奇なる悪戯に近い神の啓示を人型は断片すら飲み込めず

奇なる悪戯に近い神の啓示を人型は断片すら飲み込めず

IDは適当な厨二病単語の羅列なので、お気になさらずに。
何処かのそれを、かつてに思いを馳せ懐古文言を混ぜ加工。
100人オフの名刺代わりとお遊びで、30日間連続更新します。
無駄にサービス精神を発揮した、後で嫁に罵倒されるやつです。

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「面倒臭さこそ人間の醍醐味」とはシュメール人も楔形文字で刻んでおり、
紀元前から諦観と共に賛美された美徳ではある。
というのは定番的流れの嘘でしかない。
などと日々生きる事を面倒臭がりながら、その上でも面倒臭い事四天王の、
更に下位程度の七将軍辺りに位置しそうな運転免許更新に望んできた。
長蛇の列を成すお役所的流れ作業に加え2時間の講義はすんげえ面倒臭く、
私の輝くゴールド免許証は、青臭いそれにランクダウンした。
そんな面倒臭い時間を過ごした後に、面倒臭さの極地を模索する。
「完全にマニュアルで人間を動かすゲームとかって物凄え面倒臭いのでは?」と、
なんだか例の如くモヤモヤした思考が始まった。
「悪の帝国から不随意筋が自動で働かなくなるビームを受けたよ! 
 仕方ないから全部自力で動かすよ! 
 さあ頑張って生活しよう!」みたいなストーリーを描く。
息をするのはおろか、心臓の鼓動もマニュアル。
1分間に60回くらい鼓動ボタンを押す。
呼吸は15秒に1回、息を吸う事と吐く事もボタン操作にて。
食事をさせる際は、口腔の咀嚼運動から舌の稼動による食物の操作、
唾液の分泌作業から嚥下の際の蠕動運動も全てマニュアル。
胃液を分泌させたり消化させたりして体内を通過させるのもマニュアルとなる。
歩く際には足を動かす事は勿論、体重の重心移動も当然マニュアル。
いやいやそれ以前に視線の可動やピント合わせもマニュアルで行う。
身体を動かすだけでも面倒…いや、楽しいというのがウリのゲームだが、
その先のステージのお仕事ミッションなどが加わるともう大変。
初期ステージの「事務作業」などでは、
ペンを持たせ筆圧を調整し紙上に文字を走らせ報告書を作成するだとか、
電話を取り相手の発言を聞き取りつつ適切な返答を行うだとかもマニュアル。
心臓の鼓動や呼吸も忘れずに。適度な瞬きによる眼球の保水も必須だ。
ステージが進むと「接客」だとか「調理」とか「製作」や「運転」も行える。
特に「運転」は身体自体をマニュアルで操作しながら、
マニュアルで車や飛行機を操るというマトリョーシカ的入れ子構造がなんとも哲学的!
…というような設定を考えるのももう面倒臭えなあと思いながらも振り返れば、
本文中の「まにおくんGOGO!(仮称)」はどう見てもクソゲーでしかない。
その面倒臭さを省みると、
なんとも今の不随意筋が動きまくっているオート感は便利なものなんだなあと、
巡り巡った面倒臭い自己納得に落ち着いたのだった。面倒臭えな、人間って。
なんて吐きつつ、
冒頭一行目「」内に既に本音を持って来ているという面倒臭え構造を何時ものように。
 


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無?
渇望、
後に有。
単に願い、
願望が具現。
渇望は爆発し、
無を僅かに覆う。
この有を積み重ね、
如何に飽きぬ様にと、
有と有を組み模索する。
結果、枝葉は多岐に伸び、
自身と相反するものすらも、
実は自身が望み生んだのだが、
そんな真相は深層にて忘却する。
有で在り続ける為にはどうするか?
答えは、有を生み続ける事であるが、
その解は希望と絶望の両極を意味する。
だがいずれにせよ無よりはマシなのだと、
全ての生の根幹には諦観が植え付けてある。
多彩に積まれた自身と交差する全ての何かは、
有より生み出された自身から成り立つ分化にて、
様々な方向に特化し変形したコピーどもではある。
共感する為の友人としそこに立つ事も間違い無いが、
永遠に解り合えない敵として立つ事も間違いでは無い。
それは捕食するものや捕食されるものを示してしまうし、
弄ぶものや弄ばれるものをも意味してしまう事に成り得る。
全てと解り合おうと試みる事は世界最強を目指す事にも似る。
が、解り合えずとも構わないし解り合える訳も無かったりする。
何故なら、根幹には解り合う事の恐怖が既に記憶されているから。
解り合えたとしたら、この作り出された世界が如何にくだらなくて、
無意味極まりない暇潰しだという事実も共有してしまう事になるから。
只管模索する程に、シンプルなひとつの事実に到達してしまう事だろう。
ただ在るがままに、共に過ごせる何かが居るこの今の時間を大切に過ごす。
これこそが酷く素敵な瞬間だという感覚を、何時か知る事になるだろう。
我々は愚かにも、何らかを喪失してから、それらを切っ掛けとし得る。
しかし我々は愚かにも、何らかを喪失する前はこれらに気付けない。
気付いたとする悟りめいたものも、口先と机上論にしか過ぎない。
愚か過ぎる我々は、身をもって知らない限り血肉には出来ない。
だが同時に、この愚かさこそが世界に刺激を作る元であって、
世界に多様性を生み出す切っ掛けとなっている皮肉を孕む。
そもそも我々は何を渇望しこの現象を起こしているのか?
我々は消失したくて堪らないという懇願を抱いている。
完全に消失し、無すら無と感じられない域に達する。
これこそが我々が求める、絶対に叶わない夢だが、
叶わぬ為、今の方がマシと自身を洗脳し続ける。
無に到達出来ないこの状況をどう打破するか?
すなわち、無に到達出来ないこの環境にて、
如何に何かを繰り返し暇を潰すという事。
永遠に与えられた暇という重い原罪を、
如何に気を紛らわせるかと渇望した。
これこそが世界が生成された動機。
これこそが生命を肯定する根拠。
忘却のみこそが唯一の救いで、
次の刺激と先の無を夢見て、
盛り上がり、朽ち果てる。
神を呪う事も出来ない。
何故なら己こそ神で、
創造主は己だから。
熱が冷めていく。
次世代に熱を。
呪いの如く。
掴み掛け、
掴めぬ。
朽ち、
無?

 


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創造物に対する文句は同じく創造してから初めて言えなどとは思うが、
当然の事のようにそれは作り手側の驕りでしか無い。
何事においても受け手側には批評する権利がある。
ましてや対価を伴えば尚更。
ただし当然の事のように作り手側は批評を評価する権利があり、
感情を揺さぶる権利もある。
批評内容に喜んでも怒っても良い。筆を折るという抵抗を見せても良い。
それが対価を伴わないのであれば尚更。

「響 ~小説家になる方法~」がモヤモヤする。
https://shogakukan.tameshiyo.me/9784091867698
小学館ビッグコミックスペリオールにて連載中。
マンガ大賞2017年でトップを受賞という非常に面白い作品ではある。
http://www.mangataisho.com/
一見何処にでも居るような地味で眼鏡で凶暴でアスペな貧乳女子高生 響が、
さらっと小説「お伽の庭」を執筆し、
募集要項ド無視で新人賞応募に送り、たまたま編集者の目に止まる。
その圧倒的な文章作成能力と感性による作品が世界を震わせる、という群像劇だ。
ある世界に、誰もが絶対に敵わない無敵の天才を投げ込んでみる。
その世界は一体どういう風に変化していくのか? 
そんなシミュレーションであり、これが滅茶苦茶面白い。
作中で響はすぐに新人賞を受賞し、芥川賞・直木賞の同時受賞する。
170万部を発行し社会現象を引き起こすが、
学生という事も親の反対もあり、世間的には響が何者かという事は公開していない。
という状態が現在も連載中において続いており、今後の展開が非常に気になる。
面白い。でもモヤモヤする。何か。
まず単純に私は、この主人公 響というキャラの暴力性にモヤモヤした。
主義主張・意見が違う人に対してはとりあえず暴力を振るう。そこから始まる。
以下手持ちの単行本6巻までの暴力を列挙する。(※日記作成当時)

不良の指を折る(好き)
不良を殺す気で目をボールペンで狙う(嫌い)
ワガママを通す為部室の本棚を倒す(嫌い)
ガキを本で叩く・顔面を蹴る(好き)
教師の額にタバコを押し付ける(好き)
編集者を噛む・人の家の本棚を倒して潰そうとする・馬乗りで叩く(嫌い)
小説家の顔面を蹴る(好き)
チャラ男を木材で殺そうとする(嫌い)
同期新人賞受賞者をパイプ椅子で後頭部と顔面を殴る(嫌い)
教師の顔面を張って押さえる(嫌い)
親友と認識している先輩をカバンで殴り返す・腹を蹴る(嫌い)
記者のカメラを道路に投げトラックに轢かす(好き)
記者のカメラを蹴る(好き)
記者の顔面にマイクを投げ付ける・顔面を蹴る(好き)
不良の目に人差し指と中指を突き刺す・首を絞める(好き)
ラノベ作家の顔面を殴る(嫌い)

っつーか普通に障害沙汰じゃねえかとも思わせてくれるし、
未成年だとしてもやり過ぎ感はもりもりあったりする。まずはここか。
好きなものと嫌いなものに分類されているのは、暴力に繋がるエピソードによる。
事前のムカつくエピソードから繋がるものはスカッとさせてくれるが、
明らかにやり過ぎだったりワガママを通す為の駄々はムカつかせてくれる。
相手の言葉をそのまま受け入れ、冗談とも解釈出来ない。
不快と思ったら即座に反応するという響の性格は、かなりのクソガキ。
というか躾の成っていないクソペット、すなわち動物でしかない。
アスペルガーっぽい印象もあるが、
時には鋭く相手の心情を読み取ったりする話もあったりするし、
父親や母親がしっかりしていそうな話もあったりして、
親の前では大人しくしているような描写もある。
だったら躾もしっかりしろや。この辺りのブレもモヤモヤする。
どうも私は躾の行き届いていねえガキを眺めるとすげえムカつくようだ。
更には作中作の扱いにモヤモヤする。
響がこの世界を圧巻させた小説「お伽の庭」はこんな作品となっている。

設定

「舞台は山あいの寒村。
 描写されている風習、しきたりから百年ほど前の日本を思わせる。
 ただ具体的な時代場所が明記されている訳ではなく、
 生から死までが小さな社会の中で完結している。
 作者が書きたかったのはこの世界観と死生観」


本文の一部

「った闇が霧
 ゆっくりと街
 振って

(中略)

 昨日と同じ
 おる日差しは
 彼女は一人ただ

 終」


読者の感想

「すごい文章力を持ってるけど、粗は多い。
 この作品が芥川賞をとったとしても、そうだろうなって思う」
「最高でした。いつの時代のどこの国かもわからないのに、
 懐かしい風景が眼前に広がって、
 この世界で人が人として生きるってこういうことなんだなって。
 生き方の正解を感じたの」
「最後のシーンには特に集約されてますよね。
 初雪の振る山中…人ってこんなに綺麗に死ねるんだって、言葉が出なかった」
「こんな才能はじめて見た…。
 人間ここまでカッコよく死ねんのかって思った…。
 いつかこの人みたいな世界を作ってみたい…」
「面白かった。世界を感動させるのはお前に任せるよ」


すげえな。全く面白そうに思えない。
というのは全く純文学を読まない私の偏見か。

もっとも、第一巻で投げた思い付きにツッコむのも野暮ではあるが、
なんだろう。世滅茶苦茶強いと言われている男の技や戦い方も描かず、
その人物が世界最強に君臨するようなバトルマンガだとか、
曖昧な食材と曖昧な作り方で調理の工夫も説明されないのに、
どういう訳か滅茶苦茶美味い料理として持て囃される料理マンガみたいな、
どうにも消化不良なモヤモヤを感じてしまう。
その点例えば「バクマン。」の中の作中作は、
「ラッコのサラリーマン」「この世は見た目と金」みたいな、
設定だけでも面白そうに感じさせてくれたり、
実際に作中作を具体的に絵として展開してくれたり、
「俺はまだ本気出してないだけ」では作中作で感動させてくれたりする。
「HUNTER×HUNTER」では作中作におけるゲームのルールを、
偏執的なまでに事細かに作り込んだりもしていた。若干ズレるか。
この「お伽の庭」を作る点において高校一年生である響は、
「私の価値観・感じ方・物の見方を詰め込んだ」などとのたまうが、
たかだか15年しか生きて来ていねえ、
処女かつ社会にも出た事のねえ読書でしか知識のねえ頭でっかちクソアスペが、
人の一生を書ける訳ねえだろクソダボが! なんて事は、
ぼんやり思っても言わねえ。野暮だし。
他にも~小説家になる方法~というサブタイトルのクソダサさだとか、
それ以前にそのサブタイトルに何処がだ! とツッコみを入れたくなったりと、
色々モヤモヤする点がこの作品には多数存在するのだが、
それでも面白い作品である事に間違いは無い。
「お前は心に不愉快な爪痕を残された。
 感情が動いたって言うんなら、
 つまりお前は『感動』したんだよ」なんて言葉が残り続けるのだった。
爆死しそうな劇場版も含めて、今後も楽しみだ。

全くの蛇足だが、響の作品である「お伽の庭」に視点を向けると、
これはこれでまた興味深い点がある。
ちょっとした企画日記のネタにもなりそうだ。

『きみの考えた「お伽の庭」』

■本文の出だしと終わりは下記の文を当て嵌めて作成する事。
 欠けた部分は自身の好みで好きなように補填していい。


「った闇が霧
 ゆっくりと街
 振って

(中略)

 昨日と同じ
 おる日差しは
 彼女は一人ただ

 終」


出だしと終わりの文を埋めるというだけでも構わないし、
(中略)の部分を好き勝手創作してみても構わない。
更に高難度を求めるのであれば、
「お伽の庭」というタイトルで完全創作しても、勿論構わない。

みたいな。
って結構簡単に小説化気分を味わえる面白企画なんじゃねコレ。
以下てきとーに記述する。

「温もった闇が霧のように世界を隠していく。
 ゆっくりと街を含めた全ての生き物を優しく包む。
 振ってみた手すら見えないような静けさの檻に囚われる。

(中略)

 昨日と同じに見える日々は永久に思えるかのように続く。
 透きとおる日差しは温もって霧のように世界を照らす。
 彼女は一人ただ静かに、囚われたこの檻から抜け出し永遠に眠る。

 終」

何をやらせても相変わらず適度なクオリティを保つなあ、私は。
と、例の如く定番自画自賛締め。
お前らも良かったらてきとうにどうぞ。
 


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ある日目覚めると、世界中の人間の枕元に「どこでもドア」が配られていた。
国民的猫型ロボットでお馴染みの、何処にでも行ける「どこでもドア」だ。
ご丁寧にどこでもドア専用の四次元ポケットも付属していた。
「どこでもドア」のみを収納する事が出来て、移動先でもドアを回収出来る。
どこでもドア専用であり、他のものを入れても弾かれた。
配布元は不明。材質も構造も作成法も不明。
何の目的で配られたかも一切不明だった。
「どこでもドア」の使用法は簡単極まりない。
行きたい所を指定しドアを開ければ、その場所に到達する。
行きたい場所は場所を知らなくても問題無い。
脳の神経パルス信号を拾う思考分析と音声検索を駆使しているらしく、
頭に描いた場所及びそのイメージに近い所に適切に移動させてくれる。
人々はその便利さに驚嘆した。

「どこでもドア」で世界は一変した。
通勤、移動、買物、旅行、業務にと人々は様々な場面で利用する。
これにより自転車から始まり、
車、電車、飛行機、船といったあらゆる交通手段が廃れた。
これらの業種に勤めていた人間は、業務縮小及び失業を余儀無くされた。
それに伴い、車の製造販売業も自転車屋も潰れる。
代わりに運輸業は飛躍を遂げた。
どこでもドアの材質は不明だが、
ドアの形状以上の大きなものも、ドア枠が際限なく広がり通過する。
交通手段としての車が減り続ける中、
法的に一般道路走行自体及び車両の所有自体が禁止される。
失職した人間達は運送業や農地改革や介護事業なりに励んだ。
「どこでもドア」を利用した犯罪も多発した。
まずはこの道具を利用した窃盗が乱発したが、
「どこでもドア」と四次元ポケットは、
誰がどのドアを使って訪れたかのログを自動で取っているらしく、
使用者は何時でもそのログを眺める事が出来る。
何かを盗まれたとしたら、容易に盗み返す事もその場で取り押さえる事も出来る。
簡単に特定され寝首を掻かれるという事で、
窃盗にはリスキーな道具として認識された。
覗きなどの軽犯罪は後を絶たなかった。
「どこでもドア」によりプライバシーは完全に無くなり、
芸能界にも過剰な悪影響を与え、芸能人という概念自体が薄れる。
この誰彼構わず覗かれるという状況に、女性は過剰反応を起こした。
やがて「覗かれるという事は性的魅力のバロメータ」的な価値観が形成される。
「どこでもドア」を通し、様々なゴミも宇宙にガンガン捨てられた。
核廃棄物も瓦礫も残飯もあらゆるものを捨ててしまえばいい。
当初は訝しげな目でこの行為を眺めていた環境団体や政府も、
「太陽系外ならば良し」という事でこれらの行為を黙認し始める。
排気ガスや二酸化炭素排出量及び廃棄物の激減により、
世界は美しい環境を取り戻す。
ゴミ処理で宇宙を指定出来るだけあり、飛べない地域も何も無く、
飛んだ先で死亡するケースも頻繁に起きた。
「どこでもドア」にこれら危険区域に飛ばないセーフティ機能は無いらしい。
ここは使用者が気を付けなくてはならなかった。
だがこれを逆手にとって、「どこでもドア」を利用した殺人も行われた。
この簡単かつ完璧な殺人手段を様々なテロ組織が利用し、そして報復された。
血で血を洗い捲る殺人と報復が繰り返されるが、そのうち疲弊して落ち着いた。
「どこでもドア」は国境を失くした。
水や食料の足りない地域へは過剰に余る地域より回される。
国を捨てる事も容易となったし、
「国という概念自体が馬鹿馬鹿しいのでは?」という議論へも発展した。
実際、既に自由に飛び交う人々の抑制を行うのは不可能だった。
地球自体が一つの国として形成されるようになる。
便利ながらも世界中に圧倒的な混乱と破壊を齎した「どこでもドア」という道具。
人々は「こんな道具され配られなければ…」と憂いながらも、この道具を使う。
既に知った便利さを人は捨てられない。
複雑な思いを抱きつつ、人々はこの道具を利用し続けた。

そんな人々を、異形の生物達が上空に浮かぶ円盤より楽しげに眺める。
彼らは文字には起こせない言語で何かを話している。
「どこでもドアの仕組みを知ったら、仰天するだろうな」という事を話しているようだ。
彼らに言わせれば「どこでもドア」は、
元データをスキャンし、無劣化コピーを移動先で生成する事により、
擬似的にワープを可能としている模様。
ワープした瞬間、その人間は同身体と同意識を持つ二人に分裂する。
通常は元データをワープ完了の段階で、
中性子分解装置により瞬間的に消失させるが、
彼らが配布した「どこでもドア」は、
このコピー元が分解されずすぐさま亜空間に蓄積される仕様となっているそう。
つまり、地球人がドアを使えば使うほど、コピーされた地球人が彼らの元に届く。
この膨大に蓄積され続ける「肉の資源」を用いて、
彼らはエネルギー・食用・愛玩動物として有効活用するとの事。

 

地球の人間は「どこでもドア」を複雑な表情で使う。
それを眺めて異形の彼らも何とも醜い表情で笑う。
有害物質が蓄積し切った、地球人を食い過ぎた際の害も知らずに。

 


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Q:誤用しやすい語句を集約させ作成した下記例文を読んで答えなさい


姥桜の彼女の性癖は恣意的だがその世界観のさわりは穿った姿を見せる。
黄昏た彼は憮然と須らく「ぞっとしない」とすべしも姑息に失笑するが、
潮時を待って煮詰まった上にて檄を飛ばした彼女の姿は役不足に映った。


1.例文を読み、誤読でも構わないので直感的に感じた文意を書き殴れ
2.例文は「彼女」を褒めているのか貶しているのかを述べよ
3.例文を解りやすい語句にて言い換え、正しい方向の文意を書き出せ
 


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(※何処かに投げたエイプリルフールネタ)
 
 先日Twitterのタイムラインで話題になったスマホアプリ「ガリガリくん イチゴ味」が凄まじくイカしてるというコトで、もう興味出まくりであって即座に拙者もインストール!! してみたんですな。簡単に言うと、スマホがアイスになって食べられる。すんげえ!! SFチック的バリバリであり人類の進化ココに極まれり!! といった比類なきアプリである。

 ズギャッとどんな技術かと調べてみたら、なんでも数年前のイグ・ノーベル賞を取った謎技術、「CPUに超絶ゆっくりな演算をさせると、ナゼだか発熱が抑えられるどころか熱を奪うニャ」というコロンブスの卵的技術を応用したモノだそーだが、技術革新の結果、氷点下を指し示す程にまで熱を奪える様になったらしい。ヒッジョーにヤバ過ぎである。このアプリを起動すると、そのスマートフォンを12時間ほど掛けて、「冷たくて甘く美味しく」し食べられる様にする。かな~り不思議っす!!

 ソッコーで食べてみました!! 新商品が出る度にコンビニに走る新作野郎である拙者を満足させる味なのかッ!? 結果は思ったよりもiPhone自体が軟化してくれて、スゴいなめらかなグレイトなる口当たり!! ガリガリくんというかソフトクリームっぽい食感なんじゃねコレ。とてもオイシイっす。俺的にはパーフェクトでありど真ん中ストライクなので1ダースくらい食えると思うマジで。

 ところが!! ズギャーム!! ななな、なんかッ!! 当然当たり前かつ刹那的間違いない話ではあるのだが、食べた部分は当然使えなくなる。ぐぬぬぬ~。さすがに近未来ヒューチャーアプリとは言え、食べたら無くなるという当たり前のコトはカバーできない。……ズギョーン!! しかも先日交換したばかりの新しい機種で試してしまった~。ズニャーン。 古いiPhoneで試せば良かったと反省。いつも反省。とても反省。あーあ。反省野郎かつ反省が続かない野郎である拙者だが、アプリ自体は近年希に見る最強に強まったサイバーアプリだと言えよう。スゲくオススメ!!
 


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「テキストサイト」という、匿名にも近いHNにて交流する、ある種特異な世界があった。
大概の者は大手サイトなりに影響を受け、多大な期待と夢を見てサイト開設するが、
大概の者はアクセスの伸びなさに消沈し、目論見を満たす事すら出来ず放置サイトとなる。
その後のmixiやFacebookのように現実の友人関係や職業の繋がりが重視される訳ではない。
その先に普及したinstagramのように画像をメインで交流する訳でもない。
ましてやTwitterのように手軽に何かを呟いて交流に至れる訳でもない。
この「テキストサイト」の世界では、ひたすら「日記」のみが力であり武器だった。
「日記」という生成物を書く及び他者の「日記」に書き込む事が、
急がば回れ的に交流の基となっていた。

ある程度の楽しみ方を覚えた若者が居た。
そこそこ日記を書き、そこそこ交流をし、そこそこ美味しいネゲットもした。
が、それだけでは満足出来なかった。
そんな彼はある道場に辿り付いた。
テキストサイト世界をより深く楽しむ為の道を指し示してくれるという。
道場では挨拶もそこそこに導師達より、
「いかにすればより面白くなるか?」という問いが投げ掛けられる。
思い付くままに若者は答えた。
「良く解らないが、鬱陶しいクソサイトは全て消え去って死ねばいいんじゃね?」と。
安直ながら素直な本音を聞いた、道場に巣食う導師達は、
若者を取り囲み説法する。

「スベり短文系・フォント弄り系・オチもないダラダラ系は勿論の事、
 存在意義すら見出せないクソモブサイトは全て消え去って死ねばいい、か。
 なるほど、一理ある。
 その上で優良で日記も面白くて、
 ついでに管理人もイケメンや美人で性格もいい良質サイトが残ればいい、と。
 確かに理想だな」

「例えばよくテキストサイト観察暦の長さを気取った人間が、
 一般的なモブサイトは面白くないなんて言うよね。
 日記はやっぱりネタが練られて推敲され手が掛かったものが最高だと。
 だが、テキストサイト界隈中の人間がそういう日記しか読まなくなったら、
 練った日記の書き手は一週間もせずにネタが尽きるでショー!!」

「オリジナルのネタを練りに練った日記が面白いだって?
 時事ネタを使わず、コピペ等でパクらず、
 練り込んだ日記を作る事がどれだけ大変なのか知っているのかい?
 報酬も無いその行為の為に、
 日記を書く人間がどれだけ疲弊するか知ってマスかー?」

「君は良質な日記を眺める事こそ、
 閲覧者としての誇りが云々とか言っていたよーデスが、
 いい材料を使って上手いものは誰にだって作れるんじゃないデスかね?
 むしろどうしようもなくつまらない日記を垂れ流すクソを、
 いかに面白く眺められるかがヲチの歴史でショ?
 例えばネットウォッチの定番は、
 社会的にどうしようもないクズと使い残しのカスを楽しむ為に考えられたお遊びだよ。
 ネットリテラシーが今よりも高かった昔、
 今よりもまともなカスこそがありふれたネタだったハズだ。
 その面白くもない材料を楽しく眺める事は、
 ゴマカシではなく真っ当な自己昇華技術だ。
 面白い日記だけを眺めて思い通りのコレクションを作る事が閲覧者の誇りだなどと、
 それは未熟な駆け出し閲覧者の思い込みでショー」

「脊髄反射した幼児のような思い付きの羅列…、
 時事ニュースの転載…、
 泡沫サイトからのコピペパクリ…、
 つまらぬ馴れ合い文中リンクの貼り付け…、
 脳を使う事も無い安易な日記の作成。唸らせる面白さがあるハズもない。
 しかしだからとて、優良で面白いオリジナルのネタ日記のみを読み漁る、
 これも健全とは言い難い。
 クソも読む、珠玉も読む。
 両方を共に興味深いと感じ、
 自身の中で面白さに変える度量こそが閲覧者には肝要だ」

…などという導師達の説法は数時間にも及び若者はヘトヘトになる。
結局要は、
「食わず嫌いしないで色々眺めてみて楽しめや。タダだし」というような事らしい。
若者はぼちぼち目から鱗が落ちた。
また一人、雑食なヲチャーが誕生した。
 


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身も蓋も無い事をあえて言えば、お前らの抱える全ての悩みなど、
死ねば消え失せる程度のくだらないものだが、
まずは生きる事を美徳とするこの世界は、安易なそれを許さない。
すなわち、今日も悩む。
そしてお前らは、死の直前まで悩み続ける。
しかし悩みが害かと言えば、実はそんな事も無く、
今日の飯や今日の服や今日の仕事…等の微細な悩みを鼻先の人参とし、
それらをクリアする事により自分に酔って過ごせる。
それは幸福という状態と言える。

さて、そんなお前らに神の視点を与えたとする。
神の悩みとは何か?
神の悩みとは、悩みが無いという事だ。
その先の根底にある悩みは、有という世界からの消滅という願望だが、
それは叶う事の無い夢であり、悩むだけ無駄なので考えない。

神は、悩みが無いという事の辛さを身を以て知り尽くしている。
だから何をしたか?
慈悲深き神は何をしたか?
それは、お前らを含めたこの世の全ての生物に対し、
必ず、必ず、何らかの悩みを持つように、
何処かの何かを、必ず欠如させて生成した。
結果、お前らが必ず何らかに悩む今日が作られた。

身も蓋も無い事を重ねて言えば、お前らの抱える全ての悩みなど、
死ねば消え失せる程度のくだらないものだが、
まずは生きる事を美徳とするこの世界は、安易なそれを許さない。
すなわち、今日も悩む。
仕方が無いので、私はまず明日の日記と、
最近電源も入れてない据え置きゲーム機をプレイするか否かを悩もうとしよう。
 


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「努力は報われたい」というのは努力する側の信ずる根源的な希望だが、
何らかの事象は必ず相反する何かが現実として起き得るのが世の残酷さ。
「努力が報われない」という結果は珍しくもなく起こり得る。
更にはそれらに対してさえも相反する何かすら有り得る。
「努力しなくても報われた」といった有り難い奇跡の偶然や、
「努力しなかったから報われなかった」という当然。
単純に切り分けてみても、これだけの視点が想定される。
唐突ながら時候の挨拶的に移れば、
秋の香りも感じ始められてきた昨今、お前らいかがお過ごしか。
私の日課と言えば、徒歩での通勤時において公園の植え込み下部レンガを眺め、
ニホントカゲというかカナヘビが居てもいいのになあと念じるのだが、
この頃はちっともお目にする事が無くしょんぼりする。
遭遇したらとりあえず捕まえて愛でたいというのは人情だが、
そこは小学生でもないのでグッと堪える。トカゲ可愛い、ああ可愛い。
そんなトカゲラブな熱情を醸し出しながらも、
「食べたらどんな味がするんだろう」的な妄想もモヨモヨと飛ばす。
可食部は少なそうでほぼ小骨だらけなんだろうなあだとか、
さすがに生食は衛生的にマズいので火を通さなきゃだとか、
イモリの黒焼きはあるがトカゲやカナヘビはどうなのだろうかなどや、
昆虫は外はカリカリ 中はトローリっぽそうだが、
これくらいのサイズの爬虫類は、外はフニャ 中はゴリゴリな食感なのか?
などとくだらない想像をしながら歩く。その結果がこれらの一文となった。
なんてどうしようもない近況報告をジャブ代わりに並べながら、
そろそろ指慣らしが仕上がりつつあるので本題に入る。
2018年9月15日にアップした日記、
「言葉の意味は良く解らないが兎に角何かの罵倒とほんわか」の種明かしをする。
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https://ameblo.jp/identityantinomiecrysis/entry-12405033422.html

お前ら腑抜け共凡百の縮れ雑魚は、疾病で愚。
謎ポエムや呪詛、妬みゲバにゴキブリ競歩をプロセス。
だがパズルと壁。弱さ浴び、是非へ続いて夢。
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これは何か? 
答えは例の如く、いろは歌だった。
ただし通常の48文字のいろは歌ではなく、
濁音・半濁音や促音を表す「っ」や「ゃ ゅ ょ」の小文字を含めた、
合計77文字を全て用いたいろは歌だった。
超絶いろは歌とでも呼ぼうか。


おまゑら ふぬけども ぼんぴゃくのちぢれざこは しっぺゐでぐ
なぞぽえむや じゅそ ねたみげばに ごぎぶりきょうほをぷろせす
だがぱずるとかべ よわさあび ぜひへつづいてゆめ


これは人類史上及び全宇宙史初の快挙となる。
重ねよう。
これは人類史上及び全宇宙史初の快挙となる。

理由は、77文字全てをそのままの状態で用いて文を組み上げている事、
文章的に整合性が取れていて破綻していない事、
何らかの文意が伝わる事、
そして、こんな面倒臭い遊びをする狂人が居ない事、による。
例によって「階乗」の説明になるが、
単純に言えば「1 からnまでのすべての整数の積(掛け算)」となる。
今回nは77となり、77×76×75×74×73×72×…(以下77×1まで)が続く。
その答えは、
145183092028285869634070784086308284983740379224208358846781574688061991349156420080065207861248000000000000000000
つまり1グーゴル(10の100乗)の14兆5千億倍。
計算は下記サイトに今回もお世話になった。
http://www.kishimo.com/math/kaijou.html
(階乗を計算するだけの電卓)
私はこの数字を読む事を諦めたので、、誰か正確に読んでくれると助かる。
こんな砂浜で一粒の砂金を探すかのような確率で出来た文が上記となる。
作成後の雑感を端的に述べれば、
「それなりに楽しいがもうあんまりやりたくない」と言える。
濁音・半濁音を自由に使えて表現の幅は広がるのだが、
「ぱぴぷぺぽ」の消費に非常に苦心する。
漢字にこれら半濁音を組み込む為には、
必ず「っ」「ん」を用いらなくてはならず、
全ての半濁音を漢字に収める事が出来ないという心地悪さがある。
この半濁音を消費する為だけに、
他の言葉を崩さなくてはならないというジレンマも多々あり、
それにより今回は止むを得ずカタカナを使用するに至ってしまった。
この点が大きくこの私の美学に反する事となる。
もしかしたらその点を割り切りながら楽しむ私が、
この私の中に近い未来現れるかもしれないが、明日はまだ解らない。
というなかなかの努力が実を結んだネタだったのだが、
その努力は必ずしも閲覧者の満足度に繋がるものでも無かった模様。
まあ要は努力した割には面白くなかった日記だという。
などという自虐的な話は、
「努力が報われるのか否か」や、
「可愛いものは美味しいのか美味しくないのか」という、
冒頭に提示された雑記に繋がるのだった。
我ながら変則的起承転結にシビれる。
切り口はほぼ無限だが、重要なのは、
「自身で感じた第一印象と相反する感想を持つ何かが必ず居る」という事。
「面白い」「面白くない」という左切り上げの切り口、
「興味深い」「興味深くない」という袈裟切りの切り口、
「技巧的」「稚拙」という幹竹割の切り口、
「明るい」「明るくない」という横一文字の切り口、
…などなどの無数の切り口を自由に生み出す事が出来る。
それらを施せば施す程、ある何らかのそれの評価や批評が深みを増す。
短絡的にしか物事を眺める事の出来ない、
節穴の目しかないお前ら凡人どもは是非真似をして欲しい。
それにより努力をして提供する側の何かがぼちぼち報われる。
というか報いろ。讃えよ。地に満ちよ。
 

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