今週末、6月2日はアイリスNEO6月刊の発売日!
ということで、本日から新刊の試し読みをお届けいたします(≧▽≦)
試し読み第1弾は……
『羽無し朱雀は青龍王に愛される
のけ者妃は孤独な王を癒やせない』

著:空飛ぶひよこ 絵:桜花舞
★STORY★
鳥人でありながら、翼を持たない少女【羽無し】は、一族中から蔑まれ、叔母一家にこき使われる日々を送っていた。そんなある夜、彼女は一族の宴に引きずり出され、青龍王の前で舞いを披露することになったのだけれど……。
愛に苦しむ少女と孤独な王の中華風ラブファンタジー。
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「……御所望通り、【羽無し】をつれて参りました」
叔母が深々と頭を下げて礼を取った相手を見て、息を呑んだ。
困惑を隠せないでいる鳥人の長を従えるように、その場には二人の青年が佇んでいた。
一人は、私より二、三歳上に見える、中性的な雰囲気の碧髪の青年。
新緑のような翠の髪をほつれ一つなくきっちり結いあげている彼は、優しげで端正な顔立ちをしているが、背中には羽もなく、他に何の種族的な特徴も見られない。
私と同じ人族ともとられる外見ながらも、周囲に臆する素振りも見せず堂々とその場に立っていた青年は、私を見てその琥珀の瞳を大きく見開いた。
そして、もう一人は……。
「――礼を言う。手数をかけた」
――昼間、森で会った蒼い剣士が、その場の誰よりも立派な衣装を身に纏って、まっすぐこちらを見すえていた。
……ああ、そうだ。彼は確かに、鳥人の長の依頼を受けて、渾沌(こんとん)を討伐するために、森にやって来たと言っていた。ならば、長の家に来ている「大事なお客様」が、彼だったのだとしても何の不思議もない。長は、渾沌を完全に仕留めることこそ失敗しても、霊核を傷つけ森から追い出してくれた彼のために、村中を挙げて感謝の宴を開いたのだろう。
よくよく考えれば、当然と言えば当然の事実。彼が客人として、ここにいても何もおかしくはない。村から出られることに浮かれ、「母様」を取り戻すことに頭がいっぱいで、その可能性に思い至らなかった私が、愚かだった。
だけど……わからない。
何故、彼は私をここに呼んだのかが、理解できない。落ち合うのは、明日の昼という約束だったのに。
「……頭を、お下げなさい。【羽無し】」
そして、叔母は礼を崩さないまま、衝撃の事実を告げた。
「王の、御前よ」
……王? この人が、あの「青龍王」?
国で最も高貴な青龍王自らが、渾沌を討伐するために、あの森の中にいたというのか。供もつけず、たった一人で。
頭の中が真っ白になった。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。ただ、その言葉だけが、頭の中を去来する。叫びださないのが、奇跡だった。
精神的な衝撃でふらつく体で、無理やり最高敬礼の構えを取り、頭を下げる。
「……【羽無し】、です。……私を、御所望だと……」
発した言葉は、震えていた。
昼間の私の態度が不敬だと、咎めるために彼は私をこの場に呼び出したのだろうか。
私は龍人族である彼を……あろうことか、蜥蜴人と勘違いした。それが彼の逆鱗に触れたのだろうか。
彼に出会って、忘れていた希望と、「母様」を取り戻すことができたのに。
天国から地獄に突き落とされるように、私は再び全てを失うのだろうか。
「……頭を、上げて欲しい」
予想とは裏腹に、彼の声は穏やかで優しかった。恐る恐る顔を上げて仰ぎ見た、彼の双眸の蒼は、昼間と何も変わっていない。
「明日の昼に、と約束したのに、このような形で呼び出してすまなかった」
「約束」の言葉に、傍らの叔母が問い詰めるような視線を向けたのがわかったが、当然それに応える余裕はなかった。
「だがどうしても……そなたの舞をもう一度見ておきたかったのだ。もう一度見て、確かめたかった。……すまないが、再びここで披露してはくれないか」
「……私が、ですか……」
やはり、彼は内心では昼間の不敬な態度に憤っているのだろうか。
血の気が引き、唇が震えた。
恐らく、彼は既に他の鳥人の娘達の舞を見ている。きちんと鳥人らしく羽があり、毎日練習を重ねている彼女達の舞を。それなのに、その後に羽がない私の拙い舞を要求するだなんて、残酷だと思った。
この人は、私をさらしものにしたいのだろうか。
優しい人だと、思っていたのに。この人に賭けようと……人を信じてみようと、そう思ったのに。
「――っ恐れながら、我が王! 彼女の顔色を、ご覧くださいっ」
王の隣にいた碧髪の青年が、突然声を挙げた。
「招かれていなかった宴に、突然呼びだされ、心の準備もないままに突然舞を披露しろというのは、あまりにも酷ではありませんか? しかも、彼女は鳥人でありながら羽を持っていない。これじゃあ、さらしものではありませんか!」
……私を、庇ってくれている?
険しい表情で青龍王に進言する彼を、思わずまじまじと見つめてしまう。
「……酷なことを要求していることは、承知している。だが、この場でもう一度確かめるからこそ、意味があるのだ」
彼に向けられた青龍王の眼差しが、再び私に戻される。その眼差しは、相変わらず優しい。
「すまない……そなたを傷つけたいわけではないんだ」
痛みに耐える顔で、彼は言った。
『お前を……そなたを、侮蔑したかったわけではないんだ。そんな目を……させたかったわけじゃない』
昼間の彼の姿と、今の姿が脳裏で重なった。その途端、覚悟が決まった。
「……承知、しました」
よくわからないが、これは彼にとって必要なことなのだろう。渾沌の変幻であるか確かめるべく、私に舞わせたように。彼にとっては、きっとどうしても譲れない理由があるのだろう。
ならば……私は彼に従おう。拙い舞と歌を、村中の人々に披露し、恥をさらそう。
彼を、信じてみたいと思うから。青龍王としての彼ではなく、森で混血を肯定し、明日私を共につれて行ってくれると言った彼を、私はまだ信じていたいから。
用意された壇に上がる。伴奏をしていたらしい鳥人達が、楽器を片手に戸惑っていたが、私は首を横に振って口を開いた。
私の拙い舞に、音楽は必要ない。ただ、私の歌だけがあれば、それでいい。
歌う歌は、昼間と同じ。初代青龍王と、初代朱雀の愛の歌。羽のない体で、精いっぱい宙に跳ねて、伸びやかに舞う。
――私は、貴方。貴方は、私。
舞い歌う途中で、まっすぐにこちらを見すえる青龍王と、目が合った。その途端、様々な感情の篭もった周囲の視線が、気にならなくなった。
まるで時間が、昼間のあの時に戻ったようだ。ただ一人の観客のために、舞い歌った、あの森の一時に。
――私の舞は、貴方のもの。
――私の歌も、貴方のもの。
歌いながら、自分に初代朱雀が乗り移ったかのような錯覚に陥った。
羽のない私が抱くには、あまりにも恐れ多く、身のほど知らずな妄想。けれど、向けられる優しい蒼に、私の知らない感情が引きずり出される。
ああ、なんて。なんて、切ない。
なんて――愛おしい、のだろう。
舞が終わった瞬間、周囲はしんと静まり返っていた
静寂の中で、ただ私の荒い息だけが響く。周りの反応を確かめる余裕もなく、私はただ、舞の余韻に呆然としていた。
先ほどまでの、あの感覚は……一体何だったのだろう。まるで自分が、自分でなくなったかのようだった。
「見事だった。……昼間よりも、なお」
王がぱちぱちと手を叩く音が、私を現実に引き戻した。
「……ご満足、いただけましたか」
あわてて立ち上がって壇を降り、王の前で頭を下げる。
そんな私を前に――王は、笑った。
「やはり、そなただ……。間違いない」
麗しい顔を蕩けんばかりに緩ませる、彼の人の腕の中で、私は固まっていた。遠くから村の人々の阿鼻叫喚の声が聞こえてくるが、彼は全く動じる様子もなく、ただ愛おしげに私を見つめていた。
「ようやく見つけた。……私の、朱雀」
――いや。恐らく、絶対間違いなく、人違いです。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~