チェンマイからランパーンヘ | 手のひらの中のアジア

チェンマイからランパーンヘ

らんぱんへ

久々に荷物を積み込んだ自転車に乗って走り始めた。


だいぶ落ちた体力では相当辛いだろうなと思っていたけれど、道が平らななおかげもあり、チェンマイから30キロ弱ほどのところにあるランプーンの町には、それほど苦せずしてたどり着いた。


売店に立ち寄り一服する。瓶詰めのコーラを買って飲みながら、店のお姉さんに道を尋ねていると、彼女が僕に訊ねた。


「ハリプンチャイには行ってきたの」


行っていない、と答えると、彼女は僕が今通ってきた道の方を指差した。「すぐ近くよ」


彼女が言うハリプンチャイとは、この町の一番の見どころといってもいいワット・プラタート・ハリプンチャイのことだ。


この町自体をこの日の休憩地点としか考えていなかった僕にとって、むしろこの小さな売店こそが目的地のようなものだったので、ハリプンチャイという名前以外のことは何も頭に入っていなかった。


僕はちょっと考えた。


本来であれば久々の走り出しの日、がむしゃらに突っ走ることしか考えないのだが、ふと思ったのだ。


それは売店の彼女の言葉によるところもあった。


「私たちの住むランプーンの町は見ていってくれないの」


実際にそう言われたわけではないけれど、彼女はハリプンチャイの話や、あそこには何があってここには何があって、というようなことをいろいろと説明してくれる。その姿を見ていたら、ここをコーラ一本飲んで後は素通りしてしまうのがもったいなく思えてきたのだ。


そもそもこうして田舎町の小さな店先で何気ない会話をして、気分によって自分の好きなように寄り道できることが自転車に乗って旅をする僕の特権でもある。


そんな初歩的な楽しみ方さえ、僕はチェンマイでの一ヶ月で忘れていた。久々に寄り道の楽しさを思いだした僕は、すぐに出発するのを思いとどまり、ハリプンチャイだけでも見てからこの町を出ることにした。


町の歴史やワットについてどうのこうのということは、今の僕には正直それほど興味のわくところではなかったが、「寄り道」の醍醐味が、ワットやそこで修行する僧侶たちなど見るものすべてを楽しくさせた。


1時間ほど歩いた後、再び売店に戻って先の彼女に感謝を告げ、僕は再び走り出した。


昼食や午後の休憩の時にも行く先々で時間をとっていたら、どんどん時間は遅くなり、目的地のランパーンへ着く頃にはすっかり暗くなってしまっていたけれど、気持ちは底辺から一歩上がったような、実感があった。


ランパーンをぐるぐるまわってようやく見つけたこの日の宿。


チェンマイの小綺麗なツーリスト向け「ゲストハウス」から比べると、見違えるほど閉塞感さえ漂う一見怪しきホテル。


中国を旅していた頃の古めかしい「旅社」を思い出した。薄暗い電灯と湿気の多い部屋。清潔なのかそうでないのかわからない堅いベッド。黒ずんだパイプからジャバジャバと勢いよく流れ出すシャワーの水。時々カチカチと引っかかるような音を立てながらゆっくりと旋回する天井の大きなファン。見た目の第一印象はどう見ても怪し気な宿の住人たち。


僕はなんだかそんなすべての状況が嬉しかった。


旅の初心に戻りつつあるような感覚を、掴んだ気がした。