『悪食令嬢の贅沢な恋』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんばんは!

今週末には一迅社文庫アイリス10月刊の発売日!
ということで、今月も試し読みをお届けしますо(ж>▽<)y ☆

第1弾は……
『悪食令嬢の贅沢な恋 
王太子殿下の美味しい毒味役』


著:瀬川月菜 絵:すがはら竜

★STORY★
毒も薬も効かない、なんでも食べる悪食として有名な伯爵令嬢リヴィア。ある日、領地で今日も元気に畑仕事をして帰って来た彼女の元に、王城で働いている姉から一緒に働かないかという手紙が届いて――。 
大食らいな少女と食事嫌いな王子の王宮美食ラブファンタジー!

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 その日の賃仕事を終えて報酬の野菜等の収穫物、おすそわけのキノコや山菜や兎の肉を受け取り、屋敷の食料庫に荷を運び入れていると使用人がやってきた。

「お嬢様。戻ってこられたなら部屋に来るようにと、旦那様が仰っていました」
「お父様が? 何かしら」

 髪を解きつつ泥を落として屋敷に入る。
 母が飾っている花が空々しく感じられてしまうくらいには、屋敷のどの壁も床もうっすら曇って見えた。最低限の使用人で維持していると行き届かないところが出てきてしまうのだ。

(うーん、お腹が空いたわ……何か口に入れてくればよかった……)

 何か食べるもの。何か食べるもの。何か食べるもの。
 飢えた獣の目をして廊下を見回すが、家のものはたとえ花であろうと書き損じの紙片であろうと勝手に持ち出すことはできないので、仕方なく空腹を抱えたまま父の部屋に向かった。

「失礼します、お父様。リヴィアです」
「おかえり、リヴィア」

 開かれた扉から部屋の中に呼びかけると、父伯爵が振り向いた。
 豊かな黒髪と落ち着いた眼差し、貴公子然とした容貌は優しい性格を表したかのようだ。

 ――ぐうううぅうう。

 リヴィアがお腹を鳴り響かせると、父は困ったような悲しそうな顔をする。

「……空腹なのかい?」
「ええすっごく! お父様、何か食べるものはある? できればお腹に溜まるものがいいんだけど……ところでそこの壁にかかってるリースってだいぶと前からあるわよね?」

 ――ぐぐぅうう、ぎゅるるっ。

 ため息をつく父は見た目のままに娘たちに激甘だった。空腹を主張する娘を哀れに思ったのか、壁から飾りのリースを取り外すとリヴィアに手渡してくれる。

「お母様には内緒だよ」
「ありがとうお父様! 大好きよ!」
「リヴィア、その台詞、食べ物をくれる人全員に言うことのないようにね」

 力を込めて、ドーナツを割るようにリースを半分にする。
 ぱりっと音を立てて枝の輪が砕け、花がはらはらと舞い落ちる。リヴィアは二つに割れた一方を大きく開けた口へと運び――。

 ――ばきんっ。がっしゅがっしゅがっしゅ……。

「んー蔓が香ばしくていい感じ。歯ごたえも抜群だわ。ミモザの花は流星の塵みたいなざりざりした食感だけど、花の部分が甘苦くて大人のお菓子みたい」

 ミモザのリースの味を堪能して笑み崩れる。だが父は急に不安になったらしい。

「食べていいと言ったのは私だけれど、本当に大丈夫かい? お腹が痛くならないかい……?」
「身体を壊したことなんて一度もないし、お父様も知っているでしょう? 私の特殊体質」

 ぽんとお腹を叩いた。

「私は『竜の胃袋を持つ娘』だもの。毒も薬も効かない、なんでも食べる『悪食令嬢』と呼ばれているのよ。こんなもので体調が悪くなったりしないわ」

 父はなんとも言えない呻き声を上げて頭を抱えてしまった。
 食べ物ではないものを口にする光景は異様だろう。この光景を領民たちのような純粋な人が見ると卒倒してしまいそうなので、こんなものは絶対に人前では食べられない。

(まあ、なんでも食べられはするけれど、普通の食事が一番なのは確かなのよね……)

 ばきばきと枝を噛み砕きながらリヴィアは考える。

(この季節だと蒸したイモに塩と胡椒を振ってほくほくと食べるとか、鶉や兎を旬の葉物野菜に合わせるのがいいわね。ああっミモザの花のせいでこってりしたチーズソースで鮭をいただきたくなってきた!)

 食べること、それはリヴィアにとって人生の楽しみだ。
 たとえいまは料理とは呼べない木のリースをかじっていても、旬の食材や甘いものを楽しむことができる日常があるのは幸せだと思うのだ。
 黄金のチーズに思いを馳せつつリースに齧り付き、膝の上に散った花まで丁寧に摘んで口に入れて食べ屑すら出さないでいるリヴィアに、父はがっくりと項垂れた。

「……お前はそれでいいと思っているかもしれないけれど、その『病気』のせいで縁談が来ないことはわかっているね?」

 そこを突かれるとなかなか痛い。
 結婚相手になりそうな身近な男性たちはみんなリヴィアの異常性を知っていた。当然縁談なんて来るはずはないし、来たとしても真実を知った時点で逃げ出してしまう。

(恋をするとか結婚して家族を持つとか、人並みの幸福が私に訪れることはないって七歳で初恋に破れたときに悟ったのよね……)

 その失恋以来、己を見つめ直したリヴィアは、幸せは自らの手で掴むべきだと悟った。
 すなわち、自らの生活は己の手で守ること。
 食い扶持は自ら稼ぐことを目指し、令嬢教育の傍ら、賃仕事に精を出してきた。毒も薬もその他異物をも飲み込む飽くなき食欲を持っているものの、伯爵令嬢にしてはたくましいリヴィアをどこでも生きていけると評価する人はずいぶん増えた。リヴィア自身もそう自負している。

「これが私なのよ、お父様。結婚しなくても人生を謳歌することはできるわ。家を継ぐのは姉様か別の人に期待しましょ」

 もしリヴィアも姉も結婚することなく家を継がないなら、養子なり何なりを親戚から募ればいいだろうと普段から父も言っている。
 しかしふと寂しさが過るときもあった。
 十七年生きてきたのだから、自分がとんでもない体質を持っていることも、それが家族以外には受け入れ難いことも知っている。畑仕事のときだって、リヴィアをからかう人々から離れたところで得体の知れない化け物を見るような顔をする人たちがいた。

(私は一人で生きていけるかもしれない。でも一緒に生きてくれる人が現れたら、人生はもっと素晴らしいものになるわ。このおかしな体質をそれでもいいと受け止めてくれる人がこの世にいたら、だけど)

 家族以外の、食事をともにできた誰かと「美味しいね」と毎日のように言い合える、それは楽しくて豊かな日々だ。
 しかし存在するかもわからないものや出会っていない誰かに期待するより、まずリヴィアを幸せにしてくれるのはリヴィア自身なのだとわかっているから、堂々と胸を張った。

「私には、自分の知らない美味しいものをたくさん食べる夢があるの。だからばりばり働くわ。いまは日雇いばかりだけれど、そのうち安定した仕事を見つけるから心配しないで」
「お前は本当にたくましく育って……」

 喜ぶというより嘆いているような父だったが、リヴィアの宣言だけが理由ではなかったらしい。沈鬱な表情で机の引き出しから封筒を取り出して言った。

「お前がそういう子だとレジェナもわかっているんだね。リヴィア、お前に手紙だ」

 手紙の差出人はレジェナ・レースガンド。王城で唯一の女性侍従として働いている姉だ。

「レジェナはお前に、一緒に王城で働かないかと言ってきている。私への手紙には、ひとまずリヴィアを王都に寄越してほしいと書いてあった。そこで仕事の説明をしたいそうだ」
「王城!?」

 驚いた。門戸が開かれつつあるとはいえ、王城で働く人間は身分も経歴もそれなりのものであることが求められる。レジェナが働けているのはこれでも我が家が一応伯爵家だからだ。
 その幸運はリヴィアにも巡ってきたらしい。

「私が縁談を纏めてやる力がないせいでお前には肩身が狭い思いをさせているし、仕事が得られるならレジェナのように働くのもいいのではないかと思って、」
「行きます!」

 父の言葉を遮ってリヴィアは叫んだ。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~