災によっ

て火を受けていました。

拡大すると

豊臣大坂城の石垣です。この石垣の場所は

下図豊臣時代の復元大坂城で2か所発見さ

れましたが、今回のものは左側の赤丸部分

です。昭和34年に発見された石垣です。

 

石垣解説板です。

 

打込み接ぎの徳川大坂城と比べて、野ずら積みに近い石垣です。

石垣は六甲山地をはじめとする山陽帯のものや生駒山地のもの、

北摂山地の丹波帯や紀伊山地の三波川帯のものなど兵庫・京都・

大阪・和歌山と、徳川大坂城より近場から集めています。
古墳の石棺や墓石・石臼など、別の用途に使用された石材の転用

がっ目立っています。
また、石材と石材の隙間を埋める石や石垣裏込の中には、瓦片や

陶器片(写真6)・貝化石なども含まれており、大阪周辺寺院や墓地、

古墳からも石垣に利用可能なものが徹底的に集められたようです。

 

展示されていた古絵図です。

 

展示されていた古絵図です。

 

2つの絵図を重ねると

現地にあった解説板です。

太い点線部分が、現在の大坂城内堀です。

 

石垣公開施設を造るための募金もしていました。

 

これで大坂城の連休イベントを終わります。

明日はキショウブの花で、明後日からイスラエル旅行記です。

 

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