「おれに何の罪があるか? おれは彼等よりも強かつた。が、強かつた事は罪ではない。罪は寧ろ彼等にある。嫉妬心の深い、陰険な、男らしくもない彼等にある。」
変心、棄教、転向
勿論彼が背盟の徒のために惜んだのは、単に会話の方向を転じたかったためばかりではない、彼としては、実際彼等の変心を遺憾とも不快とも思っていた。が、彼はそれらの不忠の侍をも、憐みこそすれ、憎いとは思っていない。人情の向背も、世故の転変も、つぶさに味って来た彼の眼から見れば、彼等の変心の多くは、自然すぎるほど自然であった。もし真率と云う語が許されるとすれば、気の毒なくらい真率であった。従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の態度を改めなかった。まして、復讐の事の成った今になって見れば、彼等に与う可きものは、ただ憫笑が残っているだけである。それを世間は、殺しても猶飽き足らないように、思っているらしい。何故我々を忠義の士とするためには、彼等を人畜生としなければならないのであろう。我々と彼等との差は、存外大きなものではない。――江戸の町人に与えた妙な影響を、前に快からず思った内蔵助は、それとは稍ちがった意味で、今度は背盟の徒が蒙った影響を、伝右衛門によって代表された、天下の公論の中に看取した。彼が苦い顔をしたのも、決して偶然ではない。
放埒
如何に彼は、この記憶の中に出没するあらゆる放埓の生活を、思い切って受用した事であろう。そうしてまた、如何に彼は、その放埓の生活の中に、復讐の挙を全然忘却した駘蕩たる瞬間を、味った事であろう。彼は己を欺いて、この事実を否定するには、余りに正直な人間であった。勿論この事実が不道徳なものだなどと云う事も、人間性に明な彼にとって、夢想さえ出来ない所である。従って、彼の放埓のすべてを、彼の忠義を尽す手段として激賞されるのは、不快であると共に、うしろめたい。
このかすかな梅の匂につれて、冴さえ返る心の底へしみ透って来る寂しさは、この云いようのない寂しさは、一体どこから来るのであろう。――内蔵助は、青空に象嵌をしたような、堅く冷たい花を仰ぎながら、いつまでもじっと彳んでいた。
佇立、梅花
盗人
羅生門、偸盗、報恩記、鼠小僧次郎吉
永遠に超えんとするもの
ジャアナリズム?
野人生
出来上がった人
今昔物語鑑賞
点心
犀星、漱石、芭蕉、キリスト
狂人
自己解放、反逆の精神
謀反論
ピカレスク・ロマン
本是山中人
義仲論、羅生門、忠義、素戔鳴尊、将軍、河童、芸術その他
老いたる素戔嗚尊
交野平六
太郎と次郎
女
沙金
開化の良人、開化の殺人、袈裟と盛遠、疑惑、邪宗門
身体
面皰・手・足
疱瘡
老婆
猿・鴉・蟇
妖婆、奇妙な再会、妙な話、アグニの神、運
濡れる身体
芋粥、鼻、戯作三昧、河童
水死体幻想
沼、蜃気楼、尾生の信、大導寺信輔の半生、奇怪な再会、ひょっとこ、妖婆
狂気
分身
ドッペルゲンガー
二つの手紙、影、歯車、未定稿「凶」、西郷隆盛
路上
或阿呆の一生
幻覚、不安
蜃気楼、近頃の幽霊
病、老い
玄鶴山房、病床雑記、病中雑記
老狂人、老年、一塊の土、母、黒衣聖母