福井城の紹介5 北の庄城址1 | みどりの木のブログ

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昨日の続きです。

福井城本丸から柴田勝家の北の庄城址まで歩きました。

福井城と北の庄城はほぼ同じ位置にありました。

 

北の庄通りです。この先を左に曲がると柴田神社です。

 

現地地図です。(右が北)

 

北の庄通りにある解説板です。

拡大すると

左側にある柴田神社解説板です。

右側は

勝家とお市の辞世の句と周辺地図です。

勝家もお市も秀吉を馬鹿にしていたのが

災いしたのでしょう。人を見たら弘法大師

と思えという教訓があれば、もっといい

人生が送れたでしょう。

 

近年になり子孫の家で発見された、柴田勝家の肖像画です。

 

妻のお市の肖像画です。

 

柴田神社の辺りに本丸がありました。

 

ルイスフロイスが、1580年に2度訪問して、

記録を残しています。この図からすると、福井

城はほぼ北の庄城跡に築かれています。

 

柴田神社の下図③の鳥居です。此処を進み右側に

柴田神社の本殿があります。

 

 

下図①から振り返り鳥居を見たところです。柴田勝家の銅像があります。

 

発掘図です。平成5年から発掘調査がされています。

私が昔来た時は、柴田神社しかありませんでした。

周辺の家を立ち退きしてもらい、取り壊して発掘し

ています。

 

左端が柴田神社です。

 

左端のお市と三姉妹の銅像も出来ていました。

 

解説板です。

 

地図②から撮影した画家の平山郁夫氏の揮毫石碑です。

今は亡き平山氏は柴田勝家の末裔なので、この地に愛着

がありました。

 

解説板です。

 

北の庄城の天守模型です。

 

北の庄城想像絵図です。

右側の文章を拡大すると

説明にあるように瓦の素材は焼き物ではなく、福井県特産の

笏谷石(しゃくだにいし)で造られました。

笏谷石は凝灰岩の一種で、濡れると緑色を帯びます。福井

市の足羽山で採掘される伝統的な石材です。

言い忘れましたが、福井城の瓦御門の瓦も笏谷石でした。

寒い所なので焼き物の瓦では割れやすいため、わざわざ

石を加工して瓦として使っています。

 

今日はここまでです。明日に続きます。

 

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