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手のひらの中のアジア
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March 31, 2006

ビルマに生まれたミャンマーのひと

テーマ:(10)ミャンマー

ミャンマー 水汲みをする少女


小さなレストラン、僕の隣に座っていたミャンマー人のニン。

今日もバガンで1日を過ごしていたある時、僕は彼女を見ていてふと思うことがあった。


彼女がこの世に生まれた時、この国は「ビルマ」という名の国だった。民主化を叫ぶ学生たちの反政府デモが勃発し、やがて全国的な運動に発展していった1980年代半ばから後半。まだ彼女が無邪気に村ではしゃぎまわる4,5歳のかわいらしい少女だった頃、世の中の情勢もわからず、自分がどういう世界の下で生きているのかということにもおそらく気づかなかったであろう彼女をよそに、軍政下、この国は「ミャンマー連邦」という名に変わった。


国名の変更とともに、何が変わったのだろう。


ビルマの国に生まれた彼女を見ている限り、彼女自身が生きる上で、国名が変わろうが、軍政が敷かれていようが、それはさしたる問題ではないように見えた。


もし僕が旅をしている間に、日本という国、「ニッポン」が「パッポン」にでもなったら、それはもう一大事だ。さらに関東1都6県の7つを統合して「ナナ」とします、なんてことになったら僕はもうどうしていいのかわからない。(パッポン、ナナは言わずと知れたタイ・バンコクの歓楽街・・)バックパッカーの男たちはとっとと旅を切り上げて、足早に帰郷するかもしれない・・。まだ旅を続ける旅行者たちは、世界各国でこういう会話をするのだろう。


「Where are you from?」


「I’m from PAPPON.」


それは果たしていかなるものか・・。


そんなくだらない話はいいとして、しかし肝心なことは、「名前」は変わったが「中身」はどうなのか、ということだ。ニッポンがパッポンに、関東県がナナになったところで、中身が伴っていなければ(男たちにとっては、歓楽化が伴っていなければ・・)何の意味もないのだ。


ミャンマーはどうなのか。


相変わらず軍政のもとに国は動かされ、民主化を求める団体との対立の構図は変わっていない。ノーベル平和賞を受賞した、かのアウンサン・スーチーは何度となく軟禁と解放を繰り返し、今なお再びの軟禁状態を余儀なくされている。


旅行者の間では、


「ミャンマーはいいよ。最高だね。強制両替もなくなって、今が一番旅しやすいよ」


そんな話がよく飛び交っていた。それでも僕は、未知の国であったミャンマーに対して、いくばくかの不安というものを持っていた。2002年、アウンサン・スーチーが自宅軟禁を解かれた後も、すぐに武力衝突による国境封鎖、その翌年には軍政関係団体による民主連盟への襲撃事件、そしてアウンサン・スーチーは再び軟禁された。どこか不安定な政情、何かに巻きこまれそうな危険性を否定できない要素を残したまま、ミャンマーへの旅を考えていたのだ。


それでも訪れることにしたのは、自分よりもほんの少し前にミャンマーを訪れた人たちの「よかったぁ」という感想と、自分がタイ側から陸路で一部入国した際に見たミャンマーが僕をたまらないほどにわくわくさせたからだった。


実際に訪れてみてどうだろう。


あくまで観光客という立場で街を歩く限り、危険な匂いどころか、これがずっと政情不安で揉めに揉めてきて、今もそれが終わってはいないと言われている国なのだろうか、と思うほどその不安を感じることはなかった。


「街ではうかつにアウンサンという言葉を口にしない方がいい」


入国前に聞かされたそんなことさえ、僕はヤンゴンに着いてから忘れていたほどだ。


タウンヂー、インレーからさらに西へ西へ、いわゆる田舎を渡り歩くにあたっては、それまで他の旅行者たちが言っていたとおり、穏やかさと平和に満ちた、まさに「東南アジア最後の楽園」が広がっていた。


そして今、僕の隣にはビルマに生まれたミャンマーの女性が、今日も1日、バガンで過ごす時の止まってしまったような穏やかさの中、小さなレストランの椅子に座り、「どこ行こっかぁ」なんて地図を眺めている。


まだ完全に政治問題が解決にいたっていないミャンマーで、かつての学生民主化運動から発展するような全国的な大事が勃発したとしたら、その時、今の彼女の毎日に影響は及ぶのだろうか。その昔4,5歳だった少女は今、当時の政治的運動の中心であった学生と同じほどの年齢になった。僕が出会った友達のリンや日本語を学ぼうと頑張っていた生徒たちも皆、同じだ。今、ある程度政情が安定しているということもあるけれど、ミャンマーの若者たちは、皆自分の将来、人生のために生き生きと楽しそうに毎日を過ごしていた。


とりわけ、今僕の隣に座っている彼女を見ていると、あらゆることがまるで無関係のようにも思えたし、この国の影の部分はまったくといっていいほど浮かび上がってこなかった。


国全体と彼女個人といった観点からすると当たり前といえば当たり前のことなのだけれど、でもそれは僕が、ある意味無関係であってほしい、このまま平和のもとに皆が毎日を過ごしてくれたらいい、という願いを込めた見方でもあったのだ。


そしてそのためにも、ミャンマーという国の情勢が再び悪化の一途を辿らないことを、何よりも強く僕は願う。


「ブーパヤー・パゴダに行こっ」


彼女がそう言った。


「ん?あ、あぁ・・、いきますか(笑)」


「どうかした?」


「いや、別に。。」


僕は、ペットボトルの水を一口飲んだあと、彼女を自転車の後ろに乗せて、この日もオールドバガンへと続く道を走り始めたのだった。


ミャンマー バガン ブッパヤーパゴダ


12/8

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March 30, 2006

優しい光

テーマ:(10)ミャンマー

翌日、朝の早いうちに宿を出た僕らは、小さな食堂で朝食を採りながらこの日の行動について考えた。


時間差で別々にチェックインするという案をはじめとして、部屋番号の確認はどうするか、宿の人に何か質問を受けた場合の返答の仕方、そのいくつものパターン、そんなことを2時間くらいも延々と話していた。


そのうち、何も悪いことをしていないのに、なぜかとても悪いことをしているような気持ちにまでなってくる心理が妙におかしかった。


あれこれと策を練ってその通りに行動することが面倒になってきて、僕らは結局これまでと同じように二人で新たな宿を訪れた。


「もう、なるようになれ」


という半ば投げやりに近い気持ちで。


これが功を奏したのか、僕らはこの日一軒目に訪れた宿にすんなりとチェックインすることができたのだ。こちらが拍子抜けしてしまうほど、懇切丁寧な対応を受けながら当たり前のように部屋へ通された。


「なにこれ・・2時間も話しててバカみたい(苦笑)」


「最初からここにくるべきだったな・・(苦笑)」


そう言いながら思わず笑う僕ら。


屋上の広々としたテラスから見る空が綺麗だった。


この日は朝から快晴、それにともなって僕らの心も晴れ晴れとした気持ちを取り戻した感があった。


宿のスタッフは、こちらも若いミャンマー人の男性スタッフで営まれていたのだが、僕らに対してもとても好意的に接してくれた。


ここで一つ、確信にいたったことがある。


宿泊客の台帳に記入してあったバガンへの到着日が「今日」でないことを不思議に思ったマネージャーが僕らに聞いた。


「ここにくる前はどこに泊まってたんだい??」


僕は一瞬返答に迷いながら、正直にこれまでの経緯を彼に話した。それを聞いたマネージャーは笑いながら言う。


「そりゃぁ、男たちの嫉妬だよ(笑)確かにバガンでも警察による宿泊者のチェックはあるけれど、そこまでのことはないよ。。」


「やっぱり・・」


そうとわかったら、怒りにも似た感情が再びふつふつと沸きあがってきそうになったけれど、


「まぁ、ここでゆっくり滞在を満喫したらいいよ。彼女も安心したらいい」


そんな彼の言葉で僕はなんだかほっとして気が抜けてしまった。


先に下へおりていたニンにその話をしようと思って僕も下へおりると、ようやく安堵した僕をよそに、彼女は部屋ではなく、驚いたことに1階のロビーに置かれたソファーに座って他のスタッフと楽しそうにテレビを見ていたのだった。


「部屋のテレビが映らないって言ってここへきてチャンネル変えさせられたんだよ(苦笑)」


宿の若い男の子が僕に言う。この宿のスタッフたちとは気が合うようで、早速仲良くやっている姿は僕をどこか安心した気持ちにさせた。そして、


「この韓国ドラマ、面白いんだよ(笑)」


これまでのことなんてもうすっかりどうでもよくなっている様子で今を楽しむ彼女の顔を見て、僕はもうこれ以上何も言うまいと思った。


ミャンマー シュエジィゴンパゴダ


夜、僕らはバガンを代表するパゴダの一つ、シュエズィーゴン・パゴダを訪れた。


「シュエ」は「金」の意味を表すというそのパゴダは、夜間のライトアップよってその名の通り、まばゆいまでの黄金色の輝きを放っていた。


自転車に二人乗りして到着した入り口付近、僕が固定できる適当な場所を探して自転車を置こうと、壁の前に立つと、近くに座りこんでいた少年が近づいてきた。


そして右手で自転車を指差しながら、同時に左手を差し伸べて、僕に何やら話しかける。


「自転車を見張っててあげるから、お金頂戴」


そう言っているのは、これまで数々の遺跡巡りの際に見てきた光景なので、すぐにわかる。そしてほおっておけば、それはそれで済んでしまうことも。


しつこくついてこようとする少年に僕は「はいはい・・」と言いながら相手にしないように、そのまま入り口へと向けて歩いていった。


それでもまだついてくる少年。そして入り口までくると今度はもう1人少年が加わって、二人で「案内してやる」というようなジェスチャーを始める。これもまたよくある光景だった。


ちょっと鬱陶しくさえ感じて、ニンの方を見て苦笑いした後、少年たちを追い払おうとした時だった。


彼女は彼らに向かって話し始めた。


そういえば彼女はミャンマー人なのだから、彼らとの会話もなんなくこなせるのであった。


笑いながら少年たちと話をしていた彼女は、いくつめかの通路を越えた辺りで立ち止まり、少年たちの小さな背丈に合わせるようにして少しかがみ込むと、彼らに一言いい、自分の財布からいくらかのお金を取りだして手渡した。


納得したように少年たちは「うん。。」とうなづくと、走って戻っていった。


「何、話したの?何で金を?」


僕は彼女に聞いた。


「早く戻って自転車、ちゃんと見張っててね、って言ったの。。」


鬱陶しくさえ思っていた僕とは対照的に、そのあまりに優しげな口調で諭すように少年たちと接した彼女。僕は少し自分が恥ずかしくなった。


ミャンマー シュエジィゴンパゴダ


人もまばらな境内、夜になって少しひんやりとするタイル敷きの通路を裸足で歩く。


ある場所でパゴダの前の地面に一つの拳ほどの穴があいているのを見つけて、彼女はそれを覗きこもうとかがみこんだ。


ただの穴ぼこに見えなくもないその穴に溜まった水を覗きこんで、じっと見つめている。


そして次に、僕に覗いてみろと言う。意味もわからず、言われるがままに雨水の溜まった穴を覗きこむと、僕はすぐにそれが何かわかり、パッと彼女の方をふり返った。


「ねっ?わかった?」


「わかった!!」


その一見、何かの拍子にできたしまっただけのような穴ぼこ、意味もなくただ雨水が溜まっているだけのようなその拳ほどの穴、それは夜に覗きこむと、まばゆいまでに輝く目の前のパゴダの姿が、その小さな雨溜まりの中、見事なまでに映し出されるのであった。


大きな湖に映し出される仏塔、といったものはいくらでもあるけれど、こんな気がつきもしないような拳ほどの小さな雨溜まりのスクリーンに映し出されるパゴダは、いっそうの趣を感じさせるのであった。彼女は僕にそんなことも教えてくれた。


ミャンマー パゴダで祈る人々


静かな夜の境内には、熱心に祈りを捧げる人たちの姿。

彼女もまた、パゴダを前に正座をして手を合わせ、目をつむり、深く伏せて祈りを捧げた。


それは3度同じ形で繰り返された。


僕もその隣へ座り、彼女のしたのと同じことをする。


やっていることは同じなのに、日本人の僕がパゴダを前に捧げる祈りと、ミャンマー人の彼女が捧げる祈りはどこか違う気がするのはどうしてだろう。


祈りを捧げるときの彼女は、いつもとは少し違う品格のようなものを感じる。彼女が手を合わせて深く地面に頭を伏せた時、その頭上には何か不思議な力を持った、淡く、透き通ったオーラがふわふわと漂っているように見えた。


僕らは、パゴダの周囲に沿って敷かれた緑色の絨毯の上を歩き、ゆっくりとパゴダのまわりを一周した。


少し前を歩く彼女のまっすぐに伸びた背筋、一定の歩幅で歩む、その凛とした後ろ姿。


ライトアップされた黄金に輝くパゴダに照らされて、僕らは優しい光に包まれているようだった。


その光によって、彼女の後ろ姿からは、細く長い影が伸びていた。


歩を進めるにつれて角度が変わり、より長くなってゆく影は、やがて僕に重なった。


その影から外れない距離を保ちながら、僕は彼女の少し後ろをゆっくり、ただゆっくりと同じ歩幅で歩いたのだった。


ミャンマー バガン 優しい光


12/6

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March 29, 2006

荊 棘 (後)

テーマ:(10)ミャンマー

バガンというところは、世界各地から観光客がやってくるまぎれもないツーリストエリア。


ここでは、もう問題はないだろう、と思って半ば安心して到着した僕らであったが、ここでも再び宿における問題は発生した。


ツーリストエリアであるがゆえ、僕は当然その1人としてあらゆるサービスを享受できるはずだった。しかし、それは僕が1人で訪れた場合のことで、もう1人、ニンというパートナーがいることによって新たな問題が持ちあがったのだった。


ツーリストでも男女二人で旅をしている人はいくらでもいるはずなのにだ。彼女が「ミャンマー人」であるということが問題になったのだ。


最初に訪れた宿、若いミャンマー人の男性スタッフが僕に言う。


「あなた1人なら何も問題はありません。でも、あなたはミャンマーの女性を連れています。ミャンマーでは結婚前の男女がおおやけに一緒にいることはタブーとされています。申し訳ありませんが、お泊めすることはできません」


彼の口調は丁寧かつ穏やかであったが、僕としてはやはり府に落ちないものがあった。


事情や経過を知らない第3者から見れば、確かに僕らは「恋人」らしき二人に見られてもおかしくはないのかもしれない。しかし、実際にはそうではない。


それに、それぞれがシングルルームに泊まることも許可されないとはどういうことなのだ。別々に訪れてきた旅行者として扱ってくれと言ってもだめだというのだからラチがあかない。


もともとシングルルームに泊まっていた旅行者同士の男女が、滞在中、何度か顔を会わせるうちに恋に落ちたということが起こったら、どうなるのだ。追い出されるのか。


そもそもミャンマーにはいたるところで未婚の男女があつい抱擁を交わしている光景がいくらでもあるではないか。さらには成人していないような娘たちが国内外問わず男どもを相手に売春行為を行い、それを知る警察が目をつむっているという現実だってあるではないか。


本音と建前の矛盾した世界など、どこの国にでもあることはわかっているけれど、なぜ今ここで僕らが「建前」の剣を振りかざされなければならないのだ。


とはいえ、いくら何かを言ったところで彼が許可をしてくれるわけでもないことがわかっていた僕らは、あえて何も言わずその場を立ち去った。


2軒目の宿で僕らは、チェックインができた。


しかしそこでは、それぞれがシングルルームへ、という当たり前の条件はクリアできたにもかかわらず、今度は別の条件が付加された。


それがまた府に落ちないものなのだ。


普通に考えて、別々の部屋に泊まっていようが、会って話をする時にはどちらかの部屋に行って会話をするのが当たり前の行動だと思うのだが、僕らが部屋で話をする時には常に


「ドアを全開に開けておかなければない」


というのだから、もう飽きれて何も言えない。


部屋はドアを開けて1歩外に出るとすぐにレセプションが見える位置にあった。


最初、言われた通り、ドアを開けたまま僕らはバガンでの計画について話しあったりしていたのだが、その宿の若い男性スタッフたちは、数分おきに部屋の前を行ったり来たりしては僕らの部屋をチェックする。


夜になってドアを開けておいては少しひんやりする上に、蚊も入ってくる。その上ちらちらと絶えず監視されていては、プライバシーも何もあったものではない。僕らは声に出して反抗こそしなかったが、ドアだけは閉めた。


しかし、今度はドアが閉まっているのに気づくと、コンコンとノックがやってくる。しぶしぶ開けると案の定若い男が立っていて、


「ドアは開けておいてください」


とだけ言い残して戻っていくのであった。


「あぁ、sorry,sorry・・(笑)」


などと適当にごまかして、しばらく経つと僕はまたドアを閉める。


またノックがやってくる。


また笑ってごまかす。


ノック・・。


笑う・・。


ノック・・。


そんな静かなる戦いを数回繰り広げていた夜半、事件は起きた。


あれからしばらくの間、何の音沙汰もないことに安心して、相変わらずドアを閉めて話をしていた僕らの部屋に突然ドンドンとこれまでにない勢いでドアを叩く音が響いた。


さっきまでとは別の若い男がやってきて、ビルマ語でニンに対して話を始める。


これまでとはちょっと違う様子の事態にいったい何が起こったのかわからない僕は、彼女の表情がこわばって青ざめていくのを見て、急に鼓動が早く激しく打ち始めるのを感じた。


突然振り向いた彼女は、泣きだしそうな顔で僕に行った。


「早くここから逃げよう!!」


「はっ!?」


理由がわからない。


「落ちつけって!!何があったの!?」


僕も僕で焦りの煽りをうけたのか、日本語でそう言いながらニンを落ちつかせようとしたけれど、彼女はもう頭が混乱してしまっているようで、何を言ってもだめだった。


隣にいた若い男が静かに口を開いた。


「警察がきます。」


「何が!?僕らは何もしてない!!」


「警察はそう判断しないでしょう。私たちは忠告したはずです。」


いったいどういうことなんだ。


突然の展開に冷静さを保つぎりぎりのところに僕はいた。


「ふざけんな!!」


と言ってやりたかったが、彼女が完全に混乱している以上、僕がここで冷静さを失うことだけは避けたかった。


若い男は僕に言う。


「でもあなたは大丈夫です。ここに泊まっていて問題ありません」


(こんな状況になって、今更あなたは大丈夫です、はないだろう・・)


右手に作った拳を必死で抑え、言葉を噛み殺すように僕は彼に言った。


「ちょっと出ていってもらえますか・・二人にさせてください・・」


「OK・・」


とだけ言って彼は部屋を出た。


ベッドにへたれこんでいたニンの方を見ると、彼女は泣いていた。


「ニン、何て言われたの?話して」


僕らはお互いの英語力の問題やビルマ語ですらすら会話ができないことから、長い会話内容になる時にはよく筆談で会話をしていた。


あれこれと出来事や気持ちを単語や文章にして書き綴った後、


「警察が私を捕まえにくる・・」


と最後に書き残し、彼女は叫んだ。


「私は何もしてない・・私は売春婦なんかじゃない!!」


「わかってる、わかってるから・・それで?」


彼女は白紙に青いボールペンで書き綴る。


「もし・・捕まりたくなかったら・・金を払うか・・」


「金を払うか・・何?」


or・・の後の一言を彼女は口に出して言った。


「男と寝なければならない・・」


そう言って泣き崩れた。


僕は目をつむり、息を飲んだ。


怒りの鼓動が心臓を突き破りそうなほど激しく打ち鳴らされるのをなんとか抑えようと、全身に力をこめた。


その時、さきほどの若い男が再びやってきた。


彼は静かな口調で彼女に何かを言うと、すぐにまた引き上げていった。


「彼は何て・・?」


まだベッドに顔をうずめて泣いていた彼女はゆっくり顔をあげて答えた。


「今回は、大丈夫って・・。宿の方でうまく言っておくからって・・」


そのことで少しばかり安心したのか、彼女はさっきより落ちつきを取り戻したように見えた。


深夜2時をまわっていた。


僕は煙草に火をつけて、椅子に腰かけてしばらくの間、考えた。


突然のことだったので、頭がよくまわらなかったけれど、よくよく考えると出来すぎた話のようにも思える。


「ただの嫌がらせだったんじゃないだろうか・・」


そう思った途端、全てが宿の男たちによって仕組まれたものである気がしてならなかった。


だいたい、僕らは何も悪いことはしちゃいない。あえて言うなら、ドアを開けておいてくださいと言われていた条件に対して、それを守らなかったいうことはあるけれど。それだって執拗なまでのチェックなどがあったせいだ。


きっと腹いせに、警察沙汰の話を作り上げたに違いない。


僕はそれを彼女に話して心配する必要はない、と言おうとしたけれど、彼女は泣き疲れ、そして突然危機に陥れられた状況をとりあえず回避できたこで安堵の気持ちに至ったのか、その時にはもうすやすやと眠りについていた。


「とにかく明日の朝、ここを出よう」


僕はそう決めて、自分の部屋へと戻ったのだった。



12/05

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March 28, 2006

荊 棘  (前)

テーマ:(10)ミャンマー

ひょんなことから始まった日本人の僕とミャンマー人ニンの旅。


遠く見知らぬ町へと向かうバスに揺られていた4,5時間、僕はずっと不思議な感覚に包まれていた。


しかしそれは、予期せずして始まったこの突飛な旅の状況についていけない自分の心と現実とのギャップといったものではなく、意外にも普段と変わらない自分がいることに対しての不思議な感覚だった。


僕は横向きに並べられた長椅子に半身になって座り、荷台の屋根と手すりの間から見えるミャンマーの広大な大地を眺めていた。


彼女はというと、これまたまるで「いつも」そうであるかのように、乗りこんだミャンマー人の乗客と早速仲良くうちとけてわいわいと会話を楽しんでいる。


初めこそ「一緒にいるのはどこの人だい。。」なんてことをあれこれと聞かれている様子だったが、さらりと


「日本人だよ。」


「どこまで行くんだい」


「バガンまで。。」


と当たり前のように答えると、誰もそれ以上のことを尋ねなかった。


時々、皆で食べていたヒマワリの種やら田舎のおばちゃん特有の漬物といったものを彼女から「食べる?」と手渡される程度で、僕らもこれといってずっと話をするわけでもない。


必要な時にだけ、2,3の言葉を交わす、それが自然体で心地よくもあった。もうずっと前からこの二人で旅をしてきたような、けっしてそうではないのだが、でもどこか見なれたような光景がそこにあったのだった。


旅の途中で出会ったツーリストとある一定の期間、同じ目的地へ向けて行動を共にするのによく似ている気もしたし、それはこの二人の関係として今の僕が望むべきものでもあった。


何か違う点があるとすれば、彼女は僕と同じ「外国人」の旅行者ではなく、他の乗客と同じ「ミャンマー人」であるということくらいだった。


しかし、ミャンマーという国を旅する上で、この外国人とミャンマー人という男女のペアが行動を共にするということに大きな障害があることを僕らは身をもって体験することになったのだった。


順調な出だしであるかのように思えた僕らの旅は、その日の宿を探す時になって問題に出くわした。


夕方、小さな町についてすぐに僕は自転車、彼女は輪タク(自転車タクシーのようなもの)に乗りこんで泊まる宿を探し始めた。


同じミャンマー人同士、言葉がいとも簡単に通じることもあって、彼女は安くて手頃な宿に案内してもらうように指示を出す。その積極的な姿とスムーズな事の運びを見ていると、僕と彼女のどちらが旅慣れているのかわからないほどである。


まったく土地感もない場所で、なんなく宿に到着した。


早速、宿の主人とビルマ語で話を始めた彼女が部屋の空きや値段を聞く。


しかしそこで問題は起こった。


「一緒にいるのは誰?」


「日本人。。」


そう彼女が答えた瞬間、宿の主人の顔が曇った。


「悪いがここでは外国人は泊められないんだ」


彼はそう言った。


彼女はミャンマー人だから宿泊することができるが、僕が外国人であるために宿泊を拒否されてしまったのだ。


「まぁ、外国人が泊まれない宿ってのは、よくあるものだね(苦笑)」


と軽く笑いながら、僕らは別の宿を探す。


しかし、次の宿でも同様の理由で断られた。


ミャンマーでは毎日、警察からの宿泊者チェックが厳しくなされているという。そして、外国人受け入れ不可にも関わらず、内緒で泊めたことがバレた場合にはその宿が厳しく罰せられるのだと説明を受けた。


ミャンマーには入域のために「パーミット(許可証)」が必要な地域があることはあるが、この町についてはそんなことを聞いたことがない。それに町には既に入っているのだ。入域はできても泊まれる宿はない、なんてことがあるのだろうか。


3軒目の宿までも同じ結果になった時、辺りはすっかり暗くなっていた。


僕らは途方に暮れた。


今から移動するバスはない。徒歩で次の町に行くには何十キロもある。僕1人なら自転車で移動することも考えられるが、今は「二人旅」なのだ。しかも日本人である僕のせいでこんなことになっている。勝手なことはできない。


「ごめんね・・(苦笑)」


僕がニンにそういうと、彼女は言った。


「後悔してる?」


「No!!No!!」


そんなことないよと言いたかったけれど、言葉がすぐには出てこなかった。


「ポリスへ行こう」


少し考えて僕は彼女にそう言った。


「行ってどうするの?」


というようなことを彼女は言い始めたが、自分にも打開方法が見つからないせいか、


「あなたにまかせるわ」


そう答えた。


僕は1人で旅をしていて宿に困ったときはいつでも「困った時のポリスか民家」頼みだった。


僕らは再び立ち上がって、近くにあったこの町のポリスを訪れた。


暗くなってから訪れてきた日本人の男とミャンマー人の女の姿をポリスはいぶかしげな表情で見つめる。


泊まるところを探しているのだが、どこかないか、と尋ねる僕らに彼らは一言だけ答えた。


「この町に外国人が泊まれるところは、ない。」


「そんな・・・」


最後の望みをかけて尋ねたつもりだったのに。愕然としながらも、しかし僕はどこか府に落ちなかった。


彼らは、あれこれと質問さえしなかったけれど、日本人の男とミャンマー人の女という組み合わせを、どこか「いかがわしい二人」という目で見ているような気がしてならなかったのだ。それを彼女の方も感じとったのかもしれない。


僕が何かを言いだすよりも先に、今度は彼女がポリスと話を始めた。


「どうしてだめなんですか?外国人が宿に泊まることくらい。別に何か犯罪を犯すわけじゃないし。それに私たちも別に怪しい二人ではない。」


と言ったのかどうかわからないが、きっとそんな感じのことを切々とポリスに対して述べたのだと思う。


思ったよりも長い間、彼女はポリスと話をしていた。


10分か15分ほど経過した頃、ついにポリスが動いた。


僕のパスポートと彼女の身分証を預かるとすぐにコピーを撮り、それから机の上に置いてあった電話をとって、一軒の宿に連絡を入れた。


彼女の必死な説得が実ったのだった。


「さっき行ったという宿に行きなさい。許可の連絡は入れておいた。」


ポリスはそう言った。


「ふぅぅぅっ・・(苦笑)」


僕らはほっとした気持ちに包まれ、顔を見合わせて笑った。


この町に到着してから2時間以上が経とうとしていた。



12/5

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March 26, 2006

僕と彼女の旅の始まり

テーマ:(10)ミャンマー

ミャンマー メイッティーラ 馬車


メイッティーラ出発の日、朝9時と約束していたはずのリンは、やはり1時間早い午前8時に宿へやってきた。

ここ何日か一緒に過ごしてようやく彼のことが少しはわかったような気がした僕は、最後の日になって初めて彼を待たせずしてロビーで迎えることができた。


が、一緒に来るものと思っていたニンは一緒ではなかった。


「ニンは?」


「彼女の家に行きますか?家にいると思います」


少し考えて僕は、答えた。


「いや、やめとくよ。時間もないし・・(苦笑)」


どこかにさみしい気持ちはあったけれど、これでいいのだ、と思った。


会ったら会ったで別れがつらくなるだろう。


「リンとも最後かぁ・・明日から、予定の1時間も前からせわしく叩き起こしにやってくるやつもいないんだなぁ」


僕は、好きだった裏庭のテラスで今日もキラキラと輝く湖を眺め、そんなことを考えながら最後の朝食を採った。


隣にいたリンはふと見せた僕の一瞬の表情から気持ちを読み取ったのか、率直に聞いた。


「さみしい、ですか?」


「ちょっとね・・(苦笑)」


「私も、さみしいです」


「まぁ、また会えるさ(笑)」


「私が日本語学校を開いたら、お知らせします」


「その時はいかなくちゃなぁ・・(苦笑)」


僕は本気なのか、そうでないのかわからないあいまいな返事をした。



午前9時を少しまわった。



「そろそろ、行くよ」


「そこまで見送ります」


そう言って自転車を押し始めた僕と、隣を歩くリン。



その時、歩き始めて宿の門を出ようとしていた僕らの前にふっと風のように現われたのは、もうこないと思っていたニンだった。

「来たんだ・・(笑)」


と僕が言い、


「遅いよ」


とリンが言った。

「これでも急いできたのっ」

彼女は少し息を切らせながらふくれ気味に言い返す。

少し落ちついたところで、もうちょっとだけ3人でいる時間をとった僕らは椅子に腰かけて話をした。


最後の別れを惜しむための数分間。




のはずだった。




僕はあとわずかののちに、決めた予定通りバガンへ向けて出発する、それに違いはなかった。



それなのに、その残りわずか数分間で話は予想外の展開へ向けて動き出したのだった。



リンとニンが何やら話をしている。


そしてこれまでのようにリンが仲介をして僕に言う。


「彼女はあなたと一緒に行きたい、と言ってます」


僕は、彼女が多少なり別れを惜しむ気持ちを彼なりのにくい言い方で僕に伝えてくれただけと理解したつもりだった。


鼻から冗談だと思っていた僕は同じく冗談のつもりで言った。


「じゃぁ、一緒にいきますか(笑)」


するとリンは言う。


「今から彼女の家に行って、両親に話をしましょう。それから2人で出発すればいい」


「そうだねぇ、そしたら自分も自転車をバスに載せて一緒にいくよ、ははは(笑)」


しかし、それを冗談と思って話しているのは、僕1人だけだったのだ。


「さぁ、では早く行きましょう」


という一言で、僕は2人がもう本気でそのつもりになってしまっていることを知る。


「ちょ、ちょっと待って・・ほんとに?」


「だめですか?」


リンの表情がいつになく真顔であることは見てすぐにわかった。


「今、突然これから旅行に行ってきますなんて言っても両親がダメって言うでしょぅ。しかも外国人と一緒になんて」


「大丈夫です。私が一緒に行くと言えば平気。実際には私はあなたたちを見送りますが」


「じゃぁリンも一緒にくれば。。」


「行きたいですが、日本語の試験があるので、ダメです」


「そっか・・」


そんな中、肝心の彼女は既に一緒に行くつもりの顔になっている。

いったいなんだって彼女は僕なんかと「一緒に行きたい」と言いだしたのだろう。


この時、例えばそれを「恋」と断定、あるいは仮定してしまえるほど、僕は自意識過剰にはなりきれなかった。


「1度寝たからって、もう恋人気分?」


昔見たドラマのセリフをなぜか思いだす。


「一緒に行きたいと言ったからって、私があなたに恋しているとでも思って?」


女はわからない。


ましてや目の前にいるのは「ミャンマー人」なのだ。


価値観そのものが違うかもしれない。


危うい火種がくすぶる可能性というものが頭をかすめなかったわけではないけれど、彼女の言ったことに「特別」な意味などないのかもしれないとも思った。


僕はバガンを訪れた後、そのままヤンゴンに戻るつもりだと告げたが、それでもいいと言った。バガンからは1人でメイッティーラに帰る、と。


彼女はただありふれた毎日から抜け出すためのきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。


初めて仲良くなった日本人と純粋にもっといろんな話がしたかっただけかもしれない。


「かもしれない」が多すぎて僕はわからなくなり、結局こう考えた。


メイッティーラでは出会いが出会いを呼ぶ不思議な連鎖が続いた。それをあらためて「導かれし出会い」というならば、ここでこのような展開が生まれたことにあえて身を委ねてみるのもいいのでは。


都合の良い考えだとわかっていながら、そう結論づけたのだった。


彼女の家に到着すると、家ではお母さんが洗濯をし、お父さんは一番下の赤ちゃんを水浴びさせようと裸で走りまわるその子を呼びよせている。兄は朝から大工仕事に忙しそうだった。妹たちはまだ寝ているようで表には姿が見えない。


リンが早速事情を説明した。


よくある緊急家族会議がここでも始まるものかと思っていたのだが、家族の誰もがそれまでしていた作業を中断するわけでもなく、お母さんとお父さんが少し距離をおいたまま遠めに2,3の言葉を交わしただけだった。


ニンが家の中に入って荷物を準備を始めたのを見て、許可が出たのだとわかった。


意外にもあっさりな結果、それが親友であるリンの信頼の賜物によるものなのかどうかはわからないが、家族皆が僕に対しても怪しいやつではないという判断を下したようだ。


ニンに対しても


「どうせ家にいたって時間を持て余してるんだから、いってきたらいいさ」


といった感じの口ぶりで話をしていたお母さん。


ニンの準備が終わると、家族に「行ってきます」と告げた。


バガンへ5日間、そこから彼女はメイッティーラへバスで戻ってくる、僕はそれを見送った後、再びヤンゴンへ戻る、それが僕らの決めた予定だった。


荷台の両脇に横向きの長椅子が置かれただけのトラックバスが土埃を巻き上げながら通りで待つ僕らの前で止まった。


「行ってらっしゃい。楽しんできてください!!元気で!!」


そう言ってリンは手を振りながら見送ってくれた。


僕とミャンマー人青年リンとの最後の別れ。


それは同時に、僕と彼女の奇妙な旅の始まりだった。


ミャンマー メイッティーラの子供


12/4

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