海・仮面・ブタの頭 | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで


信じてもらうために僕たちがしなければならないのは、

まず相手を信じることだ。


全き異質な他者としての君と僕との間には、交渉に先立って

大上段の「礼節」や「道徳」などといった都合のいい言い訳は

存在しない。

僕たちは議論の席にそれぞれの信仰を持ち込むことはしない。

それだけが僕たちにとってのディセンシーだ。


さて、しかし僕が君と交渉をしようと思い立つためには、

何らかの動機、すなわち信仰が必要だ。

だから僕はここで動機と発言内容を切り離すというトリッキーな

操作を加える。

僕は不純な動機、僕の汚れきった欲望を以って、

君との交渉に臨む。


でも、僕は交渉の場には、パリッと糊の効いた白いシャツと、

落ち着いた色合いのネクタイを締めていく。

僕たちは、人間の魂やこの美しい世界や、天上のこと共について、

冷え切ったビジネスタームで語る。


僕たちは腐って崩れ落ちたどろどろの身体と、両の目を抉られた

ハエのたかるブタの頭を持つ。


しかし交渉の場面において、僕たちは時間や空間をパスして、

全てが0と1で構成された無味無臭の、潔癖なガラスの部屋に、

直接アクセスする。


舞台へと、いくらでも代替可能な、のっぺりとした仮面をつけて、

進み出る。


この、打ち捨てられた「舞台」というものは、一切の価値を持たない。

しかし、そうであるからこそ、僕たちの交渉の場にふさわしい。

ここは、純粋な政治の空間だ。

ここに情緒を持ち込む者、この空間を汚す者には厳しい鉄槌が下される。

なぜならばこの部屋は、あらゆる者に対して有効な、絶対的な他者性を

帯びるから。


この空間は、誰も得をしないから、誰にも求められないから、フェアなのだ。


僕たちにとっての正義というものは、非常にシンプルだ。

正義とは、何ものにも染まらない中立的なもの、あの自信に満ちた高慢な

人々の誰もが語りえないもの。しかし、不断に問われ、語ろうと試み続け

られるもの。


この部屋には、啓蒙されつくした意味の大地から追放された神々や、

悪魔さえもが巣食っている。

しかし、この部屋にいる者は皆一様に例ののっぺりとした仮面を

つけていて、誰がそういう存在なのか、誰にも言い当てることができない。

もしかすると、本当はこの僕こそがそういった忌々しい存在であるのかも

しれないけれど、それは僕にもわからない。


この対話=ゲームの参加者は皆、信仰=暴力を持たない。

だから、一度だけならば、君という裏切り者がここに暴力を持ち込んで、

他の演者を殴り飛ばすことは可能だ。それは誰にも防げない。

しかし、次の瞬間、このガラスの部屋は砕け散り、そこから、腐った

ブタの頭を媒介した悪魔が漏れ出てくる。


今度こそ、「現実的な交渉」が要請される。

悪魔は、あるいは神は、信仰の光を振りかざす。光の柱が無数に乱立し、

悪魔達の宴が始まる。

義しき信仰は個別的な、ある時間、ある空間、ある存在へと向う。


君は、この結末を甘受しなくてはならない。

なぜならば、枝分かれを選んだのが、他でもなく、君だからだ。

紳士達は、君のコミットする礼儀を学んだだけだ。

君の立場に寄って立ち、君の理路をなぞって、君の信仰を讃えて。


* * *


さて、僕もまた、この「微睡みから覚めた微睡み」、絶対的孤絶、

暗い夜の<海>にアクセスしよう。


僕もこの部屋の、一人のゲストを演じる。

僕を現すアヴァターは不変だ。だが、一方で僕は旅を続ける。

僕の輪郭はぐつぐつと煮え立って、流転していく。

僕は鳥の目の、移り行く色に過ぎない。


君はどうする?

君も、考えてみるか?