今回の台風もあちこちで
被害を生み
あんまりニュースを見ていると
気持ちも滅入ってしまうので
天気予報がてら
ちょこちょこ久しぶりのテレビを
付けていました
鹿児島の映像が流れて
25年前 4年だけ住んだあの頃とは
もう全然違っていて
当たり前だけれど
懐かしさも
感じなくて済むなんて
思ったり(笑)
当時の鹿児島も
とてもいい所でした
食べ物は美味しいし寒くないし
排他的なんて聞いていたけれど
義親さんも親戚の人たちも
みんな東京から嫁いだ私を
可愛がってくれました
たった4年で終わった
結婚生活でしたが
そこに凝縮された私の思いは
色々なトラウマを残し
今も時折、顔を出しては
息子たちとの生活の中や
彼とのお付き合い
認知症の母との関係にまで
影を落とすことがあります
ただ、今はそれを
自分で気付けるので
少しマシになりました
26歳の私は
ずっと出たかった実家という檻から
結婚という正当な理由で
罪悪感無く堂々と抜け出し
彼に全てを委ね
私らしく幸せになれる
そう信じて疑わなかった
若かった!(笑)
今は離婚はどちらにも非があり
彼だけが悪かったわけでは
無かったんだろうと
わかるけれど
複雑な思いは薄れることはなく
死ぬまで
会いたくないのが本心です(笑)
会わないでしょうけれど。
あの頃
何も自分の気持ちを
言い返せなかった私は
かなり言えるようになったし
努力と我慢の違いもわかる
子育て中も沢山泣いたし
自分の体調不良にも
沢山泣いたし
大切な人を失うこと
父も叔母も親友も
それでも今生きてる私
この台風にも
翻弄される体調
だけれど
やっぱりここまでよく
やって来れたと今は
労れるのです。
だから
ご褒美時間だと思って
幸せを沢山味わって
いこうと思います
鹿児島は
もう知らない街になってた
もう知らなくていい街