第8章 韓国芸能
37.『Kドラマ』の出現
 
 
 
 
最近、中国の韓国ドラマ流行に端を発した『韓流ドラマ』と言う名称では無く『Kドラマ』と言う用語が出現して世界的イシューとなって居ます。
 
『Kドラマ』現象とは何を指し、『韓流ドラマ』との違いは何でしょうか?

 

 

少々長文になりますが、最近の韓国コンテンツブームを分析して見ましたので、お付き合い下さる方、よろしくお願いします。
 
『Kドラマ』『韓流ドラマ』との違いは一言で「アメリカ・ヨーロッパ圏での人気コンテンツ」の違いに有ります。
日本・中国を始めとした、主にアジア圏域を中心に人気の『韓流ドラマ』と違い、狭く見るとジャンル、広く見るとスタイルの違いが大きいと言えます。

 

 

『イカゲーム』をはじめとするKドラマは主にスリラー、恐怖物に属します。
超現実的な災害状況を扱い、血が飛び散って肉片が切れる、ある種「特殊ジャンル物」だとも言えるでしょう。
 
それまでアジア中心に人気だった韓流ドラマはほとんどロマンス、家族物です。
若い俳優たちの愛と周辺人物の叙事が主な内容でした。

 

 

実は最近までも韓国ドラマの主流ジャンルはこちらで、「ジャンル物」と呼ばれる『イカゲーム』のようなドラマは徹底的にマニアの領域でした。
しかし、その障壁をNetflixなどの世界配信サービスが撤去しました。
しかし、この障壁の撤去はある日突然、偶然に起こったのでは有りません。
ただの一過性のブームが起こった訳では無いのです。

 

 

その過程を簡単に述べて見ます。
 
Netflixが韓国でのサービスを開始したのは2016年でしたが、Netflix進出以前にも欧米圏、アメリカ・ヨーロッパ圏には韓国ドラママニアは居ました。
例えば、韓国コンテンツ振興院は2014年当時、韓国ドラマの米国視聴者数を約1800万人と推定して居ます。
 
と言う事は、ネットフリックスがなぜ韓国に進出したのかを見なければ、今の『Kドラマ』現象を見る事は出来ないと言う事です。

 

 

すでに2015年頃、アメリカ内の外国語ドラマの中で、韓国ドラマが最も視聴人口が多いという調査が出ていた事に鑑(かんが)み、Netflixが韓国に進出し、韓国製作者と共にオリジナルコンテンツを作る事を選択したのは、韓国を『成功の可能性のあるパートナー』と選択したと言う意味を持つと言えます。

 

<Netflixの韓国コンテンツ>

 

言わば韓国ドラマに関心を持ったマニア視聴者達が元々アメリカ・ヨーロッパ圏に多く居ましたが、ネットフリックスがこの底辺を爆発的に拡大させた結果だと言えます。
 
実際、近年世界が韓国ドラマに注目したのには、Netflixというプラットフォームの役割が断然大きいです。
 

 

製作と放映の両方に貢献したネットフリックスは、直接「オリジナルコンテンツ」を作って創作者たちに製作費を支援しました。
Netflixは近年韓国でも比率が高まって居る間接広告(PPL)の負担もさせず、コンテンツの内容にも干渉せずに自由なコンテンツ制作を保証しました。

 

 

本国と同時配信するなど、観客のアクセシビリティも高めた事により、現地放送局・劇場との物理的、時間的な障壁が大きく消え、「字幕」だけでは無く「吹き替え」も提供して、欧米人が苦手とする「言語の違い」から来る忌避感も崩しました。

 

 

この様に、近年世界が韓国ドラマに注目し始めたのには、Netflixというプラットフォームの役割が断然大きいと言えるでしょう。
 
では、何故Netflixは韓国ドラマと手を組んだのでしょうか?
それは、一言でコスパ比(コストに比べて得られるパフォーマンスの比率)に優れている為です。
 
韓国コンテンツ関係者は「韓国コンテンツが魅力的であるという事実がここ数年で証明され、今は米国コンテンツの次に世界市場で影響力が大きいせい」だと、その理由を述べて居ます。

 

 

現在Netflixが投資する米国ドラマは1話当たり平均製作費が100億ウォン(約9億円)を超えます。 
一方、韓国ドラマの1話当たりの製作費は『キングダム』が20億ウォン(1億8千万円)、『スイートホーム』は30億ウォン(2億7千万円)、製作費が桁違いと言われた『イカゲーム』でさえ22億ウォン(2億円)水準です。
それで居て、アメリカドラマよりも反応が熱いので、当然Kコンテンツに注目して当然だと言えます。
 
オマケを言えば、この様な『コンテンツのグローバル傾向』を煽ったのは皮肉にも「コロナ19ファンデミック」だった事は皆さんもご存知の事実です。

 

 

社会的距離を置く政策のため、Netflixの視聴時間が増え、コンテンツ「消費」が加速されました。
日本でも「第4次韓流ブーム」と言う空前の人気を呼び起こしましたが、欧米海外オンライン掲示板には、有名な英語ドラマを全て観た後、他のコンテンツを探していた中で偶然に『Kドラマ』を「発見」した経験を語る人々が少なく無いと言います。

 

 

『イカゲーム』の世界興行成績は韓国ドラマの中でも独歩的です。
しかし、『イカゲーム』ブームだけが特別で例外的な出来事では有りません。
「Kドラマ現象」と括(くく)る事が出来るだけの流れが見えます。
 
FOMOという新造語が最近、欧米で良く語られる様で、直訳すると「逃すことに対する恐怖(fear of missing out)」という意味ですが、「ある流行に追いつこうとする強迫」全てをこう呼ぶそうです。
 
最近では「イカゲーム」を始めとした「Kドラマ」が単純な人気を超えてFOMOを誘発して居ると言うのが海外メディアの評価です。

 

 

昨年12月にリリースされたスリラー物ドラマ『スイートホーム』は、韓国ドラマで初めて全世界Netflix視聴率トップ10に入り、最高順位は3位でした。
去る10月15日公開された『マイネーム』も1ヶ月近くドラマ部門10位圏を維持しましたし、11月19日放映を開始した『地獄が呼んでいる』は『イカゲーム』が1週間掛けて達成した1位獲得速度を上回り、たった24時間で全世界1位を達成し、10日以上キープしました。

 

 

これは、自動車や携帯電話、スポーツ選手の海外成功とは異なり、『Kドラマ』の人気が単に「先進国技術に追いついた」と言う単純な理由では無い事を物語ります。
何故なら、「文化コンテンツ」には思想が込められており、当然物質的充実も重要な要素として作用しますが、それよりも「普遍的な価値」が大きく作用するからです。

 

 

世界映画市場を長らくアメリカ・ハリウッドが席巻して来た理由は、アメリカの国力が最も強く、また裕福な国家で有るだけでは無く、『民主主義』『自由』『市民権』などハリウッドが伝播して来た「アメリカ的思想」が普遍的な価値として世界に受け入れられたせいだと言えます。

 

 

『Kドラマ』の躍進は、この伝統的な世界的な潮流に一種の風穴を開けたと言えます。
言い換えれば、「韓国がアメリカ・ヨーロッパに思想を輸出し」出して居る現象が起こり始めて居ると言えるのでは無いでしょうか?
 
では、新しく世界に向けて発信し出した『Kドラマ』はどんな要素で「主流アメリカ・ヨーロッパ人」の心を掴んだのでしょうか?
BTSの世界的成功が関連して居るのでしょうか?

 

 

西側メディアは『イカゲーム』の観客が必ずしもBTSなど韓国アイドルのファンでは無いと分析して居ます。
 
却って映画『パラサイト』が彼ら欧米の視聴者たちを『イカゲーム』に導いたかも知れないと分析して居ます。

 

 

ふたつを結ぶ接点は何でしょうか?
簡単な答えは「スリラージャンル」と言う共通点です。
しかし、必ずしも『Kドラマ』で無くてもスリラー物はすでにNetflixに溢れて居て、2021年に配信開始したNetflixオリジナルドラマの内、毎回1本以上がスリラー分類・スリラー要素のコンテンツです。
『イカゲーム』の日本版とも言える『今際の国のアリス』など、日本発のスリラードラマも多い事は皆さんご存知でしょう。

 

 

しかし、製作費を沢山つぎ込んで作った「スリラー物作品群」も大多数が世界Netflix視聴率10位圏に近づく事も出来ず忘れ去られて行ってます。
つまり、Kドラマの成功要因をただスリラージャンルのおかげだと断定する事は出来ないのです。
 
イギリスのメディア「レビューギーク(The Review Geek)」は『イカゲーム』の成功を、「アメリカ製作者たちがマンネリズムに陥った事により出来た空きスペースのおかげ」と報じました。
「アメリカメディアの代表と言えるディズニーは続編とリメイク、スーパーヒーロー物にのみ没頭している。」

 

 

何故なら、ハリウッド映画には固定ファンが多く、一定レベルの興行は保障されるからです。
 
しかし、私も以前には月に一度は観に行って居たハリウッド映画ですが、最近ではCG多様、結末も分かり切って居るなどワンパターンで、必ず観たいと思わせる映画が無くなって居て、いつしか遠ざかって居ます。
それよりも新鮮な「韓国映画」が数倍も魅力的です。

 

 

この様な渦中にNetflixが海外に目を向け、
❶「金持ちはますます裕福になって貧者はますます貧しくなる私たちの住む世界の現状」を上手に風刺した『イカゲーム』が、新たな刺激を望む観客の溜飲(りゅういん)を下げたと分析して居ます。

 

 

私もその意見に賛同で、他に
❷「予測可能な一般性と独創性の絶妙なバランス」
❸韓国コンテンツの重要なテーマ「人間化」、つまり事件では無しに人間を描く特性、
❹豊富な社会的なメッセージ、直説的な社会批判、具体的に言って「資本主義社会の矛盾」です。
❺ただ単なる「社会批判的」では有りません。
Kドラマのテーマは最終的に「豊かな人生」とは何ぞやと言う点です。
これは物資的欲望よりも精神的充実を欲求する世界的な希望、平等で平和な社会を求める志向を含蓄(がんちく)して居ると言えます。

 

 

以上、簡単に箇条書きした様に、一言で「Kドラマ・映画」に「人間性に対する普遍的哲学」が込められて居ると言う事です。
 
もっとも、Kドラマ熱風を主導したNetflixですが、最近、国内の一部の製作会社での「脱Netflix」の動きも出て居ます。
ドラマが世界的な興行に成功しても、知識財産権(IP)をNetflixが独占する為、製作会社日には成功報酬が与えられません。

 

 

『イカゲーム』大ヒットによる追加利益はNetflixが独占して居る事が「不平等」だと韓国で話題になりました。
 
最近チョン・ジヒョンが出演してキム・ウンヒ作家が台本を書いた、今年下半期最大期待作の呼び名も高いドラマ『智異山チリサン』はNetflixで見る事が出来ません。
製作会社エイストーリーは「チリサン智異山」の著作権をNetflixに売らず、代わりに中国のOTT会社とtvNにそれぞれ海外オンライン流通と国内放送権だけ別売りで売却し、製作費を回収しました。

 

 

ソン・ヘギョ主演の「今別れる途中です」を製作したサムファネットワークスもNetflixでは無く、シンガポールの会社と海外流通契約を結びました。
このブログでも記事にした歴史歪曲論議に包まれて居るドラマ「スノードロップ雪降花ソルガンファ」ディズニー+との契約です。

 

 

今後、制作費の負担と制作の自由を確保すると共に、如何に製作者の知的財産権を保護して彼らの制作意欲をフォローして行くか、与えられた課題は大きいです。
 
映画『パラサイト』の成功を一言で、「地域的でありながら普遍的な」作品だったので世界で通じたと言う評価が有名ですが、最近世界的な風に乗る「Kドラマ」の今後の活躍を見守りたいと思います。

 

 

 

 

<参考文献>
다 같은 한국산인데, 왜 K드라마는 먹히고 한류 드라마는 잠잠하지?
이야기 부실했던 한국 드라마는 어떻게 넷플릭스를 휩쓸었을까
전세계적인 한국드라마 인기의 비결
하루만에 세계 1위, ‘지옥’이 ‘오겜’ 제쳤다… K드라마 또 넷플릭스 신기록
왜 한국드라마에 열광하는가 
한류 드라마와 영화는 왜 인기가 있을까? 
넷플릭스는  K콘텐츠에 꽂혔나