トックはどんな芸術家か | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

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 詩人トックは自由恋愛家であり特定の細君を持たず、いかにも気楽そうに暮らしている。トックによれば当たり前の河童の生活ぐらい莫迦げているものはない。「親子夫婦兄弟などというのはことごとく互いに苦しめ合うことを唯一の楽しみにして暮らしている」のであり、特に家族制度はひどく、「まだ年の若い河童が一匹、両親らしい河童をはじめ、七八匹の雌雄の河童を頸のまわりへぶら下げながら、息も絶え絶えに歩いてい」る姿が典型である。トックは「百人の凡人のために甘んじてひとりの天才を犠牲にすること」を否定する超人(河童)主義者である。さらに、トックは芸術の上にも「独特な考え」を持っており、「芸術は何ものの支配をも受けない、芸術のための芸術である、従って芸術家たるものは何よりも先に善悪を絶した超人でなければならぬ」とする。

 しかし、そんなトックも、「夫婦らしい雌雄の河童が二匹、三匹の子どもの河童といっしょに晩餐のテエブルに向かっている」ような家族の団欒の姿を見てため息をつく。「僕は超人的恋愛家だと思っているがね、ああいう家庭の容子を見ると、やはりうらやましさを感じるんだよ。」と、矛盾した感情を抱かざるを得ない。


  けれどもトックは月明りの下にじっと腕を組んだまま、あの小さい窓の向こうを、――平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを見守っていました。それからしばらくしてこう答えました。
「あすこにある玉子焼きはなんと言っても、恋愛などよりも衛生的だからね。」


そしてトックは遂に自殺してしまう。彼は辞世の句を残すが、ゲエテの『ミニヨンの歌』の剽窃である。


「我々河童はなんと言っても、河童の生活をまっとうするためには、……」
「とにかく我々河童以外の何ものかの力を信ずることですね。」

トックの死を受け、河童たちは自殺を免れる道について、このように答える。


その後トックは幽霊となって化けて出る。「心霊学協会」は降霊術によってトックの心霊と問答をする。
死後の名声のために幽霊に出た。死後もなお名声を欲しないではいられない。心霊生活は生前の生活と変わるところがなく、心霊的生活に倦んだら「自活」によって生き返るだろうという。心霊世界にも諸宗教があり娑婆苦は変わらない。同棲していた女友だちが別の河童と結婚し、子供が国立孤児院に入ったと聞かされしばらく沈黙する…。