父と子の会話1972。

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今日は劇団かに座時代から36年の付き合いになる元女優さんとご近所の仲良しのイケメン兄ちゃんの誕生日です。

ふたりとも、おめでとうございます。これからも仲良くしてねぇ(ФωФ)

さて、1ヶ月がかりで取り組んでいた「コンタツだより」と、昨日ふわっとメールで発注が入ったリーフレットのシゴトが同時に校了になりました。

先週末辺りはど~なることやらとヤキモキしていたのですが、呉服橋の親分ことニシノさんが怒濤のラストスパートで記事を仕上げてくれたお陰で無事締め切りに間に合いました。

ありがとうございました(^^)

☁☁☁

私の弟は〝竜二〟といいます。

1972年、札幌オリンピックの年(ちなみに私は東京オリンピックの年生まれ)の暮れ。奇しくも父親と同じ日に横浜国立病院で生まれました。

病院の廊下を行ったり来たりしながら当時小学三年生だったにしあにになんか深刻な顔をして話しかけてきた父・照久。

「おい、ヒサーキ!」

「ん?」

お父さんは何故オイラをいつもカタカナで呼ぶんだろう……と思いながら自動販売機で買ってもらった250㎖入りの瓶のコーラを飲んでいたにしあに。

「お父さん……顔、怖いよ」

私の父はハンサムだけど、怖い顔をするとビックリするくらい怖い顔だった。

「うるせぇ! あのな、名前、ど~する?」

「名前って、赤ちゃんの?」

「そう……今年はねずみ年だなぁ」

「……鼠男と書いて〝ねずお〟は?(^^)」

「面白いけど、そんなんにしたら……」

「うん、一生恨まれるね」

「ゲゲゲの鬼太郎じゃねぇんだから……」

「お父さん、鬼太郎知ってるんだ?」

「バカ野郎! 国民の常識だろうが!!」

「ほえ~……そ~なんだ……お父さんは漫画を読まないと思ってた」

「そんなことないぞ。おりゃ、カイシャの図書室で借りて『カムイ伝』を愛読しているのだ」

「お父さん……」

「なんだよ?」

「愛してるよ」

「……」

アタマを殴られたにしあに。

「でよ」

「名前だよね」

自分のアタマを撫でながら笑顔を作るにしあに。

「ど~する?」

「初めに干支の話が出たから、〝りゅうじ〟ってのはどう?」

「ほほう、おりゃ寅年だぞ」

「でも、お母さんと僕は辰年だよ」

「……多勢に無勢か……」

「辰の兄貴の次男坊だから、りゅうじ」

「漢字はどうする?」

「〝龍二〟だと、画数が多くて幼稚園に入ったときに自分の名前を書くのが大変そうだし〝龍〟って、なんか凧っぽくて僕的にはピンと来ないから〝竜二〟にしよう」

「……んんん~……良いな……」

「そういやトラとタツの夫婦って、なんかの屏風絵みたいだねぇ(^^)」

「オマエもそう思うか? な? だからおりゃ、地べたに構えて空にいる利惠子を見守っているのだ」

「……息子相手にのろけるもんじゃないよ」

「けっ、バーローめ! こまっしゃくれた八歳だなぁ!!」

再びアタマを殴られた(さっきより少し優しかった)にしあに。

……というわけで、1972年12月2X日。

「にしあに」というニックネームの素になった弟の名前は「竜二」に決定したのでした。

あとで、「おいこら! タツが三人で、オレだけトラになっちまったじゃねぇか!!」なんつって叱られたのは、リュ~ジが大学に入った年のことでした。

……今頃?

お父さん、あの世で面白おかしくしてたらいいさ~。でも、タデコに手を出しちゃいけねぇ。

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[写真]只今、iMacの前のバランスボールに腰掛けながらこないだ墓参りに行ったときに「あっくんは辰年だからタツノオトシゴラベル~♫」っつって母から貰ったワインを開けてひとり打ち上げ中……腹減ったから土鍋出してご飯炊こうかな。と。

あ、腹を減らしたエヴァが鳴いてる……はいはいはいはい。おめぇ、一緒に打ち上げすっか?

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一広社(私のカイシャ)の「にしあにモジモジ日記」

オリジナル版(写真付き)はこちら↓

https://ichikosha.jimdo.com/%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%82%E3%81%AB%E3%83%A2%E3%82%B8%E3%83%A2%E3%82%B8%E6%97%A5%E8%A8%98/