福井城の紹介7 北の庄城跡3 最終回 | みどりの木のブログ

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昨日の続きです。

今日が福井城と北の庄城跡紹介の最終回です。

 

今日は柴田神社の発掘展示場横にある、

資料館展示品の一部を紹介します。

 

展示資料館の内部です。三姉妹のお江ちゃんの顔出しがあります。

 

北の庄城発掘展示場図です。

 

昨日UPした発掘展示場の解説です。

 

発掘展示場の場所は、江戸時代の古地図では

赤丸の部分が発掘現場です。

 

柴田神社にある観光案内図です。

 

柴田家の家系図ですが、昨日紹介の故平山画伯の名前があります。

不明な部分が多いので、あくまで言い伝えであると思います。

 

ルイスフロイスが北の庄城について、

貴重な証言を残した書物があります。

城下が安土の2倍もあり、百間堀以前にあった吉野川と

足羽川の合流地点に本丸がありました。天然の堀となる

川がある南側からは攻めにくい城でした。

 

ルイス・フロイス書簡です。

 

北の庄城本丸跡の、江戸時代の柴田神社の位置が赤枠です。

 

現在の福井市地図です。

 

昨日紹介した半木半石の欄干がある九十九橋は

葛飾北斎の浮世絵にもなっています。

江戸時代の九十九橋です。

 

次に九頭竜川と北国街道の交点に架かる舟橋です

 

船を並べてこの鎖で固定して、勝家は舟橋を作りました。

 

舟橋の解説板です。鉄の鎖は「刀さらえ」をして集めた鉄で

作りました。「刀さらえ」とは「刀狩り」とよく似た命令です。

一向一揆を鎮圧したけれど、武器を持つ百姓が多いので、

それを取り上げる口実が、橋造りだったと思います。

秀吉の刀狩りより先にやっていました。秀吉は方広寺の

大仏を造るためでした。みんなのためにやるんだという、

大義名分が必要だったのでしょう。

 

2003年8月の福井市内航空写真です。養浩館庭園とは

藩主松平家の別邸でした。

 

次に賤ヶ岳合戦の屏風図です

 

 

その他にもいろいろありますので、読者のみなさまも

訪問して見学してください。

 

最後にJR福井駅前です

 

福井観光の宣伝画が駅構内にありました

 

これで終わります。明日からは福井県の朝倉氏一乗谷遺跡紹介です。

 

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