我半④「中学校時代」(10) | 獏井獏山のブログ

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【水泳】  

 私が子供の頃の河内は田園地帯であった。村から一歩出ると田園が広がり、道路に添った用水路があり、所々に池があった。夏になると殆どの子供は池で泳いだ。しかし私は母から泳ぎを禁じられていた。だから小学校高学年になっても、池に入れるのは兄と一緒の時だけで、例えば年に1度の大掃除の後とかで、極く希にしかその機会に恵まれなかった。

 中学生になると悪知恵も付き、牛の草刈で池堤に行く時など親に知られる筈もないので、既に泳いでいる皆に混じって時々池に入った。

 

 夏、水に浸かることは比類ない快感である。私も泳ぐようになってその快感を何度か味わった。しかし、他の子供のように毎日、勇んで池に行くことはなかった。その理由は、他の子供達は小さい時から泳ぎ慣れているので池の真ん中まで泳いで行くが、犬掻きしか出来ない私は堤から樋門までの約10メートルまでしか泳げない。それ以上、沖(池の真ん中)までで行くと池の底に足が届かないので溺れる心配があるためである。だから樋門の上に立って堤の方に向って飛び込むのが私に出来る最大の楽しみだったが、そればかりではだんだん飽いてくるし、第一、格好が悪い。故に私が池に入るのは小学生が少人数で泳いでいる時か、逆に上手も下手も入り混じって大勢で泳いでいる時に限られていた。

 

 犬掻き以外に平泳ぎを覚えたのは中学3年になってからである。ある日、池堤で草刈りをしていた時、小雨が降ってきた。私は鎌を休めて池の端に座って水面を見ていた。葦の間から1匹の蛙が姿を現わしたかと思うと池の中央の方へ泳いでいった。何の気なしにそれを見ていた私の目が何時しかその足の動きに惹きつけられていた。「なるほど」と私は心の中で呟いた。実に見事な泳ぎである。スイスイと泳いで見る見るうちに遠くへ行ってしまった。

 

丁度、雨が止んで5~6人の子供が泳ぎにきた。私も一緒に池に入って、早速今見たばかりの蛙泳ぎを真似てみた。するとスイスイと泳げるではないか。私は自分が急に別人になった気分になって夢中で泳いだ。気が付いて今泳いできた方に向き返ると、樋門が遥か遠くにあるではないか。その時私の身体は樋門より約20メートルも離れた、池のほぼ真ん中にあったのである。泳ぐことに対する自信が未だ付いていない私は直ぐに樋門まで戻ったが、この時を境に樋門から池の中央に向って飛び込むようになったのは謂うまでもない。

 

しかし、私はまだ泳ぎが上手いというには程遠い状態であった。学校から行く海水浴には1度も行かせて貰えなかったし、池での泳ぎもそれ以上伸びることはなかった。そして、泳げないが故に後年3回に亘って水に溺れて死にかかった経験をしている。(第9章「葛藤…死の恐怖」参照)