hyoroは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の女店主を除かなければ
ならぬと決意した。
駅の近くにいわゆるセレクトショップみたいなのがある。
そのショーウインドウには下手な毛筆で書かれた張り紙があった。
「このお店は男子禁制です。」
アホかっ!いまどき!
ロハスで森ガール的でキャッキャッウフフでこの野郎!!
いい歳してお前らは女子中学生か!
刹那、僕は両の拳をお友達パンチに握り、が、
それを揮うことはなしに、ショーウインドウに向って、
全力で頭突きを繰り出した。
勇気も過ぎれば蛮勇である。
しかし、オプティミストたるhyoroにそんな忠告が意味を
成すわけはない。
やはり、ショーウインドウは飴硝子であった。
女店主は、粉々に砕け散る硝子が日の光を乱反射させる
淡い光の中に、きまぐれ正義の味方の友達の友達、
hyoroの姿を、そこに見た。
と、だいたいそのような妄想をひとしきりめぐらせた後、
僕は、道行く人々がその優美さに驚き口をぽかんと開けたほどに
雅な仕草でドアを開いた。
「お客様。ショーウインドウの張り紙はご覧になられやがりません
でしたのでしょうかこの野郎。ここには私の達筆で「オトコノコはめっ」
と書いてあったはずなのですけれど。」女店主は不思議な口調で
hyoroを問い詰めた。
「いくらなんでもそんなラノベ的言い回しはあんまりでしょう。店主よ、
僕にはこの店に入る正当な理由があるのです。」とhyoroは悪びれずに
答えた。
「ばかな。」女店主は、意外と凛とした声で笑った。
「とんでもない嘘を吐きますのね。」
僕はこの路線に既に飽き始め、なんて面倒なものを選んでしまったかと
若干後悔しつつ(なぜって別に走らないんだもの)、演説を一席打つ
必要があると判断した。
* * *
こんにちは。僕は今日、一人の証言者として、つまり、かの張り紙の
違法性について立証する抗議者という立場でここに来ました。
実のところを言うと、僕は熟慮することなく、ここでお話をすることを
決めました。
僕は単純で、嘘つきな人間です。しかし、ここで僕がお話しするのは、
単純ではありますが、僕が深く考えたこと、そうしてなるだけ正直に
なってするものであることを約束します。
動機と発言内容とは独立したものであり、また今日のこの話が我々双方に
とって非常に意義深いものであることを信じるからです。
ここでお話しすることがとても個人的なメッセージであることを
お許しください。それが、僕にできるあなた方に対する最大の敬意の
表明であるからです。
僕が言いたいことは、こういうことです。
「僕に、誰であるか訊ねないでもらいたい」ということです。
僕は「同じ人間であり続けなければならない」などという道徳から、
自由でありたいのです。
そんなものは犬も食べませんし、なによりもまず「かわいく」、ない。
僕が本当に言いたいのはそれで全部で、後はちょっとした「付け足し」
にすぎません。
* * *
僕は、生物学的身体は男性ですが、ジェンダーアイデンティティは
女性です。セクシャルはホモですから、女性を愛します。
しかも、自分で言うのも何ですけど、ごりごりのセクシストで、
セパレーティズムにも同調する部分があります。
男性性は、人類学的に言って、価値がありません。
例えば…そうですね。某マンガで、
「ジョニーチョンギルゾ!ジョニーチョンギルゾ!」
ってのがあって、お腹がよじれました。
あ、でも、それは僕の内なる暴力性が表れ出たというよりも、
そのあとのセリフである「変なこと言わすなっ」の方に笑ったのかも
しれませんが。
しかし一方で、やはりいくらかミソジニーの気もあるのかもしれません。
僕は中高一貫の男子校出身です。セパレーティストにはあまりにも
耐え難い環境です。それはある意味で、僕の暗黒時代と呼ぶべきかも
しれません。つまり、乙女的に言って、ということです。
男子校というのは、その定義からして、女性のいない共同体を意味します。
その構成要素たる哀れなジョニーたちは、奴隷道徳から「自分達だけで
やっていく状況」を善いもの、とおきます。
そこでは、女性は和を乱す存在以上のものではなく、純粋に悪いもの、
間違ったもの、劣ったものと考えられます。
また、それは必ずしも意識化された装置ではなく、生徒の意識の深層、
生活態度の隅々まで、浸透しているものなのです。
したがって、男子校出身者というのは、その来歴から言って、言動の
端々に現れる生活態度から、実害を伴うミソジニーであると言えます。
それはある種、僕も背負っている原罪です。
セクシャルマジョリティならば、それでもまだ所有的性愛への道や、
あるいは克服の可能性が残っています。
では、僕のような(自称)ジェンダーアイデンティティが女性の、
ホモセクシャルはどうでしょうか。
八方塞のようですが、それは愛のアンビヴァレンスに回収されるような
気もします。
* * *
あ、ところで、僕は(自称)女の子なので、一人称が「僕」である以上は
演繹的に言って「ボクっ娘」ですよね。良かったですね。
あれ、どこまで話しましたっけ。わかんなくなっちゃいました。
今の「ボクっ娘」で僕の気まぐれ正義感が立ち消えちゃいましたね。
ちょっとどうでも良くなってきたんですが、とりあえず結論だけ
言ってしまうと、人間は外側からの観察ではその人がどういう人か、
なんてわかりっこないんです。
つまり、あなたは僕が男なのか女なのかさえ、言うことができない。
しかし、かといって、それは当の僕にも、わからないんです。
だいたいは、わかる。僕は男です。
でも、本当はどうか、なんてわからない。
僕にわかる唯一の確かなことは、「僕には~というように思われること」
の確かさだけです。
そのことは、「僕」なるものの確かさを保証しません。
「僕」なるものは、そこで語られてしまったことの内から、
「発見」されるのです。
つまり、得体の知れない、前「僕」がどのように振舞ったか、
それだけが判断材料たる状況となるのです。
* * *
ここまで来ると、もうお分かりだとは思いますが、
画竜点睛とも言います、蛇の足を全部描いてしまいましょう。
「この店は男子禁制です」という張り紙は、おそらく、
あなたが思うような効果をもたらさないでしょう。
それどころか、あなたの無知蒙昧と不寛容さ、などなどの
およそ本来的なノーブレスからは遠ざかったあーんなことや
こーんなことの証になっています。
僕は・この店に・入れます。
その理由の一つは、僕が女であるから。
あなたにはそれを否定することができません。
なぜならば、それを否定することは、当のあなたが、
「女」店主であるということの根拠を同時に突き崩してしまうからです。
あなたは・男だ。
最後に、ひとつ、友人としてあなたに忠告しておきます。
「自転車は、法的には横断歩道を渡れません。」
* * *
僕は大満足だった。
女でない店主は口をあんぐりと開けて硬直していた。
僕は彼/彼女がいくらか気の毒になったので、
止めを刺してあげることにした。
「萌え萌えきゅんっ☆」
今度は本当にショーウインドウが粉々になった。
僕は窓枠をまたいで、そこから外に出て行った。
FIN