生け花をやっている友人に聞いた話だ。彼女は、よその家を訪れて玄関に入り、花が生けられていると、つい、見とれてしまう。「ああ、これだけの花を生けられているのなら、おばあさまは、お元気だ」とか、初めてのお宅では「おぬし、やるな」とか。花だけから、色々と読み取れるという。

 

花の取り合わせ、季節感の出し方、構成、花器などを見ることで、「人の心」が読めるらしい。何事も、奥が深い。とくに生け花の場合、その時節に手に入る生きた花をもとにしており、しかも、何日間かの命であるから、趣きもひとしおなのだろう。

 

利休は「花は野にある様に」と自然さを重んじた。茶室に生ける茶花は「軽さ」を身上とする。玄関、床の間、洋間、茶室、洗面所、ホールなど、花をどこに置くかでも、花の姿が変化するのも興味深い。

 

7万年前のネアンデルタール人の墓から、花粉が発掘されて、「彼らも死者に花を供えていた」と話題になったことがある。現在では、リスの祖先など齧歯類が種や花を貯蔵していたのではないかという説もあって、定かではない。

 

だが、イスラエルで発見された約12000年前の中石器時代の墓では、明らかに墓に花が献じられていたようである(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8124/)

 

日本の生け花も、もともとは、仏教や時には神道と関わりが深かったようである。海外においても、花を飾ることは、何らかの神や死者への思いから始まったといわれる。

 

西洋文化では、花を飾ることを、フラワーデコレーション、フラワーデザイン、フラワーアレンジメントなどと呼ぶ。

 

伝統的な生け花をやっている友人は、「華道と違って、フラワーデコレーションは、あんまりルールがないのよね。ただ、飾ればいいの」と言う。だが、花にうるさいイギリスの知人に聞くと、「そんなことはない」と反論された。「線、バランス、構成、色合い、触覚的な印象などを考え、器や部屋全体との関係にも目を配るのです。生け花と精神は同じ」と言うのである。

 

まあ、考えてみれば、日本の花も、西洋の花も、植物をデザインして家の中に置くという点では共通している。ただ、「花を生ける」というときは、日本の華道を思い浮かべるし、「花を飾る」というと、フラワーデコレーション、フラワーデザイン、フラワーアレンジメントが連想される。「生ける」というあたりに、現代においても、すべてのものに命があると考えるこの国の文化が表れているのかも知れない。

 

住めば都も、遷都する。住まいのあり方で、お似合いの花も変わってくる。いまの季節、あなたは、どんな花を、どのような空間に置いてみたいですか。

 

東京カンテイマンションライブラリ 関沢のコラムより