アメリカ独立宣言に All men are created equal とあるようにすべての人間は平等に作られています。

ですが、言葉は平等に作られていないと私は思います。


言葉によって持つ重みも違います。

また、同じ言葉・内容でも誰が発するかによって心に響くかどうかがまったく違ってきます。


私は、とても素晴らしい友達や家族がいると思いますが、私の意見は彼らにまったく響かないことが多いです。

でも、私の同じ言葉が私とまったくかかわりのない人に響くことがあります。


そして、逆に、とても身近な存在の人に言われたことが私にはまったく響かないのに、まったくかかわりのない人の言葉が響くことがあります。


例を挙げます。


私がどれだけタバコをやめろと言ってもやめない人が「禁煙セラピー」という本を読んでコロッとやめた。

「あなたは素晴らしい。自信を持っていいよ」と友達に言われても、「彼女は友達だからそう言っているだけだ」と思ってしまうのに、どこかのセミナーで同じようなことを聞いて「本当だ」とあっさり納得する。


他にもこんな例も。

(アメリカに住んでいる人なら「あるある」と思われる例だと思います)

外国人の友達や彼氏に、お互いの言語を教えあう約束をして、最初だけうまくいったけど、だんだん、なあなあになってきた。

それなのに、お金を払って赤の他人からレッスンを受けると、ちゃんとその外国語を習うことができた。

など。



もちろん、常にそうであるというわけではありません。


ですが、こういう現象がよくあります。

これはなぜなのでしょうか。



それは、身近な人は、もちろん大切な人たちですが、身近な人であればあるほど、

心の中にあるフィルターが厚くなるからです。



そしてそのフィルターは、その人に対する「期待」やその人そのものに対する「ジャッジメント」で構成されています。



「この人なら(怠け者の自分を)理解してくれる」

「自分だって○○なのに、どうして私のことばっかり批判するのか」

「どうして、こんなかわいそうな私を分かってくれないのか」

など。




だからあなたの潜在意識の中にある考えと相反することを、大切な人から言われるとフィルターに跳ね返されて受け取れないことが多くあります。

どんなにその大切な人が「こうしたら?」という建設的なことを言っていたとしても、あなたの心の奥底の考えとは違うため、あなたが否定的にとってしまうかもしれません。

そして、友達があなたの意見と同じことを言ってくれると心には入ってくるかもしれませんが、たいして響かず、あなたが変わることができないかもしれません。

(もちろん、そういうのが必要なときもあります。話を聞いてもらってすっきりしたい時など。)



もう一度書きますがすべてのケースでそう、と言っているわけではありません。


ただ、メッセージを誰から受け取るかによって心に響くかどうかが変わる、というお話でした。



 

 
 
 

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