『農家の娘に転生したから大雑把に野菜を作る。』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

本日より7月4日発売のアイリスNEOの試し読みを公開しますラブラブ

試し読み第1弾は……
『農家の娘に転生したから大雑把に野菜を作る。』

著:きなこもち 絵:茲助

★STORY★
農家の娘に転生したアイリーン。幼馴染に婚約破棄されても気にせず夢中になっていたのは、前世の知識を活かして作ったミニトマト。ある日、野菜嫌いな弟王子が喜んだからとレイモンド王子に乞われて、王宮の温室でも栽培することに! そうして順調に育てていた矢先、トマトに異変が。どうやらアイリーンが精霊の祝福持ちだということが関係しているようで……!? 実はチート持ちな少女がトマトで人生を激変させる! お仕事×シンデレラストーリー!!
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 だが前世の記憶がある程度蘇った頃、栽培しているトマトを見てふと思い付いた。

「これって品種改良できるんじゃない?」

 一株だけすごく小さい実しか付けないものがあり、うまく掛け合わせれば、まだ今世で見たことのないミニトマトになるのではないだろうか。
 そう考えた私は周囲のトマトを見回し、普通のより少し実が小さく、でも元気のいい株を選んで、二つを受粉させることにした。
 テレビでは袋で花を覆って受粉させてた気がするけど、詳しいことは思い出せない。とりあえず花を振って花粉を散らす。
 そんなやり方だったけど、三十日ほどで無事に小さい実が収穫できた。

「すご~い! こんな簡単にできるんだ」

 うれしくて、翌年もまた同じように大雑把に受粉させる。すると今度はもう一段階小さなトマトが生った。

「すごい、すごい! 品種改良、面白いっ」

 気をよくした私は出来の良かった実の種から大雑把農法をどんどん繰り返し、五年後、ついにミニトマトと言えるサイズのものが生った。
 私のやることを何も言わず見守ってくれてた両親に見せると、二人揃って首を傾げる。

「こんなに小さなものは売れないだろう」
「確かに見劣りするかも……でもかわいらしいわ」
「一つずつじゃなくて、十個くらいまとめてラッピングすれば売れるでしょ」

 私は蔓で編んだ小さなカゴに彩りよくトマトを並べる。

「う~ん、そうだなぁ。一応出してみるか」

 さっそく領の朝市で売ってみたら、「かわいい」と子供や女性に喜ばれ、昼前までに十セット完売した。

「やったな、アイリーン」
「明日はもっと数を増やしましょう」

 両親に褒められて、手塩にかけたトマトたちも喜ばれて、天にも昇る気持ちだ。
 見慣れぬサイズのトマトを敬遠していた人もいたが、一口サイズだし、おやつ感覚で食べられて味も良いと人伝に広まり、今では市場のちょっとした名物だ。

「今日も完売!」

 朝市にも慣れ、最近は一人で売りに来ている。
 他の野菜もはけたので店仕舞をしていたら、黒いマント姿の男性がつかつかと近づいてきた。

「もう終わりか?」
「はい、野菜が売り切れたので」
「そうか……。できそこないの小さなトマトのことで話がある」

 なんだろ、クレームかなぁ。っていうか、できそこないとは失礼な。

「あのトマトを作ったのは誰だ?」
「私ですけど」

 一歩前に出て胸を張って答えると、男性が目をしばたたいた。

「君が?」
「はい、ちなみにできそこないじゃなくて、私が品種改良……いえ、工夫して小さいトマトにしました」
「なぜだ?」
「なぜって言われても……そこにトマトがあって、ふと思いついたからです」

 それ以外言えない。
 私が難癖をつけられてると思ったのか、周囲の人たちがざわざわし始めた。

「なんだ? 嫌がらせかい、アイリーンちゃん」
「誰か警備隊呼んでこいよ」
「俺は怪しい者ではない」

 男性はマントのフードを下ろし、乱れたダークブロンドの前髪を手でかき上げる。現れたのは真夏の青空を写し取ったような碧眼だ。きりりと整った目鼻立ちとすっきりした輪郭は男性的だけど、私を安心させるために浮かべたであろう微笑みはやわらかい。
 か、かっこいい……。
 ドキリと脈打つ胸を無意識に押さえて、私は彼を見つめた。
 二十歳前後だろうか。頭一つ分以上高い男性は、私のぶしつけな視線に照れくさそうにはにかむ。
 何度か落ち着かない様子で頭を掻くその袖口には銀糸で繊細な刺繍が施されている。服にも靴にも汚れはなく、ピカピカに磨き上げられていた。腰に帯びた剣も小ぶりだが高価そうだし、ベルトも花と蔓が刻印されていて手が込んでいる。
 すぐ近くにお付きの人っぽい黒服の人も控えてるから、お金持ちの貴族かな?
 そう推測した私も周囲の人たちも騒ぐのをやめた。

「君はアイリーンと言うのか。どこの村から来ているんだ」
「ヘレフォード村です」
「へレス山にある村だな。ならば今から行くので、あの小さいトマトを全部売ってくれ」
「それは……無理です。収穫シーズンが終わったので、もう収穫物はありません」

 季節はそろそろ秋になる。
 前世のような農業技術があるはずもなく、特定の作物を通年育てることはできない。

「トマトが売り出せるのは来年になります」
「そこをなんとかならないか? 野菜が嫌いでほとんど口にしない弟が、君のトマトをおいしいと言って完食してくれたんだ。だからもっと食べさせてやりたいんだが……」

 男性はしょんぼりと肩を落とした。その様子が耳やしっぽを萎れさせた大型犬みたいで、すごく申し訳なくなる。
 その上トマトをおいしいと言ってもらえてうれしいから、何とかしてあげたいけど……。

「ごめんなさい。あとは種を採るつもりの実しかないんです。それを売っちゃったら来年は植えるものがなくなるので」
「そうか……そうだよな。すまない、無理を言って。――来年まで待つしかないか」
「温室があればいつでも栽培できるかもしれないけど……」
「温室?」

 うっかり呟いた言葉に男性が顔を上げる。
 おっと、いけない。今世は露地栽培がメインだった。
 機械化などもしていないから、人力で農地を開墾し、作物を植えて収穫するだけ。
 苗を育てるのに屋根付きのスペースで作業することはあるけど、温室で温度管理をしながら作物を栽培しているという話は聞いたことない。
 私が口をつぐむと男性は前のめりになる。

「温室であのトマトを作れるのか?」
「たぶん。……温室を知ってるんですか?」
「知ってる」

 今世にも温室があったのかぁ。初めて聞いた。
 世界はやっぱり広い。温室や私が知らない農法がいっぱいあるに違いない。
 私が興味を示したのを見て、男性がうれしそうに笑う。

「見てみたいか?」
「見たいです。どんな造りなのか気になります」
「よし。じゃあ、王宮へ行こう」

 温室はどのくらいの大きさなのかな、なんて考えていたところに突然言われた予想外の言葉。私はぽかんと男性を見上げてしまった。

「王宮?」
「そう。王宮には温室があるんだ」
「へぇ……王宮に温室が――おうきゅうっ?」

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~