『引きこもり令嬢は話のわかる聖獣番2』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんばんは!

一迅社文庫アイリス11月刊の発売日まであと少し!
ということで、今月も試し読みを実施いたしますо(ж>▽<)y ☆

試し読み第1弾は……
『引きこもり令嬢は話のわかる聖獣番2』
著:山田桐子 絵:まち

★STORY★
聖獣のお世話をする「聖獣番」として働いている伯爵令嬢ミュリエル。人づきあいが苦手で、本ばかりを呼んでいたのが嘘のようだ! となればよかったのだけれど、当然そうはならない。とりわけ色気ダダ漏れなサイラス団長から向けられる好意は、ミュリエルには高すぎる壁としか思えず――。
引きこもり令嬢と聖獣騎士団長の聖獣ラブコメディ第2弾!! 

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「あの時、忘れてはいけないよ、とは言ったが……」

 握られた掌を、男らしくも美しい指がそっと撫でていく。言葉とは相反する視界には映らないところでされる甘やかな仕草に、ミュリエルは瞳をうるうると潤ませた。指でなぞられたはずなのに、指よりももっと柔らかいものの感触を掌が覚えている。
 顔を真っ赤にして震えるミュリエルを見て、サイラスは困ったように微笑んだ。

「一度、しまってしまおうか。心の箱にしまって、中身が見えないように隅に置く。君が困る姿は可愛らしいが、困らせすぎるのは本意ではないんだ。今までできていた会話がぎこちなくなるのも、正直つらい」

 ミュリエルにしてみれば寝ても覚めてもどうしても浮かんでしまうし、忘れられることができない。それを、箱にしまう。そんなことで本当にこれほど乱れる気持ちを宥めることはできるだろうか。

「そして何事をするにも、まずは友人として考えてみるのはどうだろう」
「友人、として?」
「あぁ。あの時、君は私と『友人』になることを求めてくれた。私もそれに応じた。だから何かをする時に困ったら、考えてみてほしい。友人として、それをするのは普通かどうか」

 柔らかく握られていた手を、握手するように繋ぎ直される。

「手を握るのは、友人として普通だろうか?」

 挨拶するように上下に振られて、ミュリエルはしばし考えた。答えは決まっている。

「……普通、だと思います」
「目を見て話すのは?」

 聞かれて思わず視線を上げれば、優しげに目元を緩めたサイラスの美しい顔があった。
 ミュリエルは知っている。この微笑み一歩手前の表情は、サイラスがミュリエルを最大限に思いやってする顔だ。作りものめいた無表情にならないように、でも不用意に微笑んで色気を振りまかないように。

「ふ、普通だと思います」

 それだけの気遣いを知っていて、しかも友人であれば目を見て話すなどというのは基本中の基本。普通だと答える以外の返事などない。しかし、ここからサイラスの質問は急に飛躍した。

「では、親愛のキスを贈り合うのは?」
「っ!? そ、そ、それは……」

 ここで普通と言えば額か頬にキスをされるのだろうか。

(そ、そそそ、そんなの、ぜ、絶対に無理、無理だわ!)

 そもそも、友人同士でもそんなにホイホイとキスを贈り合うものではないはずだと思う。だが、まったくないとも言えない。なんと答えるのが正しいのか、ミュリエルは困ってオロオロと視線を彷徨わせた。

「普通ではない?」

 重ねて答えを迫られて、サイラスの顔がわずかに近づく。ミュリエルはむぐむぐとする口でそれでも思った通りに答える。

「し、し、親しい間柄なら……、ものすごく親しい間柄なら、ふ、普通だと思います」
「そうか。私と君は友人になったばかりだから、ものすごく親しいとはまだ言えない、か。なるほど、今現在の友人としての君の距離感は理解した」

 距離が戻ったことで、ミュリエルはとりあえずホッとした。

「では、ここからだな。ここからお互い、じっくりと親交を深めていこう」

 再び握手する手を振られて、その動きの潔さにミュリエルはすんなりつられた。

「よ、よろしくお願いします」

 素直に返事をしたミュリエルを見て、サイラスの瞳の色が一瞬だけ濃く煌く。

「あぁ、こちらこそよろしく。もちろん君が大人の階段をのぼるのも、継続して手伝っていくつもりだ。そうだな。いい機会だから、ついでに大人の階段六十段目がどの程度なのか確認したい。手の甲にキスをしても?」
「っ!? だ、駄目です!」

 握手したままの手をミュリエルの甲が上になるように返されて、慌てて叫ぶ。

「だ、だって、それは、ふ、負荷がひどすぎます! 耐えられそうにありません!」

 ミュリエルの主張に、一瞬間を置いたサイラスが小さく息を零して笑った。なぜ笑われたのかわからないまま、笑みを深めたサイラスは握った手を両手で包んでくる。

「君は聖獣番になった当初、ひどい筋肉痛になっただろう?」
「へ? は、はい」

 今までと少し内容が変わったが、それまでより余程答えやすい質問と穏やかなサイラスの様子に、ミュリエルは構えることなく肯定した。

「今は? 今でも筋肉痛でつらいと思うことはあるか?」
「い、いいえ。ありません」

 迷う必要のない質問に今度は否定をすると、サイラスは満足そうに頷いた。

「同じことだ」
「同じ……?」

 オウム返しをしたミュリエルは、簡単な質問が続いたことで完全に油断していた。
 ミュリエルの力量を見極めたサイラスの、緩急をつけた大人の階段をのぼる個人レッスン。その本領を目の当たりにするのはここからだったのだ。

「あぁ。どんなに負荷がかかることも、回数をこなせば慣れるものだ。現にはじめは目も合わせられなかった君が、今はこうして私の手に触れ、視線を交わすこともできているだろう? 何かが原因でできなくなっても、体も頭も忘れることはない。だから……」

 繋いでいた手が持ち上がり、サイラスの顔が近づく。忘れることなど絶対にできない熱が再び指先に灯されて、ミュリエルは息を止めた。
 微かなリップ音を立て、離れる柔らかな唇。熱に痺れる指先を、吐息がかすめる。

「君が大人の階段をのぼりきれるように、私は何度でも手を……、いや、この唇を、貸そう。もちろん君の望む通り、今は友人として」

 取ってつけた友人という言葉がなんとも白々しい。いや、サイラスのことだ。親切心で心からそう言っている可能性も捨てきれない。だが、嬉しそうな微笑みから溢れた色気が、その他のことに目を向ける前に圧倒的な勢いをもってすべてを押し流してしまう。
 微笑みに誘われて黒薔薇がぶわりと咲き初めれば、真昼の執務室はあっという間に規制をかけなければならない空間へと化す。

「これでまた十段のぼって、六十段目にはいるだろう?」

 指先を捧げ持ったまま、サイラスが囁く。言葉に温度なんてないはずなのに、吐息混じりのそれは驚くほど熱く、ミュリエルは一瞬にしてのぼせてしまったかのようにクラクラした。
 こちらを見つめる紫の瞳は柔らかな色をしているが、やはり艶めき色っぽい。

(も、もう、無理……)
「さて。では、あとから私も獣舎に向かうから、君は先に戻っていてくれ」

 脳内でお決まりの掛け声と共に気絶しようとしたミュリエルを絶妙に遮って、サイラスは繋いだ手を引いて立ち上がらせる。ミュリエルの力量を熟知したサイラスは、引き際の見極めもまた、完璧だった。
 流れるようにクルリと反転させられたミュリエルは、そのまま出口へと誘導される。そして扉をくぐる時に、ずっしりと重い革袋とたたまれた明細を腕に抱かされた。
 成すがままのミュリエルの耳元に、サイラスが顔をよせる。

「では、またあとで」

 背を優しく押されて一歩がでれば、その後は惰性で右、左と進むに任せてミュリエルはサイラスから遠ざかった。かなりの上の空だが、意識はある。それはサイラスの言う通り、大人の階段六十段目の実績の現れなのか。
 そんな多少覚束ないながらも真っ直ぐ進むミュリエルの背を見送って、サイラスは扉を閉めた。

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~

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