『竜騎士のお気に入り』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!
今週末には今年最初の一迅社文庫アイリスが発売されます!
ということで、本日から1月刊の試し読みを実施します(≧▽≦)

第1弾は……
『竜騎士のお気に入り 侍女はただいま兼務中』
竜騎士
著:織川あさぎ 絵:伊藤明十

★STORY★
16歳の誕生日を機に、城外で働くことを決めた王城の侍女見習いメリッサ。それは後々、正式な王城の侍女になって、憧れの竜騎士隊長ヒューバードと大好きな竜達の傍で働くためだった。ところがある日突然、隊長の口から信じられない言葉が飛び出して!?
堅物騎士と竜好き侍女のラブファンタジー!

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「今度、家を継がなくてはいけなくなった。だから本日付で退役したんだ」
「はあ……」

 それを聞いたメリッサが最初に思ったのは、退役ってなんだろう、ということだった。
 もちろん、その言葉は知っている。父も、退役した騎士なのだから、知らないわけじゃない。
 だが、その言葉の意味を頭の中から引っ張り出してくるのに、しばらく時間がかかってしまったのは、ある意味仕方のないことだった。
 一度竜騎士となったら、たとえ何があろうと、死ぬまで竜は傍を離れることはない。家を継ぐことがあっても、竜がいては他の仕事はできない。一度竜と縁を結べば、その人は生涯竜とともに国に仕えることになり、それをやめるなどあり得ないのだ。
 だからこそ、今目の前の人が告げた退役の意味が理解できなかった。何か別の意味があるのかとまで思ったほどだ。

「……退役って、なんですか?」
「え? ああ、今日で、竜騎士隊をやめることになったということだが」

 メリッサと竜舎の管理人にそう報告した隊長は、そのまま自らの騎竜である白の女王の寝床を見て、ため息を吐いた。

「これ、すべてを持って帰るのか。一個でも忘れたら大変なことになりそうだな……」

 ふむ、と顎に手をやり悩みはじめた隊長の横で、メリッサと竜舎の管理人は愕然としたまま、しばらく動くことすらできなくなっていた。
 常日頃からこの人は、竜に乗る以外の仕事など、しないしできないと断言していた。白の女王の背を許された人物を、長と仰げる。それが、今この国の竜騎士達にとって、何よりの誉れでもある。やめますと言われて、簡単にはいどうぞとは、国や隊員達が許すはずもない。メリッサだって、とても信じられなかった。

「隊長さんが、竜騎士を、やめることって、できるんですか?」

 一気に血の気のひいた表情で、ようやく声を絞り出したメリッサに、隊長はこくりと頷いて答えた。

「うちは、ちょっと特殊な事情がある家でな。国王にも認められた。仕方ないんだ」
「で、でも、あの、白の女王は……」
「白ももちろん連れて行く。あれは私の命と繋がっているから、もう乗らないからねぐらに戻れと言っても、どこまでもついてきてしまう。騎士じゃなければ、乗ってはいけないわけじゃない。白にとっては、今までと変わらないからな」

 穏やかな笑顔で答える様子は、日頃メリッサが見ていたものと変わったところもなく、天職だとまで言っていた騎士をやめてしまうとは、とても思えない。
 竜舎の管理人も同じ気持ちだったのか、しきりと首を傾げていた。

「じゃあ、白の女王は、もうここには帰ってこないんですか……?」

 メリッサのか細い声での質問に、希代の竜騎士は何やら少し慌てたように、首を振った。

「たとえ騎士をやめても、立場が変わるだけで、陛下にお仕えすることに変わりない。だから、用があればこちらに飛んで来るし、そのときには会える。うちの白も、そのつもりのようだし」

 それを聞き、メリッサは、ヒューバードの家がある程度の身分のある家だと察した。
 跡継ぎが他におらず、家を継がなければならない、王に直接仕えることのできる貴族の家が、ヒューバードの実家なのだと察した瞬間、退役という言葉がどうあっても覆らない事実なのだと、メリッサの麻痺していた頭もようやく理解した。

「あの……実は、私もここを出ることになりまして……」

 白の女王に別れの挨拶をしたかった、とは、口にすることができなかった。
 メリッサから、ここを出るという言葉が出た瞬間、隊長の手に握られていた桶とブラシが乾いた音を立てて床に落ちたのだ。その顔から、音を立てそうな勢いで血の気が引き、自身の竜に勝るとも劣らないほど白くなった男は、ゆらりと体を揺らめかせると、まるで縋るようにメリッサの肩をがしりと掴んだ。

「きゃっ!」

 その思わぬ力強さに、逆にメリッサの体が傾いだ。

「成人はまだ……いや、そうか今年なのか……まさか、結婚?」

 その顔から、感情が抜け落ちていた。
 普段、メリッサにだけわかると言われる、薄いながらも穏やかな笑顔しか見たことがなかったので、はじめて見た表情に驚き、硬直していた。

「え、あ、ち、違います。まだ決まってませんが、侍女として外に勤めに……」
「城下のどこかか?」
「いえ、あの、それもまだわかりませんが、どこか貴族のお家にお勤めできればと、思っておりまして、その……」

 隊長は、竜騎士をやめると告げたときよりもよほど切羽詰まった表情をしている。
 何がそんなにこの人を慌てさせたのか、メリッサにはさっぱり見当がつかなかった。
 むしろ、ずっとこの人達はここにいると思っていたメリッサの方が、困惑の度合いは大きい。そう思っていたからこそ、一時的に城を離れるつもりだったのに、まさか、先に、白の女王とこの人が城を去る日が来るなんて、考えたこともなかったのだ。
 足元から、どんどん力が失われて行く気がして、それに比例して、眦は熱くなってくる。
 今にも零れそうになった涙を、それでもぐっとこらえながら、メリッサは声を絞り出した。

「侍女長様に、今、お勤め先を探していただいているんです……」

 震える声でそう告げたメリッサに、隊長はなぜかぎゅっと眉根を寄せ、頷いた。

「侍女長……わかった」

 何がわかったのかと聞き返す間もなく、律儀に桶とブラシを拾い上げると、隊長はくるりと身を翻し、猛然と走り去った。
 メリッサは、あっという間に視界から消えた隊長を呆然と見送ってしまった。
 ぎこちなく振り向くと、すぐ傍に、目を丸くして、ぽかんと口を開けた竜舎の管理人がいた。
 そしてその頭上に、一番近くにいて、おそらくいつものように挨拶をしようとしたのだろう、首を伸ばした緑色の竜が、やはり何やら呆然と、隊長の後ろ姿を見送っているのを見つけてしまった。
 よくよく見れば、今竜舎にいる竜達で、昼寝をしていなかった全頭が、ぱかんと口を開けた間抜けな顔で、出入り口を見つめていた。
 今の隊長の態度に驚いたのが自分だけではなかったことに、そんな場合ではないと言うのに、妙な安堵の感情を覚えたのだった。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~