こんにちは!
アイリスNEO1月刊が発売されます!
ということで、試し読みを実施します(〃∇〃)
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『悪役令嬢は、ドラゴンとは踊らない2』
やしろ 慧(けい):作 朝日川 日和:絵
★STORY★
ゲーム世界の、不運で報われない旧王家の姫君レミリア(=悪役令嬢)に生まれ変わった私。破滅を回避するべく努力した結果、周囲との関係も良好で、私だけのかわいいドラゴンも仲間に迎え幸せを満喫中!――のはずが、社交界デビューを控えたある日、西国から意外な人物が使者として現れて――!?
絶体絶命からはじまる、公爵令嬢のドラゴンファンタジー。人気作続編、WEB掲載作とは別ルートの書籍オリジナル版に短編を収録して登場!!
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「お嬢様! 走ってはいけませんよ!」
「わかっているわ、――早歩きね!」
花の香が色濃い庭を駆けながら、私は執事に返答した。息せき切って私は、父、カリシュ公爵、レシェク・ルエヴィト・ヴァザの自慢の場所、咲き誇る薔薇の園へと急ぐ。
角を曲がって薔薇園へ続く小道に、背の高い人影を二つ見つけ急ブレーキをかけた。背の高い貴婦人、私の母公爵夫人ヤドヴィカが困ったとばかりに額に手をあてる。
「復唱なさい、淑女は?」
「走りませんっ、お母様ッ……!」
お小言に反射的に答えて身を縮こまらせた私を、母の隣の父が口元だけで笑った。
「無理もない、今日は待ちかねた日だろうから」
甘いです! と抗議したそうな母上から気まずく視線を逸らし、父上はコホンと咳ばらいをした。
薔薇園の前には灰茶色の髪の侍従が控え、彼は父上の視線を合図に扉に手をかけ、私達を誘う。
「旦那様、奥様。――レミリアお嬢様。皆様お待ちかねですよ」
我が家の侍従、スタニスは眼鏡の奥の薄い茶の瞳で私に微笑むと、流れるように優雅な動作で扉を開く。私は息を大きく吸い込んで、「彼」の姿を探した――。
私、レミリア・カロル・ヴァザは大陸の中央に位置するカルディナ国で、公爵家に生を受けた。
賢君と名高い女王ベアトリスが治めるこの国には、治世に三つ懸念材料がある。ひとつは女王と反目する軍部の存在、ふたつ目は伝統的にカルディナとは仲の悪い西国との衝突。
そして最後は、「旧王家」ヴァザ一族の存在だ。
ベアトリス陛下の父たる先代国王は、元は北方を守護する辺境伯で、腐敗しきったヴァザ王朝を斃し、最後の王女を正妃として現在の王朝をたてた。
苛烈で知られた王も、妻の実家を殲滅するのはさすがに外聞が悪かったのだろう。
幼児だった王妃の弟は助命され、カリシュ公爵家としてヴァザ家は存続した。――私の父、レシェクはその初代カリシュ公爵マテウシュの末子にして唯一の男子だ。
女王に反発する勢力は、旧王家の長である父公爵を事あるごとに担ごうとし、それを嫌う父は薔薇園に引きこもる生活を続けている。
複雑な立場の私達には危険も多く、私は一年ほど前、事故なのか……それとも暗殺だったのか、暴走する馬車から投げ出され、崖へ転落しそうになった。
死にかけた衝撃と私を絶体絶命の危機から救ってくれた少年たちの姿に触発され、私は気付いた。
――あれ。この世界って、どこかで見たことある。
見たことがあるばかりか、ストーリーが、記憶にある……!
――ここは、前世で大好きだった乙女ゲーム『ローズ・ガーデン』の世界じゃないかな! って。
私は前世が日本人だったことを思い出した。事故に遭い、不遇の死を遂げたことも。
そして、同時に気付いたのだ。なんの因果か、私はこの乙女ゲームの世界に、よりにもよってヒロイン、の敵役にして「悪役令嬢レミリア様」として転生してしまっていることに……!
よくて幽閉、悪くて処刑、浮気者の夫には必ず先立たれ、初恋の人には歯牙にもかけられない。
不憫、報われない、可哀相、と悪役ながらプレイヤーの同情を一身に集める公爵令嬢レミリア様。そんな彼女に生まれ変わった私は、固く決意した。
不幸なまま死ぬなんて嫌だよ! 破滅は回避! 実家を没落から救い、幸せに生きるのだ! と、「攻略対象と仲良くなって、暗い未来からできる限り遠ざかること」を目標と動いていた私は、紆余曲折あって、ヒロイン側の登場人物である攻略対象の面々と旅に出ることになったのだった。
旅の目的は「ドラゴンの卵を孵化させること」――。旅中で、異人種である竜族の戦士に出会ったり……かどわかされそうになったり、と困難はあったけれど、狭い世間しか知らない私にはとても有意義な旅の終わり、生まれた仔龍のうち一番小さな一頭を、私は貰いうけることになった。
そして今日は、待ちに待ったその仔龍がやってくる日なのだ!
扉を開けて庭に進むと、そこには私の見知った人たちが居並んでいた。三人の少年と、黒髪の青年が一人。彼の背後には白いドラゴンが控えていて、私を認めるとぴょん! と喜色を露わにして尾を振った。青年は柔和な表情で進み出て、私達親子に腰を折る。
「ご無沙汰しております、公爵閣下、夫人。――レミリア様」
「久しいな。本日は、北部から嬉しい報せを運んできたとか」
父上が声をかけると、青年は顔をあげた。黒い瞳が人懐こく私を見たのに釣られて私も微笑む。
貴族は感情を表に出すのをよしとされないが、私はすぐ表に出してしまう。
私のドラゴンを屋敷に連れてきたのは、仔龍の母、ハナの所有者で北部随一の財力を誇る商会の後継にして未来の男爵、ドミニク・キルヒナーだった。ドミニクは彼の横に控えた、よく似た面差しの弟に視線で合図する。こちらはイザーク・キルヒナー。男爵家の次男で、ゲーム『ローズ・ガーデン』の攻略対象の一人で私の友人だ。彼は私にちらっと視線を向けてから父上を仰ぐ。
「公爵、弟から説明させてもよろしいですか? 仔龍の世話をさせましたので、弟に慣れております」
「構わない」
兄に促され、イザークが籐の籠を開くと、白く小さなドラゴンの雛が「キュイ」と鳴いた。ひょっこり顔を出すと恐れる様子もなく、二度、三度と地面を、小さく跳躍する。
「……ドラゴン! ちいさい」
私が小さく声を出すとイザークはヒュ、小さく指笛を吹く。仔龍はキュキュ、と首をかしげて人間たちを見渡した。それからパタパタと小さな白い羽をはばたかせて、イザークの腕に舞い降りる。美しいドラゴンに私の目は吸い寄せられ、胸が高鳴る。白いドラゴンは以前見た姿よりも二回りは大きくなり、以前と同じように額には金色の輝石が嵌まっていた。輝石は古代龍の心臓の結晶で不思議な力を持つこの輝石は、旅の途中にとある人物から貰ったものだ。
仔龍の母のハナが、背の高い少年に連れられて私の側にやってくると、ハナは、私を――覚えていてくれたみたいで、すん、すんと鳴いて私に甘えてくれた。
「ハナ、久しぶりだね」
「キュ」
カボションルビーみたいな柔らかな色の丸い瞳が可愛い。私は、低い位置まで頭を下げてくれたハナを抱きしめた。それから、と私はハナを連れてきてくれた少年にも微笑んだ。
「ユンカー様も、お久しぶりです」
ヴィンセント・ユンカー。カルディナの宰相、アルフレート・ユンカー卿の養子で西国人の血を引くエキゾチックな容貌の少年もまた、ゲーム『ローズ・ガーデン』の攻略対象四人のうちの一人。
今日は彼の主、半竜族にして女王の甥、シン公子が後で屋敷に来るからと、先にキルヒナー兄弟と一緒に訪問している。ヴィンセントは翠色の瞳を眇め、「ご無沙汰しております」とお利口に答えた。
顔を合わせればいつも私に冷たい嫌味大王様は大人の目があるところでは猫かぶりをしている。
「どうして鎖がついていないんだ? 危ないだろ!」
不満げな声をあげたのは、今日のドラゴンの受け渡しにどうしても立ち合いたい、と申し出た我が従兄のヘンリクだった。父上の横に並んで威を借りながら腕を組みつつ、ふん、と鼻を鳴らす。
私はイザークの腕を止まり木代わりにしている仔龍を見た。本当だ! 首環も鎖もしてない。
――私は窺うようにイザークを見た。彼は笑顔を保ったまま、愛おしそうに雛の喉元をくすぐる。
「鎖は、小さな雛に恐怖心を植え付ける。だから、北部が商う雛にはなるべく鎖をつけないようにお願いしているんだ」
「レミリアが怪我でもしたら、どうするつもりだ? キルヒナー」
尊大なヘンリクの物言いにも、イザークは笑って気分を害された様子はない。
「ドラゴンは賢い生き物だから、人を傷つけることはしないよ。――主と認めればだけど」
イザークの黒い瞳が確認するように私を見る。
私に主になる覚悟があるのか、問うているのだ。父上が緊張している私の隣でくすり、と笑いを漏らした。くしゃりと頭を撫でられる。弾かれたように背の高い彼を窺うと父上は言った。
「……私達の先祖は龍の化身だったと言われている。その真偽は定かではないが、君は仔龍が君を主と認めてくれるように、励まなくてはいけない。ヴァザの名に恥じぬよう、そして何より、君がこのドラゴンと出会えたことに尽力してくれた人々の厚意を忘れぬよう」
父上に――ヴァザの名前を出すのが嫌いな父上にそう言われては、「はい」と誓うほかない。
私は早鐘を打つ鼓動を抑えるように胸に手を置いてイザークに近づく。イザークは仔龍を腕に抱えなおして、私に近づけてくれた。まだ小さな、私の腕の中にでもすっぽりとおさまってしまいそうな雛は、まんまるの目で私を見あげて不安げに鳴く。パタパタと、翼をはためかせて不安げな様子だった。私達は距離を取り合いながら、見つめ合う。
白い仔龍の瞳は――まるで運命のように私達と同じ色をしていた。空色の、大きな瞳。
「こいつの名前はなんになるの?」
「もう、決めてあるの」
同じ色の瞳から見上げられて私は微笑んだ。雛の目が同じ色だとイザークから聞いてから、ずっとつけたい名前があったのだ。
「ソラ、にしようと思うの。お空色の瞳だから――ソラ。貴方のお名前はソラよ。どうかな?」
私は仔龍に聞く。わかっているのかいないのか、ソラは――キュイ、と鳴いて――首を傾げた。
「よい名前ですね、レミリア様」
ドミニクが褒めてくれる。イザークもシンも満足そうで、私はほっと息をついた。ソラが名前を気に入ってくれたかはわからなかったけれど、代わりにハナが「それでいいよ」と言うかのように私の頬に顔を擦り付けてくる。――ちょっぴり痛いよ、ハナちゃん。
私はソラの頭にそっと手を置いた。
「こんにちは、ソラ」
どうぞ、よろしく。
その日はソラはスタニスの肩につかまって過ごすことになった。
少しだけばたつく雛を、先に屋敷に戻った皆を除いて私とスタニスで宥める。
私にはおっかなびっくり対応していたソラは、我が家の万能侍従、スタニスにはあっさりと馴染んだ。……なんだ、そのなつきよう。スタニスは我が家の侍従だけれど元軍人という変わった経歴の人で、ドラゴンの扱いにも慣れている。ソラは私には抱かれようとせずに逃げたのになあ。
「なんだか、納得いかないわ、私のドラゴンなのに。スタニスは扱いが上手よね」
私のドラゴンなのに。私が若干むくれていると、スタニスは笑った。
「すぐに慣れますよ。な? チビ」
「チビじゃないよ、スタニス」
「っと、失礼。ソラでしたね、お嬢様。いい名前です。お嬢様と同じ目の色だ」
大好きな侍従が褒めてくれると嬉しい。
「スタニスもそう思う? それならよかった」
私は微笑む。スタニスによしよしと頭を撫でてほしかったけれど、さすがにこの頃はスタニスも私を子供扱いはしてくれなくなった。嬉しいような、少しだけ寂しいような複雑な気持ち。
二人して並んで歩きながら広間へ向かうと、ヴィンセントが部屋から出てきたところだった。
「ヴィンセント様?」
「シンが到着したから、出迎えに行ってきます」
「では、私も行きます」
父上は先に出迎えに行ったらしい。私は二人と一緒に玄関ホールへ向かうと、父上が少年を二人出迎えていた。二人……? 私が首を傾げると、私の視線に気づいた銀髪の少年が顔をあげた。
「お久しぶり、レミリア」
「ご無沙汰しております、シン様……と?」
私はもう一人の少年を見て……、言葉を失った。
金色の髪に水色の瞳。ヴァザ家の特徴を色濃く残した少女の頬にはわずかにそばかすが浮かぶ。
「フランチェスカ殿下!?」
「レミリア。お邪魔するよ」
神話の女神もかくやの美貌の王女は、質素な少年用の服に身を包み、私に笑いかけた。彼女の背後に控えた背の高い壮年の男性を見て、ヴィンセントが「父上!」と小さく声をあげた。
シンと王女フランチェスカを伴って現れたのは宰相のユンカーだった。
北部民に多い黒髪に、冷たくも見える青い瞳が特徴の峻厳な印象を与える宰相は慇懃に挨拶をした。
「宰相の訪問は聞いていないが」
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~
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