後輩のアクロ機

一緒に飛ばしている、ヘリ操縦が上手な後輩は、村長の影響を受けてラジコン飛行機を始めて数年が経過するが、此の日後輩は新型のアクロバット機を持参して二回目のメカ調整の後で、テスト飛行を行った。ニヤニヤ

 

胴体が縦長仕様で、此れはナイフエッジ(機体を上下にして水平飛行)する時に機体の落ちこみを少なくして、やや上向きになって水平飛行ができる胴体の作りで、上部に補助で付いている補助翼は曲技飛行時のブレを少なくするのである。グラサン

 

村長のスポーツ機とアクロ機

此の日、いつもの日曜の午後にヘリ2機と飛行機3機を持参してフライトを楽しんだが、まず最初は草刈り機で飛行場の整備をしてから飛ばすのが日常で、一番は手前のスポーツ機から飛ばし始めるのであり、エンジン複葉機はペラとエンジン調整だけとなった。ウシシ

 

其の後でアクロ機を飛ばすのであるが、此の機体も縦に胴の幅が広く、舵の面積が広いので操縦が極めて敏感であり、翼の断面が上下対象に近い機体なので、慣れれば飛ばしやすく、此の後でヘリのフライトとなるのである。口笛

 

無花果村閉村式

毎年の事だが、此処の場所での宴会は閉村式を以って今年の宴会は終了となり、勿論宴会の始めにはアトラクションで小さなラジコンヘリが頭の上を一巡して、垂れ幕には「無花果村閉村式にようこそ」と、書いてある爺の遊び心なのだ。星空

 

此の晩の料理はチョット奮発して、蒸し寿司の皿鉢・鯨の刺身・水餃子・ピータン・チリメンに白菜の浅漬け・すき焼き、と豪華な料理を用意するのであるが、飲み物は各自が適当に持参して毎回宴会は盛り上がるのである。生ビール

 

閉村式の翌日

大切な村の行事の時は必ずウェルカムボードが設置され、キャンドルでムードを盛り上げながら酒を食らうのだが、翌日の後片付けも大変なのであり、楽しい酒を飲むには皿洗いを含め、エネルギーを必要とするのである。日本酒

 

最近では無花果村にも独身のマドンナが参加してくれて花を添えてくれているが、村長始め爺達は此の時には下品な話題を出さない様に気を使いながらの会話なのだが、時々口がスベッたりするのが愛嬌なのである。キョロキョロ

 

村長の自宅第一菜園

会社に出勤前の早朝、勤勉さを誇る村長は菜園の手入れ・庭木の手入れを平日で1時間から時間半、休日には2時間以上汗を流して会社に来るのが日課で、此の日は野菜を植える為の畝作りに精を出したのである。メラメラ

 

今朝は渋柿の収穫と剪定を同時に行い、加えて雨どいに溜まっている落ち葉の掃除をして、爽やかな気持ちでガラス工芸の会社に出社しているが、家内と二人だけになった家では菜園で収穫した野菜は、自宅の消費より友人達に上げる方が多いのである。ウインク

 

雑用も多い村長だが、此れから中国に商品コンテナを発注をする:ニイハオ吉田

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大連のガレランプ・花瓶工場

大連に第29回目となる出張をして先日帰ってきたが、此のガレのWDGの工場を最初に訪問して以来、早いもので既に十数年が経過し、取引先の社長とも丸18年のお付き合いとなった。びっくり

 

今回の通訳さんは、かつて中国国際貿易委員会の大連支部に勤めていたが、その後手腕を買われて山形県の印刷会社の部長として大連で勤務し、印刷会社の閉鎖によって、現在は引退しているので、今回は昔の様に彼女に通訳をしてもらった。てへぺろ

 

大連の海水浴場

この様なポーズで、先だって此処で習金平とキムジョンウンが記念写真を撮った様で、多くの中国人も同じポーズで記念撮影をしており、我々も其れに倣って毛沢東の書の横でポーズをとったのである。カメラ

 

手前右の島とは別に石の向こうには島が3個あり、取引先の社長の親父は旧人民解放軍の車両部隊の司令官だったので、その親父が若い頃に赴任したのが、石に隠れた向こうの一番大きな島との事だった。中国

 

大連の海鮮レストラン

此処の店は10回は行った事がある、旨い黒地ビールを提供する海鮮のレストランで、2年半ぶりに会った土佐香南ライオンズクラブ時代の友人と大連で落ち合って久しぶりの交友を温めたのであった。生ビール

 

友人は現在千葉県で歯科技工士の仕事をしており、大連には5年間在住した事があり、久しぶりに会うと中国語も日常会話なら出来る様で、今回は仕入れの仕事で大連を訪問しており、此のレストランでもメニューを指定すると、それを厨房に持って行ってから調理する。鍋

 

大連の日本料理店

今回は大連だけの訪問だったが、いつも最後の夜は”世話になった”と言う意味で村長が日本料理を振る舞う様にしており、取引先社長一家と通訳さんと友人とで非常に楽しい最後の夜を楽しんだのである。日本酒

 

奥さんのエミリーは大連の税務署の課長として仕事をしており、子供は英語と日本語を勉強中との事で、時々は英語でも話せて、貴方は村長が持参した明治の粉ミルクで育ったと言ったら、それも知っている様で利発な子供の印象を受けた。ニコニコ

 

大連の日本人街のすぐ横のスナック

日本人街のスナックはぼったくりが以前からあるので、今回は行かないつもりでおったが、酔狂で中国にいつも出張している日本の友人に電話したら、安い「プロミス」と言うスナックを紹介してくれたので、此処は村長は初めてであり、合言葉の”ベルベーロ”と言えば、もし読者の中で此の店に行く機会があれば、合言葉を言えばロシアの血が混じった女の子が秘書の様に接してくれるかもしれない。グラサン

 

友人は何度も行っている様で顔見知りでもあり、店は日本語で話ができ、「安ければ明日も来る」と何度も言ったら、帰る時の勘定が二人で400元(約6000円)だったので少しチップもやって、翌日も通ったが、ぼったくりの店は女の子は数人付くが一人2~3万は取られる。ムキー

 

家内と天体望遠鏡

自宅での家内と天体望遠鏡で、予てより月と火星が見たいとの事で、村長はネットで3万強で手に入れたものだが、孫達には30万掛かったと吹いてあり、支払いは村長より家内が金持ちなので家内が支払い、村長は組み立てと調整を行った。星空

 

隣の芸西村には天文台があり、先日娘婿と家内は其処に行った結果、俄かの天文観測ファンになった様で、万が一小惑星でも発見したならば、「短足バレリーナ惑星」とでも、昔バレーでプリマドンナを目指した事もあり、名付けるかも。爆  笑

 

間もなく無花果村閉村式を行う、ラジコン操縦者:ニイハオ吉田

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村長のラジコンフライト

先日の日曜の午後、いつもの様に飛行場の整備をした後で飛行機とヘリを飛ばしていると、サイドカーに乗った遠縁に当たる見学者が上の土手の道を一度下った後で河原に降りてきて、村長が帰るまで見学していった。目

 

此の日、見学者にサイドカーの金額を聞いたら、サイドカーが200万、バイクが100万、改造に50万との事で、村長の乗っている乗用車より高い事が分かり、好きな事に取り組むには、やはり思い入れと情熱が必要な様だ。メラメラ

 

無花果村の晩酌会

久し振りの開村式以来の晩酌会で、降水確率が低かったので、そのまま宴会を始めたが、30分ぐらい経過したときに俄かにパラパラと雨が降り始めたので、早速天ぷら鍋の火を消して倉庫にテントを取りに走った次第だ。爆笑

 

手前右の棒がテントの柱で、4人がかりでテントを用意したら、その直後に雨が止んで、お天道様は気ままな様だが宴会は続き、此の晩は天ぷら・ソーメン・鰹の刺身・寿司・チリメンジャコで宴会は盛り上がり、照明も3個から4個に追加したが、雨で二個割れたので交換した。ショボーン

 

JR四国龍馬会発会式

JR四国龍馬会の発会式で、JR四国の役員の歴々が集まって、県内各龍馬会からの参加者も含めて50名の人数で盛大に発会式が開催され、高知に事務局を置くので、此れで高知の龍馬会は23会となり、第193番目の龍馬会の誕生である。ウシシ

 

今回の誕生の裏にはJR九州龍馬会の活躍があって、それが刺激になって発足に結びついたのであり、高知の観光の目玉でもある為に、全国龍馬社中会長・高知県知事・四国各県のJR龍馬会代表者も集っての発会式となったのである。ニコニコ

 

JR四国龍馬会発足懇親会

宴会ともなると高知は俄かに景気付き、我々香南龍馬会からは5名の参加で、此処には中谷前防衛大臣の弟も参加し、昨年東証一部に上場した技研製作所の娘夫婦も参加して(技研が香南市で運営する龍馬記念館の関係で)大宴会となったのである。生ビール

 

来月には関東ブロックが主催で、第29回全国龍馬ファンの集いが東京で開かれるが、此れには勿論高知県知事も毎年参加しており、総勢600名ぐらいの参加者となる見込みで、今年中には更に新しい龍馬会が幾つか発足する見通しなのである。びっくり

 

大連星海公園の夜景A

大連の29回目の訪問から水曜に高知に帰ったが、大連市政100周年を記念して作られた星海公園は、今回の訪問で中央部分が様変わりしており、休日しか上がっていない噴水も初めて見る事が出来、噴水のスケールの大きさに感動した次第である。ビックリマーク

 

此処は既に村長は6~7回訪れており、今回は日曜に訪問して夕食の後で公園を散歩したのだが、大変沢山の人が散歩を楽しんでおり、中国人のパワーを感じたのであり、たかが中国、されど中国なのであり、景気は良くないが中国にはパワーが有ると思っている。キョロキョロ

 

大連星海公園の夜景B

星海公園の海岸がスグ向こうにあり、此処は巨大な本を広げた公園広場で、奥に見える公園湾を跨ぐ大橋はネオンサインで光っており、此れも村長は初めての経験で、橋自体は4年程前に完成し、一度は村長は橋を車で往復した事がある。ニヤリ

 

星海公園のスグ近くには戦前に日本人が名付けた「星が丘」と言う住宅地があり、其処には満州キネマの理事長で甘粕マサヒコの自宅が在った場所で、此処で働いていた職員が終戦後日本に帰って作った会社が東映であり、日本の歴史の一部も此処にある。ニコ

 

間もなく無花果村閉村式を開催するラジコン飛行家:ニイハオ吉田

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