『臆病なうさぎさん』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

今週末はアイリスNEO9月刊の発売日です!
ということで、本日から試し読みをお届けいたします(≧▽≦)

第1弾は……
『臆病なうさぎさん』
うさぎ
著:おきょう 絵:煮たか

★STORY★
侯爵のバロンと結婚したマリエールは、夫から冷たい言葉をかけられ、初夜も仕事を理由に拒否されてしまった。さすがに落ちこんでしまったけれど、なんとか距離を縮めようと彼女が執務室へと向かったのだけれど――。

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 ぶつぶつ呟きながら暗い廊下をやり過ごし、なんとか執務室とプレートのかかった部屋を見つけた。

「……」

 艶光する木製ドアの前に立ったマリエールは、緊張にきゅっと唇を引き結ぶ。
 またあの冷たい言葉をかけられたらと思うと不安になる。
 でも一度くらい頑張って声をかけてみようと意気込んだ。
 深呼吸し呼吸を整えても、まだドキドキと脈を打ち続ける心臓を感じながら、気合いを入れてノックしようとした時。

『あぁ! 今夜も忌まわしい時間が来てしまう!!』
「っ!?」

 扉の内側から怒鳴り声が届いて、思わず手を止めた。

(何? バロン様の声よね。大声を出すタイプには見えなかったのに)

 厚いドアに阻まれているものの、他に何の騒音もない静まり返った夜中だったので、話の内容が聞き取れてしまった。
 戸惑うマリエールの耳に、今度はバロンのものとは違う男の声が届いた。

『いいじゃないですか。もふもふふわふわでお可愛らしくて』
(この声は……確かバロン様の仕事の補佐をしてらっしゃる、テオね。昼間のパーティーでもバロン様の傍にずっと居た方)

 どうやら室内には侯爵家当主のバロンと、その補佐役のテオの二人がいるらしい。
 激昂しているようなバロンに反して、テオはとてもおっとりとした緩い口調だ。
 マリエールが声をかけて良いものかと悩んでいる間にも、彼らの会話は進んでいく。

『可愛いから嫌なんだろう!』
『まぁ、せめて鷹とか狼とか、恰好いいものだったらまた違ったかもしれませんからねぇ』
『そうだな。それだったらまだ少しはマシだったかもしれない。見られても怖がって逃げてくれるし力もあるしな。なのに兎なんて! 可愛いだけが取り柄の毛玉なんて! 人が寄ってきて撫で繰り回されるばかりの小動物なんて!』

 その切実さのこもった叫びに、マリエールは首を傾げた。

(バロン様、兎がお嫌いなのかしら)

 こんなに取り乱すほど、あの小さくてつぶらな瞳が愛らしい生き物が嫌なのだろうか。

(普通に可愛い動物だと思うのだけど。兎をここまで嫌うなんて珍しい人ね)

 不思議に思いつつ、仕事の話ではなさそうなので改めてノックしようとしたマリエールの耳に、またも台詞が滑り込んできた。

『このグラットワード侯爵家の血筋が、兎になる呪いを受けているなどありえない!』
「は?」

 思わず間抜けな声を漏らしたマリエールの動きが、口を開けたまま止まった。
 少し垂れ気味の橙色の目も、大きく見開かれる。
 その瞳に浮かぶのは驚きというよりは、困惑だ。

(のろ、い? 兎になる?)

 彼の言っている台詞の内容に、理解が追い付かない。

『まぁまぁ。バロン様。そんなに兎を嫌わなくても』
『ふんっ! 嫌いだ! 大嫌いだ! 兎などこの世に存在しなければ良かったのに! そうすれば、爺様が庭に迷い込んで来た兎を捕まえて丸焼きにして、夕飯のおかずにして食ってしまうことにもならなかった!』
『先々代のご当主も、その兎が魔女の飼い兎だなんて、想像もしてなかったでしょうしねぇ』
『そうだ! 兎さえこの世に存在していなければ、飼い兎を喰われた魔女の怒りによって、夜になるたびに兎になる呪いを、代々の直系男子にかけられてしまうことにならなかった!!』
(ええっと……お二人は、何を言ってらっしゃるのかしら)

 ――――暗い屋敷の廊下で立ちほうけるマリエールは、扉の向こう側から聞こえる会話の内容に困惑しっぱなしだ。

(先々代のグラットワード家当主が、魔女の飼い兎を夕飯のおかずにして食べてしまって、怒った魔女によって兎になる呪いをかけられた……なんて、そんな馬鹿なこと……)

 でも、バロンの声は怒りに満ちていて、対応しているテオも冗談で言っている様子はない。
 マリエールの頭の中にはクエッションマークが増えていくばかりだ。

『あんな情けない姿、絶対に誰にも知られるわけにはいかない』
『奥方……マリエール様にもですか?』

 自分の名前が出たことに、マリエールはどきりとした。

『当たり前だ。父上は母上に話していたがな、私はこんな姿を誰にだろうとさらすつもりはない! この屋敷内で知っているのは、子供の頃から我が家に仕えているお前と、一番の古株である庭師のジイだけだ。これ以上広めてたまるものか!』

 決意に満ちた夫の声を聞きながら、マリエールはぽつりと呟く。

「……バロン様、本当に、何を言ってらっしゃるのかしら」

 ただただ、困惑した。

「兎になる呪い? ……呪い?」

 マリエールは皺を寄せた眉間を指で押さえた。頭痛さえしてきた。

「人間が兎になるなんて、ありえるはずがないわ。魔女なんて……薬草学が得意な人が、たまに自分のことをそう名乗っているだけでしょう? 呪いって……えぇ?」

 あり得ない。魔法も魔術も絵物語の中の、想像の世界の話のはずだ。
 マリエールの知っている、ただ優秀な薬師として存在している魔女とは食い違っていた。
 呪いで姿が変わるなんて、そんな非現実的なことが実際に有るはずがない。
 しかし彼らは真剣に、魔女の呪いだと話している。 

(もしかして私、何か変な宗教を信仰しているお宅に嫁いでしまったのかしら)

 つい心配になってしまう。

『……何にせよ、魔の力の高まる夜だけに効果の現れる呪いで不幸中の幸いでした。昼間まで兎になられては、領地の管理さえかないませんでしたから』
『なにが不幸中の幸いだ! 昼だろうが夜だろうが、不幸でしかないだろう、つっ! ……ぅ、ううっ……!!』

 ――――ガタンッ!

 唸り声をバロンがあげた直後に、何か大きな物音が聞こえて、マリエールは肩を跳ね上げた。

(一体、部屋の中で何が起こってるの……?)

 はらはらしながらも何も出来ずにいると、しばらくの静寂のあと。
 ひどくゆったりとしたテオの声が響いた。

『おやおや……。今夜も兎になる時間がきてしまいましたか』
(う、兎になったの!?)

 まさか本当に、この扉の向こう側には兎になったバロンがいるのだろうか。

(見たい! ……気もするけれど。でもバロン様は隠したがっているのよね)

 もしこの扉を今ノックすれば、一体どういう反応が向こうから返ってくるのか。
 マリエールは無意識にごくりと喉を鳴らしていた。
 隠したがっている彼の為にこのまま何も聞かなかったふりをして、部屋に戻るべきだろうか。
 それとも――――と、悩み苦悩してしばらく。
 マリエールの佇んでいた暗い廊下に、光が差した。

「え?」

 思わず顔を上げると、目の前のドアが少しだけ開いている。
 そしてその隙間から、男の顔がこちらを向いていた。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~