清水です。

 

 

土木遺産好き、歴史好きからすると「何を今さら」という有名スポットかもしれませんが…

今回、私が潜入したのが、神戸市兵庫区の湊川隧道

↑ずいどう、と読みます。

 

 湊川隧道(ずいどう)ツアーに参加♪日本初の河川トンネルと神戸の台所を歩く 

 

 

簡単に言うと、湊川隧道とは…

川の流れを大きく変え、その川の水を通すのに山の下に掘られたトンネルのことです。

 

作られたのが1897年(明治30年)で、河川トンネルとしての役割を終えたのが、2000年。

湊川隧道はレンガのトンネルでしたが、今はコンクリートの新トンネルにバトンタッチし、「新湊川トンネル」が湊川の水を流しています。

 

新湊川トンネル↓

(神戸市立神港橘高校の近く)

 

 

万博のフィールドパビリオンの認定プログラムに、「湊川隧道部」という湊川隧道を愛する部が実施するガイドツアーのプログラムが追加されましたので、この度参加させてもらいました!

 

 

 

隧道部のお二人は、ユニフォームだというお揃いのハッピを着て。

実は、湊川隧道の工事を施工した「大倉組」=現在の大成建設が当時着用していたハッピをモチーフにされたそうです。

大成建設って、歴史が古いんですね。

 

 

いざ、湊川隧道に入ると、けっこう水が滴っています。

「あ”!カメラ大丈夫か!?!?」

と、何回か心配になりました。

 

水が天上から滴るのも、ここが山(現在は公園や道路)の地下だから。

降った雨が、地中に浸透し、湊川隧道内にポタポタと落ちるそうです。

 

この隧道内の廃墟感は、味わうがよし…。

 

 

ということで、あえて今は、空気感をお伝えするのは止めまして。

 

 

さて、隧道工事には、当時の知恵がごっそり詰まっています。

 

 

 

私が触っているあたりのレンガは【短い】のと【長い】のが交互に積まれていますが、これは「イギリス積み」というそう。
 
ちなみに、短いレンガと長いレンガ2種があるわけではなく、レンガの長辺と短辺をジェンガみたいに方向を変えて組んでいるそうです。
知らなんだ~!
 
側壁は、このイギリス積みで、天上のアーチ部分はまた異なる積み方で作られたとのこと。
 
山の斜面を掘り→水を流してもビクともしないよう底辺部分(インバート部)に石のブロックを詰め→400万個以上のレンガを積む
 
 
「機械がない時代に、こういった作業を全部人の手で行っていたんですよ!!」
 
と熱量たっぷりにお話される、隧道部部長の前畑さんです。
 
 
 
その前畑部長と、西島副部長にご案内いただいて、隧道の次に訪れたのが…
 
(写真真ん中が、前畑部長、右が西島さん)
 
い、市場!?!?
 
はい、湊川のマルシン市場といいます。
 
このマルシン市場、“いいもの揃い”ということで
原とうふ店のボイル豆(茹で大豆)
 
 
まず驚いたのが、大きさ。
こんなに大きな大豆があるだろうかというほど。
北海道の「鶴の子大豆」の等級のいいのんを使っておられるそうです。
 
そして、もっと驚くべきは、お店の控えめ具合。
それだけ希少な材料を使っておられるのに、ぱっと見、そうは分からない…。
一部のヤマダストアーでも原とうふ店の商品の取り扱いがあるそうです。
 
 
湊川に商店街はいくつかあり、さまざまな商店が集まっていることから、ここらは「神戸の台所」と呼ばれるほど。
 
 
私の印象ですが、生鮮食品が多く「商店街」というより「市場」みたいな雰囲気。
「どこどこ産いちご」「生タコ」
仕事を忘れるほど、見ているのが楽しいです。
 
 
動画の中でも、西島さんが解説してくださっていますが…
湊川が川の流れを変えて平地になった場所は、
北側の湊川は→市場として、南側の新開地は→一大歓楽街として発展しました。
 
 
隧道ができる前の神戸は、旧湊川がまちを東西に分断し、川はしょっちゅう氾濫。
 
こちらの本によると、湊川は壁のような高さの堤防だったため、荷台などがあれば橋を渡るのも一苦労…。
荷揚げという表現が正しいかは分かりませんが、湊川には坂道で荷物を運ぶ専用の仕事があったほどだといいます。
 

 
 

120年以上昔に、「いっそのこと川を付け替えよう」と決意した人たちの奮闘が書かれていて、まるでプロジェクトX。

 

「その人たちが今の神戸を見たら、どう思うかな」

としみじみ思うのでした。

 

 

 湊川隧道(ずいどう)ツアーに参加♪日本初の河川トンネルと神戸の台所を歩く 

 

ということで、激動の明治と神戸の変遷がつまった動画を

ぜひぜひご覧ください♪

 

 

兵庫県広報専門員