中学。

私の通う学校はとても大人しい子が多い学校でした。その頃、母親はまた新しい父親を家に連れてきました。とても優しそうな方ですが仕事が多忙そうでした。母親は水商売をあがり今までとは打って変わって自宅にいるようになりました。


中学1年生、友達も作ってまじめに部活動も頑張った。ただ半年ぐらいしか持たず、学校へは通ったものの部活動はやめることを決めました。


当時世間はギャルブームで近所のコンビニでは毎月ギャルファッション雑誌を買い、あたしもいつかこんな風になりたいな。と憧れを抱くようになりました。

学校は大人しい子ばかりで気の会いそうな友人が見つからなかったので、私はインターネットで同じ趣味を持つ友達を探すことにしました。意外と色んな子がいるもんで同い年のギャルっぽい女の子の友達が増えるようになりました。隣駅の子だったり同じ県内で30分くらいかかる子に、私は少しは協調性がある方なのですぐに色んな子と仲良くなりました。


髪も黒から友達とブリーチして金髪に戻して化粧品は万引きが当たり前。パラ練とかしまくったりなけなしのお金で日サロに通ったり、駅前にたまったり、かっこつけたくてタバコ吸ってみたり、お祭りで騒いだり、ファストフード店で何時間もみんなでくだらない話をしてカラオケ行きまくって駅前でたむろしたり。お金はなかったけど毎日がとても楽しくて輝いていた。渋谷のいわゆるギャルサーにも入っていたのでみんなでセンター街でくっだらない話したり、昼イベ行ったり。毎日がキラキラしていた。ちょっとしたことでも楽しかった。


ただ、ひとつ。オシャレをするのにはやはりとてもお金がかかる。化粧品、洋服、日サロ、美容室。母からもらうお金だけじゃとてもまかないきれなかった。13歳の春、友達はみんな初体験を済ませていた。なんだか私の中で処女ってことがとても恥ずかしく感じた。だから早く捨てたかった。

お金も欲しかったし、私は初体験を援助交際で済ませた。とても後悔している。だってはじめての相手って今でも忘れられないから。

たしかに痛かったけど、セックスってこんなもんなんだ。ってゆうのが率直な感情でした。その日は母親の誕生日。なんだか援助交際をした罪悪感で合わせる顔がなかった。


そして中学も2年生へ