酒③「呑み比べ」 | 獏井獏山のブログ

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家から最寄り駅までの通勤手段は自転車だった。夕方の帰り道で通過するT村に在住する中学時代の同級生数人とよく会った。「おお、久しぶりやな。元気でやってるか。」と決まり文句の挨拶から始まるが、二言三言交わすだけで気分は中学校当時に置き換えられる。「お前、ちっとも変らんな。」「い~や、もう年やな。お前こそ昔のままや。」会う相手ごとにそんな会話から近況の話に移っていく。仕事の話、遊びの話。…ある日、たまたま3~4人が顔を合わせる場面があった。話が弾む中で誰からとなく「一回、同窓会やろうや。」ということになった。こんな話は纏まりが早い。その夜のうちに役割分担して計画を進めることに衆議一決した。「ところでお前、酒強いらしいな。」話の余韻で誰かが私に向って云った。「いう程の事はないけど、少々は。」と云うと傍らに居た1人が「しかし、なんぼ強いと云うても俺には勝てんやろ。」と云った。そういえば彼の父親は通称『酒飲みの甚さん』で有名を馳せていた人である。彼にはそんな甚さんの子として一種のプライドみたいなものがあったのであろう、心なしか挑戦めいた口調であった。…結局、話の成り行きで同窓会の時に呑み比べをしようということになった。

 同窓会には15~6人が集まった。男女約半々だった。懐かしい校門を入って直ぐ左にある作法室が会場だった。約20畳の和室の中程に並べられた折り畳みのテーブルには、外注のほか手分けして買ってきた数々の食品と酒類が並んでいた。

 乾杯の唱和とともに宴が始まり時間が経つにつれて、さざめきが騒めきに変って行き、席を立って酒を注ぎに回る者、人の話の間に割り込んで話の続きを横取りする者など、お互い入り混じり合いながら宴が(たけなわ)になったところで、私は一升瓶と湯呑茶碗2つを持って例の彼の横に座り「ボチボチ始めよか。」と云うと、相手は「ああ、俺はええけどお前、大丈夫か。もう大分飲んでるみたいやけど。」と余裕を見せて言葉を返した。私は最初の1杯をコップになみなみと注ぐと一気に飲み干して彼のコップに同じようになみなみと注いだ。彼もそれを軽く飲み干した。次に私が飲み、彼も注がれた酒を飲んだ。こんな事が繰り返され、私が8杯目を飲み干した時、「流石に、なかなかやるな。」と云って注いだ酒を持ち上げようとした彼が、突然立ち上がり窓際に走り寄ったかと思うとプーっと今飲んだばかりの酒を消防ポンプのように約1メートル先へ吹き出したのである。そして彼はそのまま畳の上に伸びてしまったのである。

 酒は怖い。本来の彼の酒量は相当なものであったに違いない。今日程度の酒は飲めただろうと推測する。しかし体調が悪かったり、調子に乗って気を入れ過ぎると思わぬ事が出来(しゅったい)する。しかし、この時点で私は未だ酒の怖さを知らなかったのだが、然程の時を経ずして知ることになる。…

どうやら酒という代物は、有頂天になる呑み助を調子付かせて1度は痛い目に合わせずには済ませない怪物なのかもしれない。