最後の夕日が沈む時 | 手のひらの中のアジア
April 05, 2006

最後の夕日が沈む時

テーマ:(10)ミャンマー

ミャンマー バガン 最後の夕日が沈む時


突然の体調悪化に、3日の回復期間を要した。

バガンの大地に降り始めた雨は、まるで僕の体に呼応するようにしてやはり3日間、降ったりやんだりを繰り返し、僕の回復とともにその翌日、嘘のように晴れあがった。


僕らに残された時間はあとわずか。


無駄に失ってしまった時間を取り戻すかのように、僕らはニューバガンやまだ見ていないパゴダを訪れようと夢中で自転車を走らせた。


メイッティーラから始まった僕とニンの旅は、明日で終わろうとしている。


バガンの大地に沈む夕日、それも今日で最後。


何度も見てきた同じ夕日なのに、それが最後と思うと、「最後の夕日」はこれまでのどの夕日よりも大切なもののように思えた。


夕暮れ時も間近の頃合い、僕らは最後の場所、ダマヤンヂーパゴダへ向けて走っていた。


だいぶ奥地にあるその場所までは、なかなかすんなりと辿りつけず何度も地図を見直した。夕日が沈むまでにそう長い時間はない。


地図を見ながら立ち止まっていた僕らの傍を、作物を積んだ荷車を引く爺さんが通りかかった。


爺さんは僕らに話しかけてきた。


「どこへ行くんだ」


「ダマヤンヂー!!」


彼女がそう答えた。


爺さんは彼女に向かって事細かな説明を始め、それが終わるとまた重そうな荷車を引いて歩き出した。


「場所、わかった?」


と僕が聞くと彼女は少しの間黙って、それから1人呟いた。


「ピャッタダパゴダ・・・」


「なに・・?」


早くしないと日が暮れてしまうことが心配だった僕は、半ば強引に自転車を走らせようとしたけれど、その時彼女が何かを思い出したように叫んだ。


「そうだ!!ピャッタダパゴダ!!」


「ピャッタダ・・?」


聞いたこともない名前だ。さっきの爺さんがピャッタダパゴダから見る夕日が綺麗だと教えてくれたらしい。さらに彼女は続けた。


「私、知ってる!!食堂のママが最後にピャッタダパゴダに行くといいって言ってたのを忘れてた!!」


興奮気味にそう言った彼女。しかし地図で場所を見ると、まるで真逆の方角である上に、今からでは夕日に間に合うかどうかもわからない。


「間に合わないよ・・」


と顔を曇らせた僕に、彼女はいつになく大声で言い返した。


「間に合うよっ!!」


僕は一瞬驚いた。


でもその強く言いきった一言には「大丈夫だよ!!」ではなく、「間に合わせてよっ!!」という気持ちが込められていた気がして、僕は心臓をぎゅっと掴まれたように心を突き動かされたのだった。


それに、偶然にも通りかかったあの爺さんが「ピャッタダパゴダ」の名を口にして、それによって彼女が忘れていたことを思い出した、そのことには大きな意味があるような気がしてならなかったのだ。


「わかった・・行こう!!」


僕はそう言って再び彼女を後ろに乗せ、薄暗くなり始めたバガンの大地を走り始めた。


最後の夕日を見届けずして、この数日間の旅を終えることなんてできない。


無尽に生えたヤシの茂みを縫うようにして続く砂道に車輪の足を取られながらも、かろうじて残る轍を頼りに、僕は出しうる限りの力を込めて自転車をこぎ続けた。


左に大きく弧を描くカーブを曲がるとしばらくしてピャッタダパゴダが見えた。自転車を飛び降り、傍にあった垣根に立てかけた僕は、近くにいたおじさんに向かって叫ぶように言った。


「自転車、みといてっ!!」


テラスに続く暗い階段を、全速力でかけ上がる。


少し先に光が見え、やがて360度視界のひらけた見晴台に僕らは辿りついた。


夕日は沈んでしまったか・・いや、まだだ。


「間に合った・・」


息を切らせて膝に手をあてる僕らのずっと向こうで、真っ赤な太陽は、まだくっきりとその姿を残していた。


2人で大きく深呼吸をして息を整えた。


夕さりつ方、青い光は散乱され、波長の長い赤や黄色の光が透過し、太陽は地平線に近い空を紅色に染めてゆく。鮮やかな白や赤茶けた肌、そしてそれぞれに麗しき装飾を施されていた無数のパゴダは、目の前に広がる大地の中で黒い影だけを浮かび上がらせる。夕雲はゆっくりと西の方角へながれていた。


僕はあらためて息を飲む。


ただじっと黙ったまま遥か遠くを見つめる彼女。


止まったように感じていたバガンの世界、それでも時は刻んでいた。


誰もそれを止めることはできない。


僕らは明日、それぞれの道を歩き始めるのだ。


最後の夕日が沈む時。


僕はそっとカメラを構える。


彼女とその向こうに沈む夕日、ファインダー越しに見る僕だけの世界。


彼女が一瞬振り返って、微笑んだ。


セピアの影に包まれて、今その瞬間は、まるで「永遠」のようだった。



12/12

hylifeさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス