葛藤③「小波の恐怖…友ヶ島キャンプ」 | 獏井獏山のブログ

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・ある年の夏、若手職員10人が和歌山県の友ヶ島でキャンプをした時の事である。船で島に付くと、草木が生い茂ったケモノ道のような起伏のある山道を歩いた。急な坂に掛かると身体がカッカと熱くなり息が切れた。誰かが「六根清浄」と声を上げると全員がこれに和して疲れた身体に活を入れ乍ら登り、“丘”を越えて漸く辿り着いた平坦地にテントを張った。「やれやれ。」と思って休憩してから20分も経たないのに、仲間の1人が「肩の荷を下ろしたところで浴びするか。」といった。昼食は船の中で済ませていたものの、一山越えてきて疲れていたので行きたくなかったが、他の者が「夕食までには時間があるからな。」と皆賛成したため、付き合わない訳にはいかない。汗に塗れた身体を洗い流すのも悪くないな、と思い直して皆の後に付いて今来た道を逆に歩いた。今度はリュックの重みが無く楽に歩けた。その道すがら、一浴びというのは船着き場近くの浅瀬に浸かる程度だ、と思い込んでいた。しかし浜辺に付くとまさかの展開が待ち受けていた。

・着いた所は砂浜というより岩場で、それが海の中まで続いている。皆、シャツやズボンを脱ぎ捨て海パン1丁になってジャブジャブと海に入り一旦立ち並んだ。誰かが「丁度、いい目印になっているアレにするか。」と、約300メートルほど先の、陸地が海側に突き出た‟岬”を指差して云った。皆は無言で肯くと早くも泳ぎ始めた。…子供の頃、犬掻きしか泳げなかった私は、その時点では、職場の同僚に誘われて近くのプールに何度か行ったお蔭で「平泳ぎ」25メートルぐらいは泳げるようにはなっていたが、それ以上泳いだことがない。とても300メートルもある海上を泳ぐ自信は無かったが、若しかしたら何とかなるかも知れない、という微かな希望と運を天に任せて最後尾を泳ぎ始めていた。…しかし、15メートルほど進んだ時、早くも海の怖さを知らされた。泳ぎ始めた時は見えなかった波が足腰に絡まってきて前へ進もうとする身体を押し戻すのだ。先を泳ぐ仲間の群との差が広がると同時に恐怖が襲ってきた。私は咄嗟に身を翻して浜辺を目指した。ところが帰りの泳ぎはもっと大変だった。波は先っき以上の力で、今度は逆に身体を沖の方へ引き戻すのだ。一生懸命に水を掻いでるのに前へ進まない。溺れかけて一口海水を飲んだ時「もう駄目だ。」と思った。何とか顔を上げて浜を見たが人影はない。絶望感に打ち拉がれながら、‟丘”に目を移すと、天辺に人が座って海の方を眺めている姿を発見した。今、声を上げて助けを求めたらあの人の耳に達するだろうか。そんな考えがふと頭を掠めたが、既に水面に顔を出すことも出来ず、私はガブガブと海水を飲みながら無我夢中で、泳げもしないクロールで水面を叩き付けていた。「もう、いよいよお終いだ。」と諦めかけた時だった…何と海中の岩に膝を打ち付けたのだ。死の寸前にありながら何故か喜びが背筋を走った。私は海水を飲みながらも岩にしがみ付くと残りの力を振り絞って立ちあがった。ホッとして辺りを見回すと、そこは浅瀬だった。焦りの余り、浅瀬に達しながら立つことが出来ず水を飲み続けていたのだ。…フラフラと浜辺の岩に尻餅を突くと腹から込み上げてくる海水を吐き出した。膝から血が流れ出ていたが喜びの方が大きく気にならなかった。3分ほど経つと元気が戻って海に目を移すと、‟岬”の先端に辿り着いた先頭の泳者が立ち上がって此方を眺めていた。私は仕方なく岩石だらけの浜沿いに、皆が泳ぎ着いた‟岬”まで歩いて行った。そして、漸くそこに着いたと思ったら、1人が「そろそろ戻ろうか。」と声を掛けるや、ザブザブと一斉に海に飛び込んだので、私は又また仕方なく浜を歩いて戻ったのである。…鼻歌を唄いながら…