場面緘黙の症状への対応には様々なものがありますが、効果のない方法や、かえって悪い影響を与えるものも存在します。中でも最も悪い方法の一つが「話せなくてもいい」という考え方で対応してしまうことです。
この記事では、病院や学校で「話せなくてもいい」「治さなくてもいい」と言われ続け、10年間も適切な対応が行われなかった大人の方の事例をご紹介します。
※実在の方をモデルに、本人・保護者の承諾を得て紹介しています。
絶対に転載はしないでください。なお名前やその他の詳細はすべて脚色してあります。
【事例】「話せなくてもいい」と言われ続けたAさん
緘黙症状に気付いたのは幼稚園の頃
母親がAさんの緘黙症状に気付いたのは幼稚園の年中の頃でした。当時の担任の先生から「Aちゃんが園で話しているのを見たことがない」と言われたのがきっかけでした。それから母親はインターネットなどで情報を調べ、これが「場面緘黙」と呼ばれる状態に当てはまるのでは、ということを知りました。
それから、Aさんと母親の、緘黙症状改善までの長い道のりが始まりました。
「治さなくてもいい」「話せなくてもいい」と言われ続ける
母親はまず、自治体の発達相談センターに相談に行きました。そこでは年配の優しそうな相談員がいて、不安そうな母親に対して「心配しなくて大丈夫ですよ」と暖かく励ましてくれました。そして「場面緘黙の症状はその子の個性ですから、無理に治そうとしなくても大丈夫。お母さんが不安になるのが一番よくないことだから、安心してAちゃんに関わってあげて」とアドバイスされたそうです。その時は母親も、それで安心して帰りました。
しかし半年後、発表会で凍り付いた表情のAさんを目の当たりにして、母親はやはりこれではいけないと思いました。それからあちこち調べ、ようやく子どもの発達の問題に詳しい総合病院の児童精神科の予約がとれたのは半年後、Aさんが年長になった5月でした。その間にもAさんの緘黙症状は改善することはなく、小学校への入学も迫る中、母親の不安は増していきました。
そしてようやく受診することができた児童精神科でも、母親がもらったアドバイスは「話せなくてもいい」でした。子どもの発達障害に詳しいというその医師によると、「無理に話をさせようとすると症状が悪化することもある。5歳になれば文字が分かるようになってくるので、筆談ができるようになるといい。コミュニケーションのカードを使うのも有効。話せなくても、今の時代は働くことができる職場はたくさんある。場面緘黙の症状があっても活躍している人もいるし、心配しなくていい」というものでした。 Aさんが話せるようになることを願って半年間待った母親は落胆し、先が真っ暗になったようだと話していました。
その後も母親は学校や教育委員会などに相談し続けますが、どこでも判を押したように
「話せなくてもいい」
「個性だから」
「無理させてはいけない」
「プレッシャーをかけるのはよくない」
と言われ続けました。
小学校高学年から不登校に
Aさんは小学4年生から学校に通えなくなりました(これは場面緘黙の症状がある子にはよく起こることです)。Aさんの場合、「話せないこと」そのものが理由というよりも、「緊張しやすい」「とても敏感で繊細」といった性質が影響しているようでした。
小学3年生までは何とか休みがちでも通うことはできていましたが、高学年になり人間関係が難しくなったり先生が厳しくなったりという環境の変化もあり、5月の運動会で限界を迎えてしまったようでした。
学校も病院も、学校に行けず話すこともできないAさんに対して、まったくお手上げの状態になってしまいました。スクールカウンセラーの面談や担任の訪問は小学校卒業まで続きましたが、「様子を見ましょう」「あまり刺激しないように」「本人の気持ちを待つしかない」といったアドバイスをもらうだけで、有効な対策ができないまま小学校を卒業することになりました。
高校生になり、自分から「話せるようになりたい」と母に伝える
中学校は1日も通えず、緘黙症状も改善しないまま、Aさんは通信制高校に進学しました。その高校は、不登校の経験のある生徒や、様々な対人的・社会的な苦手さを抱える生徒が多く在籍していました。オンラインの授業では顔を画面に映す必要がないので、Aさんは画面越しに勉強をすることができるようになりました。
秋にあったスクーリングでは、最初は極度の緊張状態で体が固まってしまうほどでしたが、何日か通うにつれて少しずつ慣れることができたようでした。同級生や先生と話すことはできませんが、授業でグループワークに参加することができました。Aさんによっては7年ぶりのことでした。
そんなAさんがある日、スマホの画像を母親に見せました。そこには「場面かんもく相談室 いちりづか」のページが表示されていたそうです。Aさんは「話せるようになりたい」という思いを母親に話しました。母親はこれまで様々な「専門家」から「プレッシャーをかけるのはよくない」「あまり触れないようにしたほうがいい」と言われ続けてきたので、Aさんとこの話に向き合うことを避けてきました。ですので、母親が「話せるようになりたい」ということばをAさんから聞いたのは、幼稚園の年中で緘黙症状に気付いて以来はじめてのことでした。
緘黙症状の改善
「いちりづか」にAさんの母親から相談があったのは、高校1年生の冬でした。初回のオンライン相談からAさん自身も参加し、話せるようになるための計画を考えました。
Aさんは高校1年生だったので、高校卒業まではこの時点で2年と3ヶ月ありました。これだけの時間があれば、大幅に緘黙症状を改善させることが可能です。このため、「高校卒業後、進学するときには先生や同級生とある程度話せる状態を目指す」というのを当面の目標として練習を開始しました。
Aさんが最初に話す練習のターゲットに選んだのは、高校の「メンター」の先生でした(Aさんの高校には担任とは別に、メンターという相談役が配置されていました)。メンターの先生に協力してもらい、「録音したメッセージを送る」という方法で練習を開始しました。
その後の詳しい練習の過程は省略しますが、Aさんは積極的に練習に取り組み、少しずつ話せる相手を増やしていくことができました。高校3年生になる頃には、オンライン授業で意見を言ったり、スクーリングで一緒のグループになった同級生と話したりすることもできるようになっていました。
大学に進学してからも、「話しづらさ」を感じる場面や、話せなくなってしまう場面はまだありますが、Aさんの緘黙症状は順調に改善に向かっていきました。「あとは自分でなんとかできそう」という状態になったので、大学1年生の夏で相談は終了としました。
【解説】「話せなくてもいい」という考え方について
Aさんの事例について:これはハッピーエンドなのか
Aさんの事例を読んで、みなさんはどう思ったでしょうか。「話せるようになってよかった。めでたしめでたし」と思うでしょうか。
私はそうは思いません。Aさんのような事例に出会う度に私が強く感じるのは「憤り」です。何に対する憤りかと言うと、Aさんの状態を放置した無責任な「専門家」に対する憤りです。
Aさんの母親は、年中のときに自治体の発達相談センターに相談に行っています。そこでは「場面緘黙の症状はその子の個性ですから、無理に治そうとしなくても大丈夫。お母さんが不安になるのが一番よくないことだから、安心してAちゃんに関わってあげて」と言われました。 その後、年長で児童精神科を受診した際にも「無理に話をさせようとすると症状が悪化することもある。(略)話せなくても、今の時代は働くことができる職場はたくさんある。場面緘黙の症状があっても活躍している人もいるし、心配しなくていい」と言われています。そしてその後も、同様の対応がくり返されてきたのだと思います。
もしAさんが年中、年長の頃に適切な対応を受けることができていれば、おそらく小学校入学時に緘黙症状は改善していたと私は思います。実際、小学校就学時に緘黙症状を改善させることができるケースは非常に多いです。それならAさんはこれよりも10年早く、話せるようになっていたはずです。そう考えると、いかに上記の「専門家」の対応がよくなかったかが分かるのではないでしょうか。
病院や学校等で「話せなくてもいい」とアドバイスされるケースは多い
しかし、実際には上記のような「話せなくてもいい」というアドバイスを受けるケースは、非常に多いです。
「いちりづか」に相談のあるケースのほとんどは、それ以前に病院等の専門機関での相談歴があります。そういったケースの大半は、次のような「話せなくてもいい」という対応やアドバイスを受けてきています。
・話せなくても筆談などでコミュニケーションができればいい
・話せなくても学校では色々な方法で表現ができているので大丈夫
・社会の側が支援や配慮を行えば、本人は困らない
・話せなくてもできる仕事もある
・場面緘黙の症状があっても活躍している人もいる
この記事を読んでいる方の中にも、「言われたことがある」という心当たりのある方は少なくないのではないでしょうか。
「話せなくてもいい」という対応は深刻な間違い
「話せなくてもいい」という対応の問題点は、何よりも「本来容易に治せるはずの緘黙症状を、治さないまま長期化させてしまうこと」にあります。そして、長期化だけでなく症状を悪化・複雑化させてしまうという問題もあります。Aさんの事例でも小学4年生から学校に行けない状態になってしまいましたが、同様に不登校や登校しぶりの状態になる子はとても多いです。
ですがそれ以上に困難な問題もあります。それは「親とも話せなくなってしまう」ケースがあることです。理由や背景は人それぞれですが、緘黙症状のある子の中には、中学・高校生くらいで(場合によっては小学生でも)親とも話せない状態になってしまう子がいます。私のこれまでの経験でも数十名そういった状態の方の相談を受けてきました。
不登校の問題なら比較的容易に解決することができますし、学齢期が終われば不登校の問題は終わりになります。しかし親と話せない状態は対応が非常に難しくなる上に、改善しなければいつまででも続きます。ですので、こうなってしまう間に緘黙症状を改善させる必要があるのです。
「話せなくてもできる仕事がある」という助言の悪質さ
医師や教師、専門職などからなされる「話せなくてもいい」というアドバイスの中でも、私が最も悪質だと感じるのは「話せなくてもできる仕事がある」です。
この考え方の問題点は、「選べる仕事がかなり制限される」ということです。場面緘黙の症状があるままできる仕事が世の中にあるかどうかで言えば、確かにそういう仕事はあります。ですがそういう仕事のほとんどは、専門性が要求されず、創造性や独創性も低く、給料も安い仕事です。
私はそのような仕事が価値がないとか、劣るとかと言いたい訳ではありません。私が指摘したいのは、場面緘黙の症状があると「そのような仕事以外が選べなくなってしまう」ということです。当然、医者にもカウンセラーにも教師にもなれません。
つまり、医者やカウンセラーや教師が「話せなくてもできる仕事がある」と言うとき、それは「私たちのような専門職にはなれないけれど、選り好みをしなければできる仕事はあるよ」という意味に他ならないのです。こんな非人間的な助言があるでしょうか。
私だったら緘黙症状のある子の仕事の選び方について聞かれたら、こういう風に答えています。「練習すれば話せるようになります。そうすればだいたいどんな仕事でもできますよ」。
「話せなくてもできる仕事は、話せた方がよりよくできる」
この「話せなくてもできる仕事」の問題を考えるにあたってもう一つ大事なのは、「話せなくてもできる仕事は、話せた方がよりよくできる」ということです。
どんな仕事でも例外なく、話せない状態で働くとすれば誰かの手助けや周りの配慮が必要になります。緘黙症状があるまま働いている方も私はたくさん知っていますが、必ず誰かの手助けや配慮を受けています。緘黙症状があれば仕事の効率は落ちるし、評価も低くなるでしょう。仕事上の楽しさややりがいも、話せた方がはるかに高いはずです。緘黙症状があることで仕事上プラスになることは何一つないのです。
話せるようになれば同じ仕事でもよりよくこなすことができるようになりますし、色々な可能性も広がります。ですので私は、やはり「話せるようになること」を目指した方がよいと考えています。














