ドラマ「南城宴」
第3集 後編
<第3集 後編>
皇帝と小強子の醜聞は瞬く間に宮中に広まった。広めたのは、実は晏長昀である。
錯乱した小強子を気絶させて室内に運んだ晏長昀は、呉承と魏添驕を呼んでそれとなく太皇太后の耳に入るよう指示したのだ。
皇室の面子を重んじる太皇太后が知れば、きっと小強子を皇帝から遠ざけるはずだ。あとは千羽衛が小強子を引き取ればいい。皇帝は太皇太后には逆らえない。
晏長昀は目覚めた小強子を何も言わずに帰した。
晏長昀の読み通り、醜聞を知った太皇太后が蕭蘅を連れて御泉殿へ抗議に来た。
間の悪いことに、趙沅が火の粉の飛んだ小強子の目を見てやっている時だ。小強子は何度も誤解だと否定したが信じてもらえなかった。
「皇祖母、本当に無実なんです! 小強子を罰するなら、いっそ朕を罰してください!」
ひざまずいた趙沅が頭を床に付けて庇う。それが火に油を注いだのか、太皇太后は小強子の処刑を決めた。太監を呼び、白い絹で小強子の首を絞めるよう命じる。
「皇上、助けて…」
「小強子!!」
苦しさのあまり、ぎゅっと目を閉じる。次の瞬間、目を開けた小強子は素早い動きで四人の太監を倒していた。拂暁であった頃の条件反射だ。
そこへ晏長昀と呉承、魏添驕が飛び込んでくる。
「晏統領、この太監を斬り捨てなさい!」
「申し訳ありませんが、それは出来かねます」
晏長昀は小強子が彼の育てた精鋭の暗衛であること、そして機密を保持していることを話した。太皇太后が趙沅に確かめると、小強子を救いたい一心の彼はうなずいた。
「では皇上、この者の処分は?」
太皇太后から訊かれた趙沅は、彼女を晏長昀に託すしかなかった。
してやったりと晏長昀は心の中で笑う。
あんなに武術に長けているとは思わなかった。いったい私は何者なのだろう。そして、なぜ晏長昀は私を助けたのだろう。
答えの出ない疑問に、小強子はひとり中庭で頭を抱える。
「老大、あんな生っちょろいヤツを千羽衛に入れるつもりですか? 出自も分からないのに」
悩む小強子を遠目で眺める晏長昀に、魏添驕が訊く。
「おまえを受け入れたのだから、出来ないわけがない」
「私は老大に忠実ですよ。…けれども、彼は可哀想ですね」
記憶を失くしたうえに晏長昀にいじめられている。一人前の男でも耐えられないだろうに小強子は半人前の太監だ、と魏添驕は同情した。
その夜、趙沅はうなされたまま目を覚まさなかった。玉の汗を浮かべ、小強子を呼ぶ。蕭蘅が飲ませる薬湯も飲み下せなかった。
趙沅は、白い絹で首を絞められる小強子の夢を見ていた。助けたいのに体の自由が利かない。彼の体は操り人形と化していた。操っているのは蕭万礼、魏国公、太皇太后だ。
趙沅の脈を診る曲太医が、小強子を呼んだほうがいいと言う。いったん拒否したものの、蕭蘅は馮公公に呼びにやらせた。
千羽衛に入った格好の小強子は、晏長昀の棟で寝泊まりすることになった。晏長昀は寝台で、小強子は寝台のそばの床に布団を敷いて寝る。
「晏統領、今日は太皇太后に殺されかけ、明日は皇后に殺されるかもしれません。疫病神の私はそばにいないほうがよいのでは…」
「それなら余計に私の目の届くところに居ろ」
何を言っても無駄だ。
その時、馮公公が皇帝重病の急報を持ってきた。
蕭蘅から碗を受け取った小強子は、薬湯を匙ですくって趙沅の口元に運んだ。薬湯が口からあふれる。
試しに小強子は趙沅の耳元でささやいた。
「皇上、私は恨んでなんかいませんよ。知ってます、仕方なかったんですよね」
もう一度、薬湯をすくって口元へ持っていく。今度は飲み込んだ。
あとを蕭蘅に任せて、晏長昀は小強子を連れて御泉殿を出た。ふと立ち止まり、晏長昀は小さな瓶を彼女に渡した。
「名医が調合した解毒薬だ」
百日のうちに死に至ると言われた、あの毒の中和薬だ。小強子は心の中で舌を出しながら感謝して見せた。
「今後の解毒薬はおまえの行動次第だ」
今後の? ということは、このひと粒では毒が消えないんだ。
要らないなら飲むなと言われ、あわてて口の中に放り込む。
歩き出した晏長昀がまた立ち止った。
「…腹が立たないのか?」
「誰に?」
「殺されようとするのに、助けなかっただろう?」
趙沅のことを言っているのだ。小強子は自分の運命を他人に託すつもりはないから、助けられなくても腹が立つことはないと答える。しかも趙沅は皇帝で、友人もいなければ自由もない。小強子を助ける自由が彼にはないのだ。
「助命を期待しなかったのか?」
「しましたよ。でも、無理に助けてもらおうとは思いません」
「そうか、他人の手に運命は預けない、か」
「そうですよ」
小強子は軽い口調で相槌を打った。
晏長昀が寝入ったら逃げよう。
寝台の晏長昀の様子を窺った小強子は、そっと起き出して扉に近づいた。
「どこへ行く?」
真後ろに晏長昀が立っていた。
逃げられないなら、例の解毒薬を奪おう。
今度は寝ている晏長昀の布団を剥ぎ、体中をまさぐる。懐へ手を入れたところで、晏長昀が動いた。小強子の手が懐に入ったまま腕を組み、目を開ける。彼は眠っていなかったのだ。
無理やり手を引き抜いた小強子は、曖昧な笑みを浮かべた。
「いい大人が布団を蹴っちゃダメですよ。風邪をひいてしまいます」
小強子はあわてて自分の布団に戻った。
<第4集前編に続く>