「諸君は何にもしやしない!!!」
激昂して、彼は手元にあったコップの中身を聴衆にぶちまけた。
僕は突然びしょ濡れになったものだから、驚いて立ち上がる。
臭いをかいで唖然とする。
これは・・・水じゃない、酒じゃないか!!
なんだこいつは!講演中に酒を呑んでるのか
僕は頭がくらくらする中、なんとか講壇の方を睨み付ける。
僕はいつから最前列にいるのか。
入ったときは中段あたりの席についたはずだったが。
ここまで引きずり落とされたのか。
僕はここに何もこいつの話を静聴するために来たわけ
じゃない。ここにいる奴らはみな野次る為に来たのだ。
僕は何か言い返してやろうと身構える。
講演は続く。
「綺麗なことばかり抜かして自分は澄まして
遠くで笑っているばかりじゃないか!
服が汚れることが嫌だ、汗を流すなんて下らない、
労働は今や人間がやることじゃない・・・そんなことばかり
言っていて何もしない!なんにも考えない!
今の世の中は腐っているだの、お上が悪いだの
政治がなんだとか・・・じゃあどうするのかと聞けば何もない。」
「今、お前が、壊そうとしている目の前のモンはなんだ!?」
「なぜ壊すのか、何を壊すのか。壊すものの名前さえ知らないと
いうのは無責任甚だしいことだ」
「考えろ!」
僕は何も返せない。
「考えろ!」
これは何だろう。
「考えろ!!!」
これはもう、とてもじゃないが他人事ではすまない。
そう思った。
このままじゃあ潰されてしまう。
向こうから歩いて来たのは、何だこりゃあ、
もう何か大きな化け物みたいである。
とんでもない津波が僕に圧し掛かる。
全身がバラバラになりそうな重圧が
正に今僕に乗っている。
筋肉が裂け、背骨が軋み酷い音を立てる。
ミシミシミシミシ・・・!!
これが迎えるということか。
何かわかった、いや何にもまだわからない。
口の中のどこかが切れて血の味が広がる。
汗だくで泥まみれで草いきれで咽る。
わからない・・・くるしい
わからない・・・くるしい
わからない・・・くるしい・・・
何だろうかなぜだろうかどういうことだろう
どこだろうかいつだろうか誰だろうか?
僕はしんどくて潰れそうになる。
しかしとりあえずもう少しは耐えようか
一つだけ確かなことがいえる、と思う。
これは、なかなか大変だ、ということだ。