認知行動療法や吃音への心理教育など通して、
強い緊張と緘黙症状が大幅に改善したケース
【対象】
あきさん(仮名)女性
30代、保育士
【概要】
保育士として働いている大人の方のケースです。1年前の4月に「チャットでの相談」の依頼があり、カウンセリングを開始しました。あきさんは日常生活では会話ができ、仕事でも必要なことを話すことはできますが、喉にも体にも力が入って表情も出づらくなり固まってしまうとのことでした。緘黙症状の背景の1つの強い吃音症状もあり、「緊張」と「吃音」の2つによって話せない状態になってしまっていました。認知行動療法による緊張の強い場面の分析や行動の記録、吃音についての心理教育などにより徐々に自己理解が深まり、苦手な場面での緊張を少しずつ減らしていくことができました。1年間のカウンセリングの結果、職場や美容院など様々な場面であまり緊張せず話すことができるようになり、相談終了となりました。

【相談開始時の状態】
・家族とは話せる
・職場では仕事に必要なことは言えるが、話せなくなってしまうこともある
・同僚や子ども、保護者に自分から話しかけるのは苦手
・職場で子どもから不意に話しかけられると答えられなくなってしまうことがある
・美容院など、見られたり注目されたりする場面はとても緊張する
・吃音症状の波があり、ブロックが強く声が出せなくなることがある
【緘黙症状改善の経過】
【1回目】初回の聴き取り:チャットでの相談
初回はチャットでの相談でした。あきさんのことや職場のこと、話せなくなってしまう場面のことなどを詳しく聴き取り、これからの治療方針について説明しました。
あきさんはまったく話せないわけではなく、話せる場面でも緊張が強いというのが主な問題だったため、「認知行動療法」の枠組みでの治療を提案しました。まずは緊張が強い場面や話すことが必要な場面について分析するために、1か月程度の行動の記録をつけてくることを宿題にしました。また2回目からはチャットでの相談ではなく、声を出して相談することになりました。
【2回目】緊張の強い場面の分析・治療方針の確認:これ以降は音声での相談
2回目からは音声での相談に変更しました。しかし非常に緊張が強く、特に前半は話し始めるまでに長い時間がかかったり、声が震えて聴き取れないくらいの声になることが度々ありました。(この傾向は5回目くらいまでは顕著でしたが、相談を進めるにしたがって軽減され、最終回(9回目)では非常にスムーズに話すことができるようになっていました)
2回目は今後の治療方針とここからの進め方を説明しました。あきさんの場合、強い緊張や緘黙症状の他に、吃音症状も強く影響していることが分かりました。このため緊張が強い場面の分析と並行して、吃音についての心理教育やトレーニングも行うことを確認しました。

この図は、あきさんに説明する際に作成した画像を修正したものです。心理教育や自己分析、コーピングを増やす、練習による成功体験などによって、好循環を作り出し不安・緊張の軽減を目指す、という計画です。
【3回目~8回目】場面分析や心理教育、練習等を通じて緊張が軽減、話せる場面が増える
3回目から8回目は、2ヶ月に1回程度の頻度で相談を続けました。各回の内容として、主に次のようなことを行いました。
3回目:緊張の強い場面の記録を見ながらの分析(これは以降毎回行っています)
4回目:吃音についての心理教育
5回目:特に緊張が強い「美容院」の場面についての分析と対策の相談
6回目:引き続き「美容院」の場面の相談:5回目の内容を踏まえた実践と振り返り
7回目:コーピングの分析(緊張の強い場面で使えそうな対処方法を考える)
8回目:7回目で考えたコーピングを実践してみての振り返り
あきさんの場合、回を重ねるにつれて自己分析が上手になっていき、それに伴って緊張も軽減していきました。また話せる相手が広がるにつれて行動の範囲も広がっていったようで、より行動的・積極的になっていったような印象があります。
【9回目】最終回:緊張が減り緘黙症状は概ね解消したため相談終結
9回目は相談開始からちょうど1年後でした。この頃になると行動の記録もとても上手に記録・分析することができるようになっており、またそれに伴って強く緊張する場面も少なくなっていました。
まだ予期せぬできごとや大人数に注目される場面などは緊張してしまうことがあるものの、日常生活を送る上では困ることはなくなったとのことでした。メールには「最近は、初めての場所で声が出なくても、表情だけは出るとか体はわりと自由に動くことも増えて本当に1年前からは想像できなかった事がたくさんあって嬉しいです」ともありました。
相談中もにこやかな表情で話すことができ、初回や初めて音声での相談を始めた2回目とは見違えるような変化がありました。大幅な改善が見られたことが確認できたため、この回をもって相談終結としました。
後日、あきさんからコメントをいただきましたので、ご紹介します。
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1年間お世話になりました。
もともと、先生の著書は購入して読んだことがありましたので、数年前から存じ上げてはおりました。全く話せない訳でもない、話しづらさはあるけれど仕事はできている状況で相談できるのか、子供の頃からの苦手なものを改善できるのか不安もありながらの初回相談でした。
なかなかスムーズに話せないことも多かったですが、ひとつずつ紐解いてもらいながら、練習を積み重ねることで、少しずつ不安が少なくなっていることを実感して、世界が広がったような感覚でした。
1年前までの私では有り得ないくらい自然に人に話しかけられる、挨拶ができることがとても嬉しいです。今までは、できない・苦手を自分で数えているような感じでしたが、うまくいかない場面があっても、だいぶ緩く考えられるようになった気がします。
これからは、この1年を自信にして歩んでいきたいと思います。
本当にありがとうございました。
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【解説】緘黙症状のある大人の方の相談について
強い緘黙症状と吃音症状のある大人の方からの相談でした。じつはいちりづかに相談のある方のうち、1~2割程度はあきさんのような大人の方からの相談です。
大人の緘黙症状のある方の場合、一人ひとりの状態がとても大きく異なっています。このため解説の記事にはなかなか書きづらいので、子どもの緘黙症状についての解説の記事が多くなってしまうのですが、実はあきさんのような大人の方からの相談は多いです。
大人の方からの相談の場合、緘黙症状の改善を目指した「話す練習」だけでなく、今回の例のように「認知行動療法」を組み合わせて行うことが多いです。また背景にある問題は人それぞれなので、それに応じたトレーニングや心理教育、環境調整などを行うこともあります(あきさんの場合は「吃音」への対応が大きな課題の一つでした)。もちろん、シンプルに緘黙症状の改善を目指しているケースもあります。
あきさんのような大人の方からの相談でいつも思うのは、本人に「話せるようになりたい」「できるようになりたい」という気持ちが強ければ、こちらもそれに応えて一緒に問題の解決を目指して行けるということです。どんなに症状が重くても、本人が諦めなければ症状の改善や問題の解決は可能です。
もちろん、人によってかかる時間は違います。あきさんの場合はちょうど1年間で相談終結となりましたが、これは大人の方からの相談としてはかなり短期間だと私は思います。もちろんもっと短い期間で顕著な改善を示す方もいますが、多くの場合は長い時間をかけて少しずつ症状が改善していくと考えています。それまでの10年、20年という長い期間、緘黙症状があった訳ですから、それを少しずつ改善させていくにはやはりそれなりの時間がかかるのだと私は考えています。
それでも、焦らず少しずつ進めていけば、必ず場面緘黙の症状は改善させることができます。何歳からでも遅くはないので、今話せないことで困っている人も、緘黙症状の改善を目指して一歩を踏み出していってほしいと思います。
【注意点】
事例の紹介にあたっては、本人の同意を得ています。
ただし個人に関わる情報ですので、転載は絶対にしないでください。
また必要に応じて細部を改変していますので、事実と異なる場合もあります。
この事例の紹介はあくまで個別のケースに対して上手くいった方法です。
同様の方法を行っても、他のケースに対しては効果がない場合もあります。
練習メニューを考えるにあたっては、様々な要素を慎重に考慮した上で、個々に応じた方法を選択するようにしてください。