それは善いことだったのでしょうか。私にはよく分りませんでした。
そのときの私にはもう、そのような難しいことを考える力は残されて
いなかったのです。
私はふいに、鈍い頭痛と意識の混濁に突き飛ばされ、白く濁る世界を
転がして、空を仰ぎます。
日が地平線に覆われるかどうかという、一拍の間隙に時が転げ落ちた
ところでした。群青色をした天幕に、青白い雲が縁取りを施します。
雲の境界は飴のように融けだして私の眼の濁りと混じりあい、ゆるやかに
連なっています。
私はどこからが私の眼の水晶で、どこからがはるかに高い雲の始まり
なのか、判別することができませんでした。私は遥かな空の底にいて、
大地に肢体を投げ出しているのだというよりも、むしろ背に大地を負い
ながらあの微小な光が明滅するなめらかなビロードの海に吸い込まれて
いるように感じました。
ああ、そうか、と私は思いました。私は、遅れてしまったのか、彼らはとうに
立ち去った後なのだとわかりました。いや、すでに間に合わないというのは
何か勘違いをしているのかもしれない。けれども、何か後ろめたいような、
すまない、という気持ちが湧いて来るのを止めることが出来ないのでした。
辺りはやがて暗さを増していき、突き刺すような冷気が身体に浸潤します。
私は今度は、それは善いことだったのだ、と判然と感じました。
それは理解を拒むものでした。そして、私には余りにも重いものでした。
けれども、今や私は、目の前のこの深い群青と紫の艶やかなる意匠に、
全く心を奪われて呆然と眺めているだけでした。
ああ、なんという僥倖だろうか!
私にはとてもこのような恩恵に対して返礼を尽くすことができないかも
しれない。しかし、それでも、ただつたない言葉で、何とかこの淡い、
しかし打ち震え、何者をも引き止める強い光に、向き合ってみたいと
思いました。
私は、使い古されたみすぼらしい糸で以って、何か不思議なことを
語り始めました。